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2018年7月11日 (水)

時により 過ぐれば民の なげきなり 八大龍王 雨やめ給へ 源實朝

 

時により 過ぐれば民の なげきなり 八大龍王 雨やめ給へ

源實朝

 

建暦元年(一二一一)七月、大洪水が起こり、大きな災害がもたらされた時、鎌倉幕府第三代征夷大将軍・源實朝が、「雨を止めてくれ」と八大龍王に訴へた歌。實朝二十歳の時の歌。『金塊集』所収。

 

「八大龍王」とは、『法華経(序品)』に登場する仏法守護の善神で、龍族の「八王」のことと言ふ。特に、「八王」の中の娑伽羅龍(しゃからりゅう)は雨を司る。實朝が、征夷大将軍として民の難儀を救ひたいといふ、切なる心を龍王に訴へた歌。

 

「訴へる」は「歌(うた)」と同系語で、「歌」の語源は「訴へる」である。「やまと歌」とは、感動をそのまま素直に訴へる文藝であり、その歌を鑑賞する人もその訴への感動を共有する。自己の感動を定型に集約して表現する文藝が「やまと歌」である。「やまと歌」とは、「書く」ものでもないし、「つぶやく」ものでもない。「訴へる」ものであり、「歌ふ」ものである。そして鑑賞する人に感動を与へるものである。

 

實朝は、長雨に困窮する民衆のために、為政者として一心に龍王に祈ったのである。民を救ひたいといふ魂の底からの念願を強い気迫で訴へたこの歌は、まさに「やまと歌」の典型である。

 

通釈は、「雨は人間生活に欠かせない天の恵みですが、時によっては降りすぎると民の嘆きになります。八大龍王よ、どうか雨をおやめ下さい」。

 

龍神は水の神様である。日本人は水の湧く場所を龍神がをられる所と信じて祀り、水辺で稲作を行ってきた。そして龍神が祭られてゐる神祠に、水の恵みに感謝し、雨乞ひの祷りを捧げることは古来行はれてきた。

 

反面、實朝の歌にある通り、雨が降りすぎると洪水になる。それだけでなく、大雨と共に発生する稲妻や雷鳴は恐ろしいものである。落雷によって被害も蒙るので、古代人は経験によって、水神と雷神は一つの神として信じた。

 

雷が龍神として信じられるやうになったのは、稲妻の姿が、龍のやうにのたうちまはりながら光を発するからであらう。

 

さらに、稲妻と落雷炸裂の音のすさまじさは、火焔の立つ刀剣を連想させた。故に、剣の神霊・鍛冶の神ともなった。

 

須佐之男命が退治した八俣大蛇(やまたのおろち)は、斐伊川の氾濫による洪水の象徴であり、奇稲田姫(くしなだひめ)は稲の田の象徴であると言ふ。また、八俣大蛇の体の中から出現した草薙剣は、雷神・水神たる龍神・蛇神の象徴である。日本神話は古代日本人の生活から生まれてゐることがわかる。

 

雷神が、雨や水を支配する神として崇められたのは、雷雨が稲の成熟にきはめて適した良い条件をもたらすものと信じられたことによる。だから、雷電を稲妻・稲光・稲つるびと言った。

 

このことは、雷の空中放電によって、二酸化窒素を生じ、さらに雨に降れば、硝酸と亜硝酸になって、水田に降りそそぎ、窒素肥料になるといふやうに、科學的に証明されてゐるといふ。

 

「稲妻」とは、空中に自然に起こる放電に伴って、空を走る光のことであり、「いなびかり」とも言ふが、これで害虫が死に、稲が豊作になるので、「稲の妻(つま)」に見立てたと言ふ。

 

また、雷の発生しやすい高温多湿の気象状況は、稲の成長にきはめて適してゐる。古代人は、多年の経験によって、雷神を水の神・稲の豊饒をもたらす神として信仰したのである。

 

源實朝は、武人であり、征夷大将軍である。しかし、やさしき心根を持つ人であった。それは彼が、「ものいはぬ四方(よも)の獣(けだもの)すらだにもあはれなるかなや親の子をおもふ」「いとほしや見るに涙もとどまらず親のなき子の母をたづぬる」といふも歌を詠んだことによっても分かる。

 

その實朝が、鶴岡八幡宮で兄・源頼家の子・公暁に「親の仇」として暗殺されてしまった事は、何とも大きな歴史上の悲劇であった。後鳥羽上皇への忠誠心篤い實朝が殺されなければ、『承久の変』は起らなかったと思はれるからである。

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