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2018年6月17日 (日)

明治維新の意義

歴史の見方というのは色々ある。明治維新そして維新後の近代化について、色々な論議がある。薩長藩閥政治に対する批判は多くの人々から出されている。私が好きな作家である永井荷風の近代批判は、すさまじいまでの反薩長政府に貫かれている。荷風は、明治新政府を「足軽政府」と罵り、「薩摩長州は実行不可能な攘夷を言い立てて幕府を追い詰め権力を奪取した」と断定している。

 

たしかに薩長が絶対的正義であり、徳川を絶対的な悪とすることはできない。また維新変革の過程のみならず、近代化の過程に於いて、色々な矛盾や非道なこともあったであろう。

私は、生まれも育ちも東京である。父は徳島から上京して来た人だが、母方は関東の人間である。荷風の言うことに共感する部分もある。

 

しかし、やはり徳川幕藩体制を打倒し、天皇を中心として国家体制をつくり、近代化を推し進めたことは否定することはできないと思う。正しかったと思う。

 

日本国は神代以来、天皇が統治される国である。中心がしっかりと確立されていなければ、欧米列強の東亜侵略の危機を打開し統一と団結と安定を保つことはできなかったに違いない。

 

京都御所に天皇を押し込め、徳川氏が覇者として政治の実権を握っていた体制は許すべからざるものであった。すなわち天皇・朝廷を蔑にして国家の中心が二つあるかの如き体制は打倒されなければならなかった。

 

徳川将軍家は、京都の朝廷の権威を借りて、自己の権威を確立した。徳川家康を東照大権現と称し、家康を祭る神社を東照宮と称したのは、明らかに、日本天皇の神聖権威の模倣であるばかりでなく冒瀆であり國體隠蔽である。

 

しかし、その「東照大権現」の権威では国家的危機を打開することは出来なかった。神代以来天皇の神聖権威を精神的基盤としなければ、国家的危機を打開できなかった。だからこそ「尊皇攘夷」というスローガンで、国民が一致結束したのである。

 

明治維新は、無血革命ではなったが、フランス革命、ロシア革命などの外国の革命と比較すれば殆ど「無血」と言って良かった。維新変革は政治闘争・権力闘争・武力闘争の側面がある。色々詳しく調べれば、薩長側にも非があったのは致し方のない事と思う。そうした薩長批判は共感することも多い。とくに松平容保及び会津藩は気の毒であった。

 

しかし、私はどうしても納得ではないのは、井伊直弼を高く評価する説、錦の御旗はニセモノだったという説である。さらに許し難いのは、ここに書くのもはばかられるが、「孝明天皇暗殺説」である。これらの説に対しては、徹底的に反論しなければならないと考えている。

 

井伊直弼などの幕閣が、幕藩體制維持のために反動的政策をとった事がかえって維新を早める結果となったのであり、井伊直弼が主導した幕閣が開明派だったなどということはあり得ない。また開国政策を決定したのは井伊ではなく阿部正弘である。

 

井伊幕閣が勅許を得ずして開國したこと、そして勤皇の士を弾圧したことが明治維新の発火点になったのである。

 

維新は旧體制の打倒であるから、政権強奪と言っても全く間違いではない。行き過ぎもあれば残忍酷薄なこともあったてあろう。それは新政府方も旧幕府方もお互いの事であって、親政府方のみを責めるべきではない。

 

西南雄藩が新政府の主導権を握ったのは彼等が維新の推進力だったからであり、政権強奪と決め付けることはできない。新政権には旧幕臣も多く参加している。

 

幕末期における現御神信仰・尊皇精神の興起は、勤皇の志士たちのみならず、一般庶民においても旺盛であった。伊勢の皇大神宮への民衆の集団参拝(いはゆる御蔭参り)が行はれ一般庶民の皇室の御祖先神に対する信仰が大きく復活してきてゐた。天保元年(一八三〇)には、御蔭参り参加者が閏一月から八月までで五百萬人に達したといふ。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないといふことが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君萬民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないといふことが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君萬民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

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