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2018年9月26日 (水)

生長の家教団の変貌・劣化はどうして起こったのか

 

生長の家教団の変貌・劣化はどうして起こったのか。その根本原因は言うまでもなく三代目総裁の谷口雅宣氏にある。雅宣氏は、谷口雅春師が國體論、大東亜戦争論、愛國思想を説いた書籍を事實上絶版にし、雅宣氏以外の雅春師のお孫さんやその配偶者が生長の家の組織から排除されたり教団から離脱している。

生長の家は完全に変質し、谷口雅宣氏は谷口雅春師を完全に踏み躙ったのである。

宗教教団には内紛はつきものであるが、生長の家だけは、雅春師ご存命中には内紛はなかった。雅宣氏が教団の主導憲を掌握すると、雅宣氏の意に反する人々は、たとえ兄弟であろうと、功労者であろうと、教団から追放されるか自ら出て行っている。

 

教団の教祖が亡くなった後、幹部間・親族間で内輪揉めが起るのはよくあることであり、生長の家も例外ではなかったといふことだらう。

 

創始者・谷口雅春師は、信徒から見れば事實上「生き神」であり、雅春先生をはじめとした谷口家の人々は「お山様」といはれ、言はゞ「神聖家族」として崇められてゐた。生長の家本部には「お山様ご専用」といふトイレまであった。

ところが、その所謂「神聖家族」が、生長の家の根本的経典『生命の實相』第一巻の巻頭にある『大調和の神示』の「天地一切のものと和解せよ」「汝の兄弟と和せよ」といふ教えを實行できないでのある。

 

『大調和の神示』の冒頭には、

「汝ら天地一切のものと和解せよ 天地一切のものとの和解が成立するとき 天地一切のものは汝の味方である 天地一切のものが汝の味方となるとき 天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ 汝が何物かに傷つけられたり黴菌や悪霊に冒されたりするのは汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ。われ嘗て神の祭壇の前に供物を献ぐるとき 先ず汝の兄弟と和せよと教えたのはこの意味である。」と示されている。

 

谷口雅宣氏の兄弟は、姉二人と弟一人の三人いる。この三人の兄弟が全て、教団から追放されている。姉夫婦とは裁判沙汰にまでなった。宗教団体に内紛はつきものだが、「天地一切のものと和解せよ」「汝の兄弟と和せよ」という根本教義を、その継承者が全くし実践できないのみならず、全く逆のことをしているのではお話にならない。雅宣氏は、『法燈の継承者』と自称しているが、全くその資格はない。

 

谷口家は、今や「生長の家」ではなく「バラバラの家」であり、「和解」「大調和」とは全く正反対の「争い」と「大不調和」の家となっている。一番悲しまれているのは、祖父祖母である谷口雅春・輝子両師であろう。

 

雅宣氏は、「法燈継承者」「三代目総裁」とされる以上、他の誰よりも生長の家の教義を守り、その實践者であるべきである。ところが、自分の實の兄弟・親族と「和解」「調和」「赦し合ひ」「拝み合ひ」が出来ないのだ。

 

生長の家のみならず日本國内の新宗教教団には世襲制の教団が多い。そして世襲制の教団に内紛が起こらないかといふと決してさうではない。親族間・幹部間の争ひが起った教団は多い。

 

宗教といふものは本来、人々に安穏・平和・喜びをもたらすものであるはずである。ところが、宗教が闘争・戦争の原因となるといふことが問題なのである。歴史上の戦争・紛争そして今日唯今起ってゐる戦争・紛争の原因が宗教対立にある。宗教上の対立における憎悪は尋常ではない。しかし、これは人類の歴史で繰り返されてきたことなのである。

 

「灯台もと暗し」といふ言葉がある。灯台のすぐ下は光に照らされないので暗いといふ意味であらう。「坊主の不信心」「医者の不養生」「論語讀みの論語知らず」と同じ意味で用いられる言葉である。

 

生長の家の創始者谷口雅春師は、「七つの灯台の点燈者の神示」といふ神示を神から受けたとされてゐる。その灯台は人類を救ふ光といふ意味が込められてゐる。

 

谷口雅宣氏は、生長の家の教えの根本であり、その『七つの灯台の点燈者の神示』に示されてゐる「天地一切のものと和解せよ」「汝の父母に感謝せよ」「汝の兄弟と和解せよ」が全く実践できないのである。三人の実の兄弟姉妹とその配偶者を教団から追い出し、裁判沙汰にまでなり、最近は、谷口雅宣の実の母親即ち谷口雅春師の一人娘・谷口恵美子さんまでもが、四国高知の次女のもとに行かれた。母親とすら調和ではない人物に「大調和」「親に感謝せよ」などと説く資格は毛筋の横幅ほども無い。

 

生長の家は根本的教義を全く実践できない人が教団の後継者となっている。こうしたことを「灯台もと暗し」と言う。ああ悲しいかな。

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