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2018年10月22日 (月)

六月十一日に開催された「平成の大演説会」における登壇者の講演内容

六月十一日に開催された「平成の大演説会」における登壇者の講演内容は次の通り。

高乗正臣平成国際大学名誉教授「昭和四十五年十一月二十五日の市ヶ谷台上における三島由紀夫氏の自決の才の『檄文』に、今日の状況がそのまま見て取れる。『檄文』には『われわれは今や自衛隊にのみ、真の日本、真の日本人、真の武士の魂が残されているのを夢みた。しかも法理論的には、自衛隊は違憲であることは明白であり、国の根本問題である防衛が、御都合主義の法的解釈によってごまかされ、軍の名を用いない軍として、日本人の魂の腐敗、道義の頽廃の根本原因を、なしてきているのを見た。もっとも名誉を重んずべき軍が、もっとも悪質の欺瞞の下に放置されて来たのである。自衛隊は敗戦後の国家の不名誉な十字架を負いつづけて来た。自衛隊は国軍たりえず、建軍の本義を与えられず、警察の物理的に巨大なものとしての地位しか与えられず、その忠誠の対象も明確にされなかった。われわれは戦後のあまりに永い日本の眠りに憤った。自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない』と書かれている。

 

二十二万人の人員・装備・予算を見ればまぎれもなく自衛隊は戦力である。それを自衛力と称して来たのは欺瞞。これが国民の国防意識にどういう影響を与えるか。自衛隊は戦力であり軍隊である。憲法を改正しなければならない。保守系の学者は次から次へと変節。公明党は最初から改憲はない。自民党は立党の理念を捨てて公明党化したのではないか。

 

自衛権とは武力攻撃を受けた時に武力を行使すること。自衛のための戦力は持つことができるというのなら、九条二項の存在理由は全くない。戦力と自衛力とはどこがどう違うか。自衛力を超えるものが戦力という理論はさっぱり理解できない。フィリッピン、シンガポールの実力は自衛隊より小さいから戦力ではないとは言えない。自衛隊の予算は三兆円。イギリスと同じ。二十二万人の人員の自衛隊を軍と言わずして何というのか。戦力・交戦権を認めないのは自衛権を否定したことになる。

 

昭和二十七年四月、主権と自衛権を回復。この時点で憲法を改正すべきだった。平成二十四年の自民党の改憲試案では国防軍として明記しようとしたのに、昨年の安倍氏のメッセージによって欺瞞の上塗りが行われた。欺瞞的姑息な憲法解釈を続けるのか。国民道徳に関わる。憲法九条の一、二項をそのままにした加憲には反対する。安倍首相は憲法九条に自衛隊を明記すること、そして二〇二〇年に改正憲法を施行したいと述べた。首相の提案には論理的におかしいところが多々あるが、それはさておき、祖国の防衛に関する議論である九条の改正を提起したこと自体は、評価すべきものがある。もう先送りは許されない。正々堂々と憲法九条の改正の是非を議論すべきである。国民一人一人が、自分の國の防衛に責任を持って真正面から真剣に議論する事こそが、喫緊の課題である」。

 

慶野義雄平成国際大學名誉教授「憲法九条は東京裁判史観のシンボル。それを永久化してはならない。GHQは日本人に戰爭の罪悪感を植え付けた。日本は道義国家であり欧米は侵略国家であったということは否定したかった。日本の輝ける戦争目的を消し去りたかった。アグレッションとは侵攻という意味であり、今日的意味の侵略ではない。GHQに迎合して東京裁判を正当化したのは横田喜三郎。

 

我が国の社会学の父と言われる高田保馬は、その著『国家と階級』に於いて、『国家は最小限の姿において何であるか。それは防衛の組織である』と述べている。『国家は見えざる家である。見えざる家の防衛の設備である』というのである。『國』という漢字は、『囗』(國構え)と『或』の合字であるという。『囗』は境界を表す。『或』は、クニの四方を象る囗と土地を表す一を武器の戈()をもって守ることを意味し、単独でクニを意味したが、国境を守る兵士が敵の襲来を恐れる心理から『或(まど)う』の義に転用したため、さらに『囗』を加えて『國』にしたという。そう考えると國という文字に防衛という意味が含まれているわけで防衛が國の本質に関わることがわかる。

 

二項を存置し三項加憲の案は、学会・公明党に魂を売った。押し付け憲法に対する無念の思いが風化した。帝国憲法に殉じて自決した元枢密院議長清水澄博士の心、三島由紀夫氏の自決、吉田松陰の『身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂』は、美しい日本人の心。

 

昭和二十一年四月十日に行われた戦後第一回の総選挙では、恥知らずな選挙干渉が行われた。候補者審査が行われた。GHQは総選挙に先立つ一月四日に公職追放指令を発した。総選挙立候補予定者について、GHQは厳格にふるいにかけ、保守勢力の一層を図った。GHQ民政局の二―ディーラー(フランクリン・ルーズヴェルト政権によって展開されたニューディール政策を経験し、社会民主主義的な思想を持つ人々のこと)であったケーディスによる社会党政権を作ろうとする目論見があった。幣原内閣閣僚の大半が追放。憲法担当の国務大臣・松本烝治は反動的憲法案を作ったとして追放。九条を審議する衆議院憲法改正委員会小委員会で最も目立ったのは社会党鈴木義男の発言であった。

 

『帝国憲法』には統帥権や宣戦、講和、軍の編成などについて規定しているだけであり、軍の保有について何ら規定していない。軍の保有は独立主権国家として当然のことだからである。九条さえ廃棄すれば、自衛隊保持を明記しなくても、自衛隊の現状時に何の問題もないし、今後は、世論の成熟度を見ながら、また国際情勢の変化に応じて法律さえ作れば、完全な意味の再軍備は法律によって何時でもできるのである」。

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