« 千駄木庵日乗五月十四日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月十五日 »

2018年5月15日 (火)

天上の世界、海の彼方への憧れは日本人が太古から抱き続けたロマン精神

天上の世界、海の彼方への憧れは日本人が太古から抱き続けたロマン精神

 

「黄泉の國」及び「死」について古代日本人はどのやうに考へどのやうなイメージを描いてゐたのかは、『萬葉集』に収められてゐる次の歌に示されてゐる。

 

「やまぶきの 立ちよそひたる 山清水 汲()みに行かめど 道の知らなく」(『萬葉集』一五八)

 

天武天皇の御子・高市皇子が、異母妹・十市皇女の薨去を悼んで歌はれた御歌である。十市皇女は、天武天皇の皇女。母君は額田王。天智天皇の皇女・大友皇子(弘文天皇)の正妃となられた。「壬申の乱」の後、大和にお帰りになった。「壬申の乱」では、夫君が父君によって滅ぼされる。「壬申の乱」の六年後の天武天皇七年(六七八)四月七日、急病で薨去された。『日本書紀』には「卒然に病発(おこ)りて宮の中に薨ず」と記されてゐる。その時に、皇女の薨去を悼んで、高市皇子が歌はれたのがこの御歌である。

 

高市皇子は、「壬申の乱」で十九歳にして指揮官として軍事を委ねられ、天武天皇方の勝利に貢献したと傳へられる。弘文天皇の御首を頂戴したのは、高市皇子といはれてゐる。高市皇子は大和に戻られた十市皇女を妃にされたか、されようとしたといはれてゐる。十市皇女にしてみると、高市皇子は異母兄であるが、夫を滅ぼした人といふ事になる。

 

【やまぶき】山地に自生する、ばら科の落葉低木。【よそふ】飾る意。現代語の「装ふ」と同じやうな意味。【汲みに行かめど】黄泉の國に行くことの意。「山吹が咲く所の清水を汲む」とは即ちあの世に行くことである。従って、「やまぶきの立ちよそひたる山清水を汲」みに行くとは、「黄泉の國」に行かれた十市皇女に會ひに行くといふ意である。【道の知らなく】ナクは打ち消し。道を知らないことよ、といふ意。體言止めと同じく一種の詠嘆的終止。

 

通釈は、「黄色の山吹が咲いてゐる山の清水を汲みに行きたいが、道が分かりません」といふ意。

 

山吹の黄色に彩られた山の泉は「黄泉」をイメージし暗示してゐる。「よみのくに」のヨは、世の中の世と同じで年齢とか生命の意。ミは、身體のこと。前述した通り、黄泉國からこの世へ還って来ることを「よみがへり」(黄泉の國から還る)と言ふ。

上代人の来世観は、この世とあの世の厳しい区別があまりなかった。森羅萬象に精霊・神が宿ってゐると信じたから、他界観も今日とは比較にならないくらい神秘的であった。

 

上代においては山の奥の方に死者を葬った。あの世への入口は、山の奥の清水の湧き出る岩屋や洞窟の奥と考へられた。また岩屋の奥に霊が籠ってゐると信じられた。

 

また、「山吹」には「面影草」といふ異名があったので、「山吹の咲く水辺で、水の中を覗くと、今は亡き人の面影を見ることができる」といふ信仰があったと言ふ。山吹が咲いてゐる下に湧き出る「清水」を美しい十市皇女に譬へてゐると解することもできる。

 

「あの世まで十市皇女の後を追って行きたいがそれもかなはない」といふことを歌ってゐる。歴史的背景は悲劇であるが、高市皇子の十市皇女への思慕の情は真實であり純愛であったと思はれる。またこの歌では、黄泉の國は陰惨な世界といふイメージになってゐない。光明化されてゐる。

 

まだ見たこともなく、行ったこともない世界を憧れるのは人間の自然な心である。日本人は古くから、この世とは別の世界即ち「他界」への憧れ・ロマンを強く持ってゐた。日本人の他界へのロマン精神は、神話の世界からのものであり、日本人の生活と信仰の根本にあるものである。

 

とくに天上の世界、海の彼方への憧れは、昔から日本人が抱き続けたロマン精神であった。邇邇藝命は天上の世界から地上に天降られた。日本民族の主神であり皇室の祖先神である天照大神は、伊耶那岐命が海辺での禊で右目を洗はれた時に生まれられた。これは日本人が海を神聖なる世界として憧れてゐたことを証しする。

|

« 千駄木庵日乗五月十四日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月十五日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/66720891

この記事へのトラックバック一覧です: 天上の世界、海の彼方への憧れは日本人が太古から抱き続けたロマン精神:

« 千駄木庵日乗五月十四日 | トップページ | 千駄木庵日乗五月十五日 »