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2018年5月21日 (月)

日本の伝統には女性蔑視の思想はない

古代日本には、各氏族や各家に「家刀自」(一族の女性の戸主)がゐた。「家刀自」は先祖への祭祀の祭り主となった。また、稲の刈り取りの時はそれを監督し、自らも刈り取りを行った。稲作は日本人の生活の基本であり、稲作とそれに関はる祭祀は各氏族・各家において非常に大事な行事であった。

 

仏教や儒教がわが國に定着する以前、即ち神話時代・古墳時代には女性は、重要な役目を担った。女性が一族の家長にもなったし、女性天皇も多かった。

 

各氏族や家に於いて稲作を主導したのは女性である。そして稲の豊穣を祈る行事がわが國傳統信仰の祭祀とりわけ新嘗祭である。

 

「神話の世界」も「萬葉の世界」も、新嘗祭などの祭祀は女性によって執行されてゐる。女性は穢れがあるから祭りをしてはならないといふ考へ方は、日本の傳統に反する主張である。古代日本においては、むしろ女性が祭祀を行ってゐた。

 

女性神であらせられる天照大御神は祭祀主として高天原において新嘗祭を執行された。『日本書紀』に「天照大御神新嘗きこしめす」とある。「新嘗きこしめす」とは、新嘗祭を行ひ、神から新穀を頂戴することである。

 

『日本書紀』皇極天皇元年十一月の条には、「丁卯(十六日)に、天皇新嘗御(にひなへきこしめ)す。是の日に、皇子・大臣、各自(おのおのみづか)ら新嘗(にひなへ)す」と記されてゐる。皇極天皇は女帝であらせられる。

 

「践祚大嘗祭」を最初に執行された天皇は、女帝であらせられる持統天皇である。『日本書紀』持統天皇五年十一月戊辰日に、「大嘗す」と記されてゐる。伊勢の皇大神宮の「式年遷宮」も、天武天皇がお定めになり、持統天皇の御代の持統天皇四年(六九〇)に第一回が行はれた。

 

平成二十五年、伊勢の皇大神宮の「第六十二回式年遷宮」が行はれたが、天皇陛下のご代理として天照大神にお仕へし神事を司られる「臨時神宮祭主」は、今上天皇皇女・黒田清子様がその神聖なるお役目をお果たしになった。神宮祭主は、天皇陛下の「勅旨」を受けて決まる「神宮だけ」のお役目であると承る。

女性が祭祀とりわけ新嘗祭を行ひ得ない、行ってはならないなどといふのは、わが國の傳統とは相容れない思想であるし、第一事実に反する。これは、仏教思想や儒教道徳の女性蔑視の思想の影響と考へられる。

 

日本傳統信仰には、仏教のやうな「女人禁制」といふ風習はない。また儒教のやうな「女性蔑視」「女性差別」の思想はない。人は全て神の分霊であり神の子である。男を「日子(ひこ)」と言ひ、女を「日女(ひめ)」と言ふ。人は全て男も女も、日の神・天照大御神の子であるといふ意味である。

 

神の命が生成化育(むすび・産霊)して生まれ出た男の子・女の子のことを「生す(むす)子(息子)」・「生す(むす)女(娘)」と言ふのである。そこには全く差別はない。

 

皇位継承を論ずる人の中に、父親と母親を「種と畑」に譬へる人がゐる。また、染色体論を用いる人がゐる。これらの考へ方は、人は神の子であり、人は「ひと=日止・霊人」であるといふ根本信仰とは異なる考へ方である。

 

歴代天皇お一方お一方が、御神勅に示されてゐる通り「天照大御神の生みの御子」であらせられる。これを「歴聖一如」と申し上げる。天皇は、女帝であらせられても、現御神であらせられ、天照大御神の地上的御顕現であらせられる。男系継承といふ神武天皇以来の傳統は守られるべきとしても、この根本信仰は絶対に無視してならないと信じる。

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