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2018年6月 3日 (日)

今こそやまとことばの復興・言霊の力による国の再生が図られなければならない

 

人間の心を表現する言葉ほど大切なものはない。言葉のない生活は考えられない。言葉は、人と人とを結合させ人と人との間をつなぎ相互に理解を成立させるものであると思ふ。言葉は、共同体において生活する人間が、お互ひに理解し合ふための表現形式である。言葉は、人間生活そのものを体現するのであり、人間が共に生活する共同体は基本的に言葉によって形成される。「言葉の乱れは世の乱れ」といはれる所以である。今の日本は乱れてゐる。乱世である。その原因は、言葉の乱れにあると考へる。

 

人間は一人では生きていけない。ドイツの法学者・オットー・ギールケ「人の人たるの所以は人と人との結合にあり」と言ったといふ。和辻哲郎氏は、「人間とは人と人との間である」「理性はただ言語において、また言語とともに、自らを形成する。したがってそれは、共同体の活動そのものの中から自覚されてくるとともに、またそれ自身の活動によって共同体を形成し発展せしめるものである。…『人』が動物と異なる急所は、言語である。」(『近代歴史学の先駆者』)と論じてゐる。

 

自己が他者と共に生きてゐる場である「共同体」において人と人とが結ばれる。その基本に言葉がある。言葉は人間の精神生活の共同意識を成立させる。そして、言葉は個人及び共同体の歴史と文化を継承する。

 

言葉は、辞書によると「人が声に出して言ったり文字に書いて表したりする、意味のある表現」であり「その社会に認められた意味を持っているもの」と定義される。なんとも無味乾燥な定義である。

 

言葉は人間が相互理解のために使用する手段ではない。人がものを考へるといふ行為自体、すでに心の中で言葉を発してゐる。我々は言葉なくしてはものを考へることはできない。したがって、言葉とは「人が声に出して言ったり文字に書いて表したりする、意味のある表現」だけではない。この定義だと、盲目の人、話し言葉を発することができない人、文字を書くことかできない人には言葉がないといふことなる。思惟即ち心の中における思考も言葉である。言葉は、人間生活すべての根幹であり、言葉のない人間、言葉を離れた人間はあり得ない。言葉は人間と共に生きるものである。言葉は単なる意思の伝達のための道具ではないといふのは真実である。

現代日本はまさに国家的危機に瀕している。今こそ、言葉を正さねばならない。やまとことばの復興、言霊の力による国の再生が図られなければならない。一切の改革・変革の基本に、言霊の復興がなければならない。

 

情報とは言葉である。今の日本は情報・言葉は洪水のごとく氾濫し、濫用されている。森本和夫氏は、「スターリンによって、『生産用具、たとえば機会と違わない』といわれた言語が、ますますその方向を突き進んで、いまや生産用具の主座にすわろうとしている。それこそ“情報社会″と呼ばれるものの意味であろう」(『沈黙の言語』)と論じている。

 

言葉が意志伝達の手段としか考えられなくなり、人間が言葉への畏れを無くした時、人氾濫し濫用された時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社会である。

 

言葉への畏れを喪失するということは、言葉を単なる情報伝達の手段と考えることである。「言葉は意志伝達の手段、人間の扱う道具だ」という観念が、国語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報伝達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いということになる。漢字制限はそういう安易な便宜主義・目先の理由によって行われたと考える。

 

それは言霊の喪失である。現代ほど言霊が軽視されている時代はない。文藝においてすら言霊を喪失している。そして日本人の魂は、今、よすがなく彷徨っているように思える。さまよえる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言霊の復活が大切である。それは、言霊が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思わせる「やまと歌」の復活である。今日において、まさに、「国風文化」が復興しなければならない。

 

大化改新という大変革・壬申の乱といふ大動乱の時に『萬葉集』が生まれ、平安中期の国風文化勃興の時に『古今和歌集』が生まれたように、畏れ多いが、国難に晒されてゐる今日においても、偉大なる「勅撰和歌集」が撰進されるべきであると信ずる。それが言霊の復活であり、世の乱れを正す大いなる方途である。

 

日本天皇を「すめらみこと」と申し上げる。「すめらみこと」とは、天つ神の「みことのり」「神勅」を地上において実現される最高に尊いお方という意味である。日本の「言葉」で最も大切な言葉は、天皇の「みことのり」(詔勅)である。

 

「詔を承りては、必ず謹む」精神即ち「承詔必謹」が日本国民の最高絶対の道義精神であり、国家永遠の隆昌の基本である。

 

「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が必要なのである。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来ている民族の共同精神を表白し訴えるものとしての和歌を詠んでいる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが日本が再生した時代である。和歌の力というものの偉大さを今こそ実感すべきである。

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