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2018年5月25日 (金)

「楠公精神」について

楠公精神とは、「絶対尊皇精神」「七生報国」「一族勤皇」である。これは言うは易く行うは難い。しかし、この三つの精神を何時も心の底に保持し、出来得る限り、それに近づこうとする努力はしていかねばならない。

 

日本史上、国民から尊敬されている人物を三人挙げるとするなら、楠木正成公・吉田松陰先生・西郷南洲先生の三人である。この御三方に共通するのは、「権力を欲しなかった」「君国のために命を捧げられた」「現世的覇道的意味においては敗者であった」ということである。

 

しかし、敗者ではあっても絶対的多数の人々から尊敬されている。日本民族が尊敬する生き様を示されたからである。湊川・江戸伝馬町・城山における最期は、盡忠報国の精神の実践であった。そして、その尊い魂は永遠に日本国民の中に生き続けている。『敗者の側に正義がある』という言葉は正しい。

 

久保田収氏は、「楠正成が、わが国史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申し上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして奮戦し、建武中興の糸口をつくったこと。『七生報国』の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志を受け継ごうとする決意とを生み出したのである。天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている。強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである。」と論じている。(『建武中興』)

 

楠公の申された『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』こそ、わが国の臣民のあるべき態度である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本国の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。

 

自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なる行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従い奉るのが真の尊皇であり勤皇である。そのことは、日本武尊の御事績・楠正成公の事績を見ればあまりにも明らかである。

 

天皇は現御神であらせられ絶対的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考えや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下をあからさまに批判する事は絶対にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。楠正成公が言われた如く「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし」なのである。この絶対尊皇精神は太古以来の伝統である。

 

 

 

 

 

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