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2018年6月 1日 (金)

『排日移民法』について

日露戰爭勝利によって日本は、愈々アジアに於いて存在感を強めた。またわが国は大正八年のパリ講和会議(ヴェルサイユ会議)において「国際連盟規約」の前文に「各国の平等及びその国民に対する公正待遇の原則を是認し」との文言を盛り込むよう提案し「白色人種による人種差別撤廃」を主張した。これはアメリカイギリスなど反対によって実現しなかった。そしてアメリカなど日本に対する脅威感が強まった。

 

我国が関東大震災という大国難に際会した大正十二年の翌年、大正十三年(1924)71日に「排日移民法」が施行された。これはアジア出身者については全面的に移民を禁止する条項が設けられた。当時アジアからの移民の大半を占めていた日本人が排除されることになった。この「排日移民法」によって日本は大きな移民先を失ったため、その代替として満州を重視せざるを得なくなったとする見方が古くから存在する。

 

アメリカ人を妻に持ち。アメリカとの友好に力を盡し、日本の武士道をアメリカに紹介した新渡戸稲造氏は同法成立に衝撃を受け、二度と米国の地は踏まないと宣言した。それまで比較的親米的な感情を持っていた多くの日本人に与えた影響は大きかった。

 

 

昭和天皇は敗戦後、日米開戦の遠因として「(大東亜戦争の・注)原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在してゐる。日本の主張した人種平等案は列国の容認する処とならず。黄白の差別感は以前残存しまた青島還附を強いられたこと亦然りである。加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。かゝる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上つた時に之を抑へることは容易な業ではない」(『昭和天皇独白録』)と仰せられた。

 

「排日移民法」は当時の日本人の名誉を傷つけ、反米感情を産み、やがて日米開戦の遠因となったのは疑いないところである。

 

ともかく西欧列強によるアジアアフリカ植民地支配からのアジアアフリカ解放、人種差別撤廃を主張するする日本と米英との対立が決定的となったのが「排日移民法」であった。

 

日露戦争後、アメリカが日本を仮想敵国としたことは明白な事実である。ことごとに日本を圧迫した。それには有色人種への差別意識が根底にあった。アメリカは建国以来征服国家である。そして日本もアメリカに対抗せざるを得なくなった。これは避けることのできない歴史の流れだった。

 

さらにソ連は日米を戦わせることによって、アジア・世界を赤化するという謀略工作を展開した。当時の日本はこうした二重の圧迫・謀略と戦わねばならなかった。

 

アメリカは人種差別によって成り立った國であると云っても過言ではない。アメリカの「建国」と「開拓」は、先住民所謂「インディアン」及びアフリカから連行してきた所謂「黒人奴隷」の犠牲を伴った。

以前、参観した東京芸術大学美術館に『米墨戦争 記挿図』(カール・ネベル作)が展示されていた。これは、日本に開国を迫るためにペリーが持ってきた絵である。アメリカがメキシコを軍事的に屈服させたことを主題とする絵画で、メキシコがアメリカに降伏する場面か描かれていた。ペリーがアメリカの軍事力をわが国に示すためにこういう絵を幕府に贈ったのだ。

 

「黒船来航」はまさに、日本を屈服させんとする砲艦外交だったのである。「日米修好」などと喜んでいい話ではない。

昭和二十年九月二日に行われた「降伏文書調印式」では、会場となったミズーリ艦上に、ペリーの黒船に掲げられた星条旗が掲げられたのは、日本はアメリカに二度目の屈服をしたということを示すためであったのだろう。

 

二〇〇一年九月十一日に、同時多発テロが起こった直後、当時のブッシュ大統領は「アメリカに攻撃を加えた國で殲滅されなかった國はない」という意味のことを言った。わが國を念頭に置いて言ったのであろう。

 

わが國の真珠湾攻撃は軍事施設に限られていたし、多数の民間人を道連れにはしなかった。それでもアメリカは、「リメンバー・パールハーバー」を合い言葉としてわが國へのすさまじい報復攻撃を開始した。広島・長崎に原爆を落とされ、全國主要都市が焼夷弾・爆弾攻撃にさらされて殆ど焦土と化し、無数の罪の無い一般國民が爆殺され焼き殺された。

 

倉前盛通氏著『艶の発想』によれば、わが国に対する原爆投下の際、アメリカのトルーマン大統領は「早く投下しなければ、原子爆弾が都市住民にどんな被害を与えるか、テストする機会を逸する」と言ったという。これは米軍部の考えでもあったという。

 

アメリカは、わが国への原爆投下・無差別の焼夷弾・爆弾攻撃についての反省と謝罪は全くしていない。アメリカは、文明の国、自由と民主主義の国と言われるが、果たしてどうか。そもそも文明とは何か。自由と民主主義とは何か。反米感情を煽るわけではない。また、今日の情勢を考えると、日米同盟は大事である。『日米同盟』『日米友好』は大切だが、アメリカの残虐性、身勝手さ、独善性は忘れてはならない

 

近代の歩みに対する反省は必要だが、日本だけが侵略者とする戦後の歴史観は訂正されねばならない。これがある限り、日本はまともな国になり得ない。支那とアメリカに対して対等な関係を構築できない。

 

今日、中華帝国主義による日本侵略支配の危機が迫っている。日本はこれに如何に対処すべきか。それが今日におけるもっとも重大な問題である。歴史に学び、正しき歴史観を確立し、現代の危機に立ち向かわねばならない。中華帝国主義の侵略を打ち砕かねばならない。

 

今後の日本は、いかにして「中華帝国主義」の侵略そして北朝鮮の暴虐から祖国を守るかが最大の課題である。「日米自立」「日米安保破棄」を主張する人々がいる。しかしその根本に、まず以て日本の敗戦国意識の払拭そして日本の真の自立が確立されなければならない。日本こそ『強盛国家』にならねばならない。

 

ベトナム・イスラエルは大国ではないが、それなりの力を持ち、支那やロシアやアメリカの言いなりにならない。日本はこの点は見習わねばならない。支那・ロシア・アメリカの言いなりにならない国にならねばならない。

 

日本は、非核三原則などという誤った原則を墨守し、且つ、軍事力を全く否定した似非平和憲法を未だに破棄出来ないでいる国である。そればかりでなく日本は、現実に何時共産支那や北朝鮮から核攻撃を受けるかわからない危機に曝されている国である。

 

日本はかつてアメリカと戦った国であり、ベトナムやイラクと同じようにアメリカの空爆を受け、国土は焦土と化し、多くの国民が殺戮された国である。ベトナムやイラク以上にひどい目に遭った国が日本である。

 

大東亜戦争に敗北した後、日本は七年間もアメリカの軍事支配を受け、日本を弱体化することを目的とした憲法を押し付けられた。日本は、その占領憲法を後生大事に未だに押し戴いている。そして自分の国を自分で守ることのできない情けない国である。

 

アメリカ製の憲法を押し戴きアメリカの核の傘に入っている以上、国際問題、経済問題等々でアメリカに徹底的に逆らうことなど出来ないのである。まさに日本はアメリカの属国なのだ。否、いまだにアメリカの占領下から独立してはいないのである。だからトランプは日本に来た時、成田や羽田ではなく横田基地に来たのだ。

 

わが国がアメリカと対等の立場に立ち、言いたいことが言える国になるためには、核武装して自主防衛体制を確立し、自主憲法を制定し、真の独立国家として再生しなければならない。

 

日本国も核武装し自主防衛体制を確立し単独で支那共産帝国主義や北朝鮮と戦いこれを壊滅できる力を持つような国家になるよう努力すべきである。

ところが、日本の真の独立=アメリカの属国からの脱却を妨害して来たのが、自主憲法制定・自主防衛体制確立・核武装に反対してきた亡国政党=社民・共産・民進党左派・立憲民主党であり、偏向マスコミなのである。自民党の中にさえそういう連中がいる。

 

最近、国際的安保環境は大規模に変容している。とりわけ北東アジア情勢は極めて危険である。日本は正しき安保観・国防観を一刻も早く確立しなければならない。自主防衛体制=核武装を断行して、いかなる国からの攻撃・侵略も徹底的に排除する態勢を確立しなければならない。これが中華帝国主義打倒・対米自立の基礎である。そのために、日本国内の似非平和勢力・売国分子を糾さなければならない。

 

 日米安保体制の枠内で憲法9条がどうの、安保法制がどうの、といったことが大問題となった牧歌的な世界はもはや過去となった。日本も米国に軍事でも経済でも過度に依存しない「偉大な国」を目指せばいいだけの話である。

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