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2018年10月 4日 (木)

日本と支那の君主観の決定的違ひ

 

 宇野精一先生は、「支那においては、俸禄を受けて直接君主に仕へる者を臣と言ひ、俸禄を受けないものを民といふ。しかして一般のいはゆる民は君主に対して直接何の義務もない。わが国においては、臣は即ち民であり、民は即ち臣である。」(要約)と論じてをられる。(宇野精一氏著『儒教思想』)

 

このやうに、日本と支那の国体観・君主観には大きな違ひがある。わが国肇国以来の傳統である天皇に対する「忠」と、封建君主に対する「忠」とは、絶対的に区別されるべきである。日本は一君萬民の國體であり、天皇は萬民の君であり、萬民は天皇を絶対的君主と仰ぐのである。封建社会が解体され、一君萬民・天皇中心の國體が明徴化された近代以後においては、「絶対的忠誠」の対象は、天皇以外にあり得ない。

 

「忠」と「恕」を倫理の基本と考へた孔子の思想=『論語』は、「君子」(朝廷の會議に参列できる貴族・官僚たちの総称)の身分道徳であった。然るに、わが国においては、封建時代においてすら、寺小屋で『論語』が教へられゐたことによって明らかなやうに、孔子の思想は一般國民の道徳として学ばれた。

 

わが國の尊皇精神・天皇への忠誠心は、俸禄を与へる封建君主と俸禄を与へられる臣下の間の精神的紐帯ではない。百人一首・雛祭りが一般国民に愛好され、農民が『なに兵衛』と名乗るやうに、天皇への忠誠心は、俸禄などといふものは全く関係のない心であり、上御一人と日本国の民衆全体との精神的紐帯である。天皇への忠誠は封建道徳ではない。

 

ゆゑに、「士農工商」といふ身分制度が解体された明治維新後において、国民全体の尊皇精神・天皇への絶対的忠誠心は、顕在化し高まったのである。

 

天皇は常に無私の御心で統治される。無私の心とは神の御心のままといふことである。さらに御歴代の天皇の踏み行はれた道を継承されることを心がけられる。そのことがそのまま國民にその所を得さしめる事即ち国民の幸福実現となる。天皇の国家統治とは権力・武力を以て民を屈従せしめ私物化することではない。

 

ところが、支那においては、天を以て帝権の象徴とし、地を以て民衆に擬し、天と地とは相対立する相対的関係のあるととらへ、天子たる皇帝は民衆を上から見下ろし支配すると考へられてゐる。しかしわが国においては、天子たる天皇は天の神の御子として地上に天降られ、国民もまた神々の子孫であり、天皇は一大家族国家の中心であると考へてゐる。

 

簡単に言へば、支那においては皇帝は権力と武力によって国民を支配し、日本においては天皇は信仰的権威によって国民を慈しむのである。この違ひは支那と日本の国家の成り立ちとその後の歴史の違ひによる。

 

明治維新によって、肇国以来の一君萬民の国体が回復した。明治天皇は、西洋模倣・知育偏重の教育を憂へ給ひ、『教育勅語』を渙発された。そして天皇は、全国民に対して「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」といふ徳目が示されたのである。それが肇国以来のわが國の道統である。萬葉時代の防人の歌を見ても、萬民が大君の御爲国の爲に「義勇公に奉じ」る精神が歌はれでゐる。決して武士階級(支那で言ふ『士・大夫』)のみが大君の御爲国家の爲に義勇を以って奉じたのではない。これがわが國體の本義である。

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