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2018年9月16日 (日)

皇祖神・天照大御神について

『日本書紀』には、「伊耶那岐命・伊耶那美命、共に議(はか)りて曰(のたま)はく、吾すでに大八洲國及び山川草木を生めり。いかにぞ天の下の主たる者を生まざらむや、と。ここに共に日神(ひのかみ)を生みます。大日孁貴(おほひるめのむち)と號(まを)す。此の子(みこ)、光華明彩(ひかりうるは)しくして、六合(くに)の内に照り徹る」と記されてゐる。

 

古代日本人は日の神の永遠性を信仰してゐた。故に、日の神たる天照大御神は、最尊最貴の神と仰がれる。天照大御神は、高天原の主神であり、日の神である。その日の神を祀る祭祀主を共同體の「おほきみ」と仰いだ。そして日の神を「おほきみ」の祖神と信じた。天照大御神は、日神に五穀の豊饒を祈る祭祀主である「おほきみ=天皇(すめらみこと)」の御祖先神としても仰がれるやうになった。天照大御神は、日の神=自然神と、皇祖神=祖先神との二つの面を持つ女性神であられる。

 

天照大御神は、大日孁貴尊(おほひるめのむちのみこと)とも申し上げる。太陽を神格化した御名である。「ヒルメ」は光り輝く意で、「メ」は女神の意である。ヒルメを「日の女」とする説もある。いづれにしても「太陽の女神・母神」といふ意である。

 

天照大御神は、女性神であるから武を尊ばれないといふ事は絶対にない。弟神の須佐之男命が高天原にお上りになって来た時、「善(うるは)しき心ならじ」と思し召され、弓矢で武装され、大地を蹴散らして雄叫びの声をあげられた。

 

天照大御神は、太陽神のもたらす光明温熱によって萬物が生育するという御神徳をも具有される。ゆへに穀靈であらせられる。稲にとって太陽の熱と光が生命の源である。そこで、稲穂の命即ち穀靈は、日の靈と不離一體であり、日靈と穀靈と皇室の祖靈とは一體の関係にあるといふ信仰が生まれたに違ひない。だから天照大御神をお祭りする神殿(神明造)が穂倉の形をしていゐるのである。

 

天照大御神は天津神であらせられるから、生物學上の人間としての女性であるとすることはできない。しかし、わが民族は、日の神・穀靈・皇祖神たる天照大御神を、新嘗祭を行はせられ機織をせられる「母神」=女性神として仰ぐ信仰を保持してきた。

 

天照大御神は「ひとり神」であらせられるとともに「母神」であらせられ、御子神=天之忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)をお生みになられた。天之忍穂耳命は「女神系の男神」であらせられる。天之忍穂耳命の御子神が邇邇藝命であらせられる。

 

鹿児島県川内市宮内町に、邇邇藝命の可愛山御陵が鎮まります。といふことは、われわれの祖先は、邇邇藝命は肉身を持たれる御存在であると信じたのである。女性神である天照大御神の御孫神・邇邇藝命は地上に降臨された肉身を持たれる御存在である。これは動かし難い否定すべからざる神話的真實である。単なる「御伽話」ではない。

 

葦津珍彦氏は、「後世でも、神話の神々を氏神とし、自分はその子孫であり、氏子とする信仰は生きてゐる。生理的には人間父母の子であるが、信仰的には神話の神を父母とし祖として生まれたとの信である。その信がなくては、日本の神道も神國も成立しえない。皇祖天照大御神は、まさに信仰上の皇室の祖であり、神話の神であってたゞの生理的人間ではない。だから神宮はあっても、生理的人間没後の御陵はない。南九州には神武天皇以前の歴代皇統の御陵がある。生理的に地上に現はられた皇統の祖として祭られたが、天照大御神は古代から高天が原の皇祖神として祭られたのである。天照大御神には御生まれはあるが死はなく、今も生きておられる。」(『神國の民の心』)と論じてをられる。

 

皇祖とは天照大神また皇孫邇邇藝命を始め神代の神々の御事であり、皇宗とは神武天皇以来御歴代の天皇の御事とされてゐる。つまり皇祖・邇邇藝命は肉身を持たれる生理的人間であらせられ「女系の男孫」であらせられるのである。皇統即ち皇室の血統は女系の男孫たる邇邇藝命から始まるのである。

 

葦津先生のいはれる通り、人は、生理的には人間父母の子であるが、信仰的には神話の神を父母とし祖として生まれた。まして、上御一人たる天皇は、天照大御神の生みの御子であらせられる。その絶対の信が、天皇の神聖性の根拠であるし、天皇が日本國をしろしめす「おほきみ」であることの根拠である。

 

日本民族は、男性を日子(ヒコ)といひ、女性を日女(ヒメ)といふ。人は、信仰的には日の神の子であるといふ信仰がある。人は単なる肉体ではない。神の分靈である。まして、現御神日本天皇は人にして神であらせられる。したがって、天皇としての御本質は、肉身が男性であられやうと女性であられやうと全く同じである。

 

「萬世一系」とは、皇祖神への祭祀を行ふのは、天照大御神及び邇邇藝命の御子孫・生みの御子であるといふ思想による。高天原の祭り主は、女性神たる天照大御神であらせられる。皇極天皇・持統天皇など歴代の女性天皇も祭祀を厳修せられた。祭祀國家・信仰共同体=日本國の祭祀主たるスメラミコトに女性がなられることには何の不思議もない。神武天皇以来、原則として男系の男子が皇位を継承してきた傳統は守らねばならない。しかし、「女性天皇は、皇統断絶」などといふことはあり得ない。

 

皇祖天照大御神は、古代における偉大なる女性ではなく、神話の女性神であり、日の神の神靈である。邇邇藝命は、天照大御神の「生みの御子」であられ地上に降臨された天孫であられ肉身を持たれる御存在である。すなはち神にして人であり人にして神であられる。邇邇藝命の御子孫である神武天皇そして御歴代の天皇は、女性神たる天照大御神そしてその生みの御子たる邇邇藝命の血統と靈統を継承されてゐるのである。さらにいへば御歴代の天皇お一方お一方も天照大御神の生みの御子であらせられるのである。

 

「神」とは古代の偉人ではなく靈的實在であり、人間は神の分靈であるといふ信を基本に確立してゐなければ、葦津氏のいはれる通り、「日本の神道も神國思想も成立しない」と思ふ。

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