« 千駄木庵日乗六月四日 | トップページ | 昨日詠んだ「腰折れ歌」です »

2018年6月 4日 (月)

山上憶良が遣唐使への餞の歌に詠んだわが日本独特の「言靈信仰」

山上憶良は「好去(かうこ)好來(かうらい)の歌」と言ふ遣唐使への餞に詠んだ長歌で、

 

「神代より 言ひ傳來()らく そらみつ 倭(やまと)の國は 皇神(すめがみ)の 嚴(いつく)しき國 言靈(ことだま)の 幸(さき)はふ國と 語り繼ぎ 言ひ繼がひけり 今の世の 人もことごと 目の前に 見たり知りたり」【神代以来、言ひ傳へられてきたことだが、天皇國日本の神の威徳が厳然としてゐる國、言葉の精靈が働いて幸福にして下さる國であると、語り継ぎ、言ひ継いできた。今の世の中の人も悉く、目の前に見てゐるし知ってゐる】

 

と歌った。 

 

日本民族は、言葉を神聖視してきた。日本人は、萬物は言葉=神によって成ってゐると信じた。即ち言葉が事物の本質であるといふことを本然的に信じてゐた。

 

「言靈の幸はふ國」とは「日本は言葉の靈が栄える國であり、言葉の靈の力によって生命が豊かに栄える國である」といふ意味である。日本人は、言葉に靈が宿ると信じ、言葉には生命を持ち、言葉を唱へることによってその靈の力が発揮されると信じた。

 

『御託宣』『神示』は神靈が籠り神威が表白された言葉である。『祝詞』は人間が神への訴へかけた言葉であり、『歌』も人間の魂の他者への訴へである。『祝詞』にも『歌』にも靈が籠められてゐる。『祝詞』を唱へ『歌』を歌ふと、そこに宿る言靈が発動し偉大なる力を発揮すると日本人は信じた。神・人・天地自然にまでその力が及ぶのである。これが「言靈の幸はふ」といふことである。

 

日本の古代信仰のみならずあらゆる宗教は、神や仏に対して祈りを捧げたり経典を読誦したり、題目や称名念仏など特定の言葉を唱へることが基本的行事である。

 

折口信夫氏は、「(言靈信仰とは)古くから傳ってゐる言葉の持ってゐる靈力・魂といふものを考へてゐるのであり、それが言靈、つまり言語の精靈である。祝詞には勿論これがあると信じてゐた。…言葉そのものに威力・靈魂があると考へた。それが言靈である。それは唱辭(トナヘゴト)以外、…抒情詩其他のものゝ上に皆あると信じたのである。古い物語を語るとその内の靈魂が動き出す、歌を歌ひかけると、その歌のうちにひそんでゐる靈魂が働きかけると信じてゐたのである」(『古代人の信仰』)と論じてゐる。

 

「言靈のさきはふ國」と言はれるわが國においては、『祝詞』や『歌』は何よりも大切な神への捧げものとされた。日本文藝の起源は、神への訴へかけである。「うた」の語源は、神様に何事かを「訴へる」といふところから来てゐる。

 

やまとうた・和歌は神聖な文藝であると考へられてゐた。神に対してだけでなく、恋人や親や死者など他者に対する何事かを訴へかけが、日本文藝とりわけ「やまと歌」の起源である。他者に対して何事かを訴へるものが「歌」であり、何事かを語りかけるものが「物語」である。

 

古代日本人は、言葉の大切さ、偉大さを本然的に強く自覚し信じ、言葉の靈力によって、幸福がもたらされてゐる國が大和の國であると信じてゐた。

 

山上憶良は、唐といふ外國に対する「皇神(すめがみ)の 嚴(いつく)しき國」たる天皇國日本の國家意識の表白として、遣唐使への餞の歌にわが日本独特の「言靈信仰」を歌ったのである。山上憶良が近代的意味での「社会派歌人であった」とか、「支那文化にとっぷりとつかった歌人であった」といふ決め付けは訂正されねばならない。

|

« 千駄木庵日乗六月四日 | トップページ | 昨日詠んだ「腰折れ歌」です »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/66795419

この記事へのトラックバック一覧です: 山上憶良が遣唐使への餞の歌に詠んだわが日本独特の「言靈信仰」:

« 千駄木庵日乗六月四日 | トップページ | 昨日詠んだ「腰折れ歌」です »