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2018年8月 8日 (水)

『特別展「縄文―1万年の美の鼓動」』を参観して

本日参観した『特別展「縄文―1万年の美の鼓動」』は、「縄文時代が始まったとされる約13000年前。狩猟や漁撈、採集を行っていた縄文時代の人びとが、日々の暮らしのなかで工夫を重ねて作り出したさまざまな道具は、力強さと神秘的な魅力にあふれています。本展では『縄文の美』をテーマに、縄文時代草創期から晩期まで、日本列島の多様な地域で育まれた優品を一堂に集め、その形に込められた人びとの技や思いに迫ります。縄文時代1万年にわたる壮大な『美のうねり』をご体感ください」(案内書)との趣旨で開催された。

 

「木製網籠縄文ポシェット」(重文)「土製耳飾り」(重文)「火焔型土器」(国宝)「土偶・縄文のビーナス」(国宝)「遮光器土偶」(重文)「人形装飾付有孔鰐付土器」(重文) 合掌土偶」(国宝) 「ハート形土偶」(重文)「石棒」(重文)などを参観。

 

縄文時代は一万三千年前が一万年続いたと言ふのだから、まさに悠久の太古の美術品である。美術品というよりも、古代日本人の生命力・魂のエネルギーが吹き出した結晶のやうに思へる。古代日本人と日本の大地が生み出した力強さが感じられた。弥生時代は洗練された文化であり縄文時代は素朴な文化といふ先入観があったが、まったくさうではないと思った。縄文時代の土偶も装飾品もきわめて手の込んだ造形であり、技術である。古代日本人の造形力の豊かさを実感した。

 

「土偶」は精霊を表現したものと言ふが、女性像が多いので、農作物の豊饒を祈る地母神崇拝のための人形と解釈されることが多いといふ。「遮光器土偶」はアメリカ映画の「グレムリン」を彷彿させるものがあったが神秘的な像であった。合掌土偶」と言ふのを見たが、大いなるものに手を合わせ祈るといふ風習は太古以来のものであるらしい。「動物型土製品」と言ふのもいくつか展示されてゐたが。蛇や猪が多かった。この二つは良い意味でも悪い意味でも畏怖の対象であったのであらう。「ハート形土偶」(重文)は岡本太郎氏の「太陽の塔」に似ていた。「石棒」(重文)は男性性器をかたどっている。生産の豊穣を祈る祭器である。「国生み神話」を思い出した。

 

一万年以上前に造られたものではあるが、時間を超えた感動を与えるのが縄文文化であると実感した。今日このような迫力のある芸術作品はあるであらうか。

 

この『縄文展』では、日本の天地自然には神が生きていたまうということを実感した。そして日本国の生成は、まことに麗しい歴史であることを実感した。神々への祭りと祈りが国家生成の根本になっていることを実感しました。太古の日本人は、豊かなる日本の自然と共に生き、自然に宿る神々を祭り、神々に祈りつつ生きていたと思う。神国日本というのは決して嘘ではない。

 

 

 

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