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2018年7月16日 (月)

捨身無我の絶対尊皇精神について

 

本居宣長は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇國の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びず思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり。」(『葛花』)と論じてゐる。

 

天皇は現御神であらせられ絶對的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考へや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下を批判する事は絶對にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。天皇陛下が間違った御命令を下されたり行動をされてゐるとたとへ思ったとしても、國民は勅命に反してはならずまして反對したり御退位を願ったりしてはならない、如何にしても従へない場合は楠正成の如く自ら死を選ぶべきであるといふのが、わが國の尊皇の道であり、勤皇の道であることを、本居宣長先生は教へられてゐる。

 

ただし、諌め奉る事を一切否定してゐるのではないと思ふ。三度までは諌め奉り、どうしてもご翻意なき場合は、勅命に従ひ奉るのが日本天皇に対する臣下国民の道である。

 

本居宣長が説いている捨身無我の絶対尊皇精神が日本人の道義精神の極地であると思ふ。これを「恋闕心」と言ふ。「恋闕心」とは、宮闕(きゅうけつ・宮殿・宮城・宮門)を恋ひ慕ふ心のことである。ただひたすらなる尊皇の思ひである。

 

日本國の生命・歴史・傳統・文化・道義の体現者たる天皇の大御心・御意志にまつらふひ奉ることが日本國民の道義心の根幹である。そして天皇の大御心・天皇の國家統治の基本は、天照大神の御命令である「高天原の理想を地上に実現する」といふことである。

 

 

「詔書」は、やまと言葉で「みことのり」と申し上げる。「のり」は「のる」の名詞形であり、「天皇の御命令」をおごそかに宣言されるといふ意である。「詔勅・詔書」は、天皇国日本における最高の公文書である。

 

「渙発」とは、四方に水の散る如く広められるといふ意である。大君が四方に宣言されたお言葉が「みことのり」である。そしてその「のり」は「憲」「則」「矩」「規」「法」である。わが國における「法(のり)」の原義は、「天皇が宣せられた御命令」である。

 

『承詔必謹』が日本国民の道義精神の根幹である。「天皇の大御心・みことのりを謹んで承る」が、天皇国日本の臣下国民のあるべき姿であり、道義精神の基本である。

 

「臣(をみ)」の語源は「忌み」である。「忌み」とは、心身を清浄に保ち、けがれを避け慎むことである。斎戒ともいふ。神への祭祀を執行する時、厳重なる「物忌み」をする。「大臣」とは「大忌み」であり、神事に奉仕する大事や役目を担ふ人といふ意である。日本国は「祭政一致」の国柄であり、宮廷の公の仕事は神への「まつりごと」なのである。

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