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2018年5月 7日 (月)

祭祀主・日本天皇を中心とする信仰共同體が神話時代以来の日本國の本姿である

稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生きて来たので、自然を神と崇めた。鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってゐると信じて来た。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきた。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られた。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが海神(わたつみ)信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

麗しい日本の天地自然そして農耕生活の中から生まれてきた「神ながらの道」といふ信仰は、天地自然と祖靈を神として拝ろがみ祭る信仰である。わが國の神は、天津神、國津神、八百万の神と申し上げるやうに、天地自然、祖霊を神として拝ろがむ信仰である。

 

日本人は稲の種と水田と農耕技術といふ恵みを祖先から傳へられたので、祖先に感謝する思ひが強い。ゆゑに自然信仰と共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る祖霊信仰を抱いた。これを「敬神崇祖」といふ言葉で表現した。その最も端的な例が天照大神への信仰である。

 

天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽の神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来た。わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められてゐる天照大神は、皇室の祖先神であると共に、自然神たる太陽神である。

 

わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、信仰共同體國家日本の土台、言ひ換へれば日本國體の根幹を成してゐる。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。日本傳統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。

 

 

日本民族は、神に対して常に祭りを行って来た。神道の基本行事は、神を祭ること即ち「祭祀」である。「まつり」は、日本民族の精神傳統・日本文化の原点である。日本傳統信仰は、神學・教義といふ抽象概念として継承されて来なかった。上は天皇から下万民に至る日本人の「神祭り」「祭祀」といふ行事によって、古代より今日まで傳へられて来た。

 

「まつる」といふ言葉の原義は、「お側で奉仕し服従する」「何でも仰せ事があれば承りその通り行ふ」「ものを献上する」といふほどの意である。

 

「神祭り」とは神に奉仕(仕へ奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従ひ奉ることである。つまり神の御心のままに勤めることをお誓ひする行事=神人合一である。

 

人は神と離れた存在ではなく、はじめから神に生かされ、神と一體の存在である。しかし、様々の罪穢が、神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまふ。禊によって罪穢を祓ひ清め、祭りと直會(神と共に供へ物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』冒頭に示されてゐる「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

天皇は日本國の祭り主であらせられる。天皇はわが國建國以来、常に國民の幸福・世の平和・五穀の豊饒を、神に祈られて来てゐる。わが國存立の基盤は、「天皇の祭祀」にある。天皇の御使命は、地上に稲作の栄える瑞穂の國を作られることにある。これが天皇中心の日本國體の根幹である。

 

稲作生活から生まれた神話の精神を、「祭祀」といふ現實に生きる行事によって、今日唯今も継承し続けてきてをられる御方が、日本國の祭祀主であらせられる日本天皇である。

 

「天皇の祭祀」において、わが國の傳統精神が現代において生きた形で継承され、踏み行はれてゐる。天皇の「まつりの御精神」を仰ぎ奉ることが、わが國の道義の中心である。祭祀主・日本天皇を中心とする信仰共同體が神話時代以来の日本國の本姿なのである。

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