« 千駄木庵日乗八月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月二十二日 »

2018年8月20日 (月)

與謝野晶子のロマン精神の歌

 

海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女(をとめ)となりし父母(ちちはは)の家

與謝野晶子

 

「海が恋しい。潮騒が遠くで鳴り響いているのを聞きながら育ち乙女となった父母の家が恋しい」というほどの意。

 

『恋衣』の中の一首。初出『明星』明治三十七年(一九〇四)八月号。晶子二十七歳の時の作。明治三十四年に上京し、東京での生活が約三年経過した時の歌。

 

與謝野晶子は、大阪堺の出身。本名晶(しょう)。旧姓鳳。寛の妻。新詩社に加わり「明星」に詩歌を発表。大胆な官能の解放を歌い、その奔放で情熱的な作風は浪漫主義運動に一時代を画し、また、古典の研究にも業績を残した。著書は、「みだれ髪」「小扇」「白桜集」「新訳源氏物語」など。明治十一年(一八七八)~昭和十七年(一九四二)

 

「父母の家」とは、泉州堺の故郷の家のことである。晶子は、「海恋し」の初句切れによって少女時代への懐旧の情をロマン的に強く叙している。晶子にとって望郷の念とはすなわち海への憧れであった。

「父母の家」で聞いていた潮騒の音を東京で思い出し、懐かしく思っているのである。

 

潮騒の音と望郷の思いと一体化させるという文芸感覚は、当時においては新鮮であった。「海」は、『古事記』『萬葉集』によく登場したが、中古・中世では「海」を主題とする文藝は少なくなった。遣唐使派遣が行われなくなり、海外に行く人も減った中古時代以降、日本人は海との接触が少なくなったからであろうか。

 

「海」を歌うというのは、近代日本におけるロマン精神の開花であり、新しい時代の新しい文藝感覚である。それは同時に「古事記・萬葉時代」への回帰でもあった。

 

日本人は太古から自分が今生きている世界とは異なる世界すなわち異郷への憧れの心・「他界」へのロマン精神を持っていた。日本人は、遠くはるかな水平線の彼方に聖なる神々の世界があると信じた。その世界を「常世」「妣(はは)の国」という。そこは不老長寿の世界であり、創造の本源世界と信じられた。龍宮界伝説はその典型である。「海」は「生み」に通じるのである。

 

この歌は、望郷の念を歌うと共に、「父母の家」と歌うことによって、日本人が古来から持っている「常世」「妣の国」=生命の本源への回帰・永遠の世界への憧れの思いが自然に表白されているのである。

 

與謝野晶子の歌風は、自由奔放であった。文字通り「自由なる人永久に海を愛さむ」(ボードレール・近代フランスの詩人)なのである。

|

« 千駄木庵日乗八月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月二十二日 »

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 與謝野晶子のロマン精神の歌:

« 千駄木庵日乗八月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月二十二日 »