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2018年10月28日 (日)

日本民族の愛国心・ナショナリズムの特質

 

吉本隆明氏は、「『ナショナリズム』というとき、ひとによってさまざまにかげりをこめて語られる。社会学・政治学の範疇では、世界史が資本制にはいってから後に形成された近代国家そのものを単元として、社会や政治の世界的な諸現象をかんがえる立場をさしている。しかし、『ナショナリズム』という言葉が、世界史の尖端におくればせに登場した国家・諸民族によってかんがえられるばあい、民族至上主義・排外主義・民族独立主義・民族的革命主義などの、さまざまなかげりをふくめて語られる。そこでは、すでに規定そのものが無意味なほどである。さらに、これが、日本の『ナショナリズム』として、明治以後の日本近代社会に起こった諸現象について語られるとき、天皇制的な民族全体主義、排外主義、超国家主義、侵略主義の代名詞としての意味をこめて、怨念さえ伴われる。」(『日本のナショナリズム』・「現代日本思想体系 ナショナリズム」所収論文)と論じてゐる。

 

日本のナショナリズムは明治になってから発生し発達したものではない。「辞書」によると「國民國家」とは、「同一民族または國民といふ意識によって形成された中央集権國家」「領域内の全住民を國民といふ単位に纏め上げて成立した國家そのもの」といふ定義である。近代以後においてかういふ國家が成立したといふのが定説になってゐるやうである。「神國思想」「尊王思想」の継承の歴史を見て明らかな通り、わが國においては、近代以後に「同一民族または國民といふ意識によって形成された國家」が建設されたのではない。江戸時代以前と言うよりも古代以来、においてもわが國は日本民族による統一國家體制は確立してゐた。

 

安倍晋三氏は、「現在の國家の形を、一般にネーションステート(國民國家)と呼ぶ。これはもともと近代のヨーロッパで生まれた概念だ。…日本で國民國家が成立したのは、厳密にいえば明治維新以後ということになるが、それ以前から、日本という國はずっと存在してきた。」(『美しい國へ』)と論じてゐる。

 

西洋列強の日本に対する圧迫が強まった時、これを撥ね除けるために藩といふ地域そして士農工商といふ身分制度を乗り越えて、天皇を中心とした日本國家・民族の一體感・運命共同意識を醸成して外敵に当たらうとした。それが明治維新である。しかし、明治維新以前に於いてもわが國が、天皇を君主と仰ぐ統一國家であったし、天皇中心の國體精神に回帰することによって、國難を打開し変革を行ってきた。

 

和辻哲郎氏は「シナ古代に典拠を求めていた尊皇攘夷論は、日本人が欧米の圧迫によって日本を一つの全體として自覚するとともに、その鋒(ほこさき)を幕府の封建制に向け、武士社會成立以前の國民的統一を回復しようとする主張に変わって行った。…日本第一期以来の天皇尊崇の感情が…國民的統一の指導原理となった。…王政復古の達成は、松陰処刑後わずかに八年目のことであった。」(日本倫理思想史)と論じてをられる。

 

和辻氏の言ふ「武士社會成立以前の國民的統一の回復」=王政復古が、わが國における『近代國民國家の成立』であったのである。そしてその根底にあった思想は、和辻氏の言ふ「日本第一期以来の天皇尊崇の感情」である。日本ナショナリズムが古代からの日本傳統精神が原基となってゐることは明らかである。

 

 わが國における攘夷とは、時代を無視した頑なな排外思想ではない。吉田松陰をはじめ多くの維新の先人たちは世界の状況・時代の趨勢を正しく把握しやうとしてゐた。松陰は敵たるアメリカを認識せんとしてアメリカ渡航を実行しやうとした。吉田松陰が安政三年三月二十七日夜、金子重輔と一緒に下田来泊のペリーの米艦にて米國に渡航せんとしたことは、攘夷とは排外・鎖國を専らとするのではなく、日本が外國の支配下に入ることを拒み、独立を維持するために、外國の進歩した文物を學ぶことを要するといふ開明的な考へ方であった。維新後の開國政策の下地はこの頃からあった。古来、わが國が外國文化・文明を柔軟に包摂して来たのは、日本民族の根底に強靭なる傳統信仰があったからである。

 

日本民族の國を愛する心の特質は、「尊皇愛國」といふ言葉もあるやうに、萬邦無比といはれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一體であるところにある。日本人における愛國心は、日本人一人一人が静かに抱き継承してきた天皇を尊崇しさらに麗しい日本の自然を愛するごく自然な心である。

 

日本人にとって愛する祖國とは本来的には天皇の御代すなはち『君が代』なのである。これが日本の愛國心の特質である。ゆえに『國歌・君が代』こそ最大の愛國歌といふことができる。

 

日本における愛國心とは「恋闕心」(「みかどべ」を恋ふる心)であり「麗しき山河即ち自然を慈しむ心」である。どちらも「愛」の極致である。

 

そして、防人が「大君の命かしこみ」と歌って以来、蒙古襲来の時は日本神國思想が勃興し、幕末において欧米諸國のアジア侵略を脅威と感じた時も『尊皇攘夷』が叫ばれ、明治以来大東亜戦争に至るまでの内外の危機に際して勃興したのも國體精神である。日本における愛國心・ナショナリズムは尊皇精神・國體観念と一體である。

 

大化改新・明治維新・大東亜戦争を見ても明らかなやうに、日本における変革や國難の打開は、必ず愛國心・尊皇心の興起と一體であった。

 

維新変革には悲劇と挫折を伴ふ。而して詩歌とは悲願と悲劇と挫折とを謳ひあげることによってその精神的・美的価値を高からしめる。神話時代における戦ひの神々すなはち須佐之男命・日本武尊の御歌を拝すればこの事は明らかである。

 

維新とは懸命なる戦ひであるが、単なる破壊や暴力ではない。「あはれ」で悲しいものであるが、半面、美しく歓喜に溢れたものでもある。

 

わが國の文學史とりわけ和歌の歴史に於いて、最も偉大なる時代は、國家の変革期である。変革期においてこそ偉大なる和歌が生まれる。日本最高最大の歌集『萬葉集』は大化改新・壬申の乱・奈良遷都といふ大変革を背景として生まれた。

 

伴信友は、日本傳統文藝たる和歌とは「其をりふしのうれしき、かなしき、たのしき、恋しきなんど、其をりふしのまごころのままにうたふ」と言ってゐる。そもそも愛國心・尊皇心は抽象的人工的な「理論」「理屈」ではなく、この日本に生を享け、日本に生きる者が抱く素直な感情であり自然な心である。さらに言へば日本人の「道」であり「まごころ」である。

 

愛國心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた。大化改新における『萬葉集』、平安時代の國風文化復興期における『古今和歌集』、明治維新における志士たちの述志の歌、日清戦争・日露戦争を戦った明治中期の和歌の勃興、そして大東亜戦争従軍将兵の歌を見ればそれは明らかである。 

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