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2018年5月29日 (火)

神道の基本行事=祭りについて

 

神道の基本行事は、神を祭ること即ち祭祀である。「祭り」とは神に奉仕(仕え奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。

 

人は、はじめから神に生かされ、神と離れた存在ではなく神と一體の存在であった。しかし、様々の罪穢が神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまった。禊によって罪穢を祓い清め、祭りと直會(神と共に供え物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

今日、混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の伝統的な信仰である。

 

維新とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 

國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

実際、日本民族は、全國各地で毎日のように禊と祭りを行っている。それは信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

 

「祭り」とは、神人合一の行事であり、罪穢れを祓ひ清め元初の姿へ回帰する行事である。天地宇宙の更新再生が、祭りである。元初に回帰しつつ常に新たに生まれるといふ理念・原理=復古即革新が、日本文化の精粋である。それが現実の姿として顕現してゐるのが伊勢の神宮なのである。

 

五月は夏祭りの季節である。私宅近くの湯島天神のお祭りが行われる。浅草では三社祭りが行われる。東京下町には、神社を中心とした地域共同体がのこっている。一時は、お祭りの時に神輿の担ぎ手がいなくて困ったという話も聞いたが、最近は全くそういう事はない。方々に神輿の會が作られていますし、町内にも神輿を担ぐ人も多くなっている。

 

神社は、その地域をお守りくださる神様を祭っている。氏神さまとか鎮守の神さまとして崇敬される。神社神道には難しい教義や独善的な教条はなく、天神地祇をお祀りする道が神道なのである。それは太古より続いてきた日本人の道である。それを敬神崇祖と言う。一年中日本の何処かの神社で祭礼が行われている。まさに日本は神の国なのである。

 

我が國民は「祭り」が好きであるということは、日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができると信じ続けてきているのである。今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。

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