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2018年5月31日 (木)

日本國體精神と危機打開

 

わが日本は、共産支那の中華帝國主義・アメリカ覇権主義・北朝鮮の暴虐が渦巻く狭間にあって、祖国の独立と安全を守るために必死になって戦はなければならない。

 

しかし、日本がかかる危機的状況に陥ったのは、今が初めてではない。飛鳥・奈良時代も、江戸時代末期も、今日と同じやうな危機に遭遇した。そしてわが國はその危機を乗り切った。

 

飛鳥・奈良時代は、儒教や仏教をはじめとした外来文化・文明が怒涛の如く日本に流入してきた。唐新羅連合軍の侵攻の危機もあった。日本は、日本はそんな波に呑みこまれることなく自立した国家を作り上げ、日本独自の文化と政治を確立した。そして平安時代といふ長きにわたる平和の時代を招来せしめた。

 

日本の歴史の中で長期にわたって続いた平和な時代は、平安時代の三五〇年と江戸時代の二五〇年である。これほど長期にわたって平和を持続させた国家は世界史的にも日本だけである。

 

また、江戸時代末期にも、同じような危機に際会したが、明治維新を成し遂げ、日本の独立を守り、近代化を遂げた。

 

わが国の歴史は、外圧と対峙し、それを克服し、国家民族の独立と栄光を維持し発展させてきた歴史である。

 

その最大の要因は、天皇・皇室を祭祀主と仰いで國の統一と安定を確保するといふ強靭なる日本國體精神である。日本民族が外圧を除去し、外来文化・文明を自由に柔軟に受け容れ、自己のものとしさらに発展させた基盤の中核は、天皇・皇室のご存在である。

 

ナショナリズムとは、外國からの圧力・干渉を排して國家の独立を維持する思想および運動と定義される。運命共同體意識と言ひ換へても良いと思ふ。これは、國家民族の危機の時に澎湃として沸き起こってくるものであり、ごく自然な感情である。危険視したり不潔であるとすることはできない。わが國の歴史を回顧すれば明らかなことであるが、國民の強烈なナショナリズムの沸騰が、民族の独立を守り國家の存立を維持した。

 

言ふまでもないが、ナショナリズムは日本にだけ存在するものではない。世界各國に共通して勃興し存在する。その國・民族・共同體が危機に瀕した時に興起する國家防衛・独立確保の主張と行動である。

ナショナリズムは、歴史意識・傳統信仰と深く結びついてゐる。といふよりも不離一體である。自己の意識の中に民族の歴史を蘇らせることによって、ナショナリズムが形成される。國家的危機に際會した時、それを撥ね退けんとしてその國民がその國の歴史意識・傳統精神を根底に置いて運命共同體意識を結集し、勃興する精神と行動がナショナリズムである。民族の歴史を國民一人一人の精神の中で甦らせ、自己の倫理観・道義観の基本に置くことによって民族の主體性が形成される。

 

わが國が、西欧列強の侵略・植民地支配を受けることなく独立国家として近代化を遂げ発展し得たのは、「尊皇攘夷」を基本思想とした明治維新といふまさに「有史以来未曾有の大変革」を行ったからである。そしてそれが成功した根本的原因は、わが國は肇國以来、天皇を神聖君主と仰ぐ國體観・國家観が確立されていたからである。

 

冒頭に述べたとおり、今日わが國は外圧の危機が顕著になってゐる。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識を回復する以外に無い。今こそ、日本民族の國體精神・歴史意識・傳統精神を我々一人一人の精神の中で甦らせ、國民一人一人の倫理観・道義感の基本に置き、日本民族精神・日本的ナショナリズムが勃興すべき時である。

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千駄木庵日乗五月三十一日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、明日のインタビューの準備・原稿執筆・資料整理など。

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2018年5月30日 (水)

この頃詠みし歌。

 

観音堂に拝礼をするわが父の姿は今も眼裏(まなうら)にあり

 

信仰心深き父母に恵まれて今の我あり有難きかな

 

鯉幟揚がることなき下町をさみしみにつつ窓を閉じたり

 

結婚を間近にしたる若者が生き生きと語ることのすがしさ

 

窓を開き五月の風をわが部屋に招き入れればすがしかりけり

 

静かなる靖国神社の広庭に初夏の光は明るく照らす

 

礼儀正しく我に対する青年と今日も楽しく物語りする

 

故郷は遠くにあらず七十一年暮らしてきたる千駄木の街

 

谷中根津千駄木の街の親しさよ毎日毎晩あちこちを歩く

 

五月の雨降りゐる街を急ぎ行く今日も忙しなきわが生活(たつき)かも

 

遠き世につくられし白磁今もなほ新しき光を放ちゐるなり(『宋磁』展)

 

置かれゐる白磁を長く見つめゐてわが魂は鎮まりてゆく()

 

遠く住む友よりの電話わが文を誉めてくれたることの嬉しさ

 

政治家の演説聴きつつ真実のこもりし言葉を探すひと時

 

スポーツマンシップといふ言葉何処かに吹き飛びし如し日本大學

 

監督コーチと若き選手の言の葉を聞き比べては溜息をつく

 

苦しき選択迫られし選手は訥々とまことの言葉を語りゐるなり

 

都の中の静かなる森に鎮まれる乃木のみ社を拝ろがみまつる

 

夕暮の乃木のみ社に参り来て心静かになりにけるかも

 

永年の同志が祭主をつとめゐる今日のみ祭りにつつしみて座す(楠公祭)

 

皆共に声を合せはて歌ひける『櫻井の訣別』の魂(たま)を打つ歌詞()

 

混迷の世であればこそみ祭りに集ひし今日はすがしかりけり()

 

花々の咲き盛りゐる菩提寺に参り来たれる初夏の午後かな

 

父母と妹が眠る墓磨くやすらかに眠りたまへと祈る心に

 

安らかに眠りたまへと祈りつつ墓石を磨く時すがすがし

 

初夏の日の菩提寺の庭に咲きにけるアジサイの花の青美しき

 

今日もまた友らの前でわが存念語りたりければ心やすらけし

 

校舎を照らす赤い夕陽を思ひ出す丘の上にありしわが母校かな

 

「赤い夕陽が校舎を染めて」舟木一夫の歌の懐かし

 

すでにして廃校となりしわが母校砂塵舞ひゐし丘の上の校舎

 

出て来ない固有名詞が多くなるこれを老化と言ふべかりけり

 

人の名前とっさに出て来ぬこと多くなりたることを悲しむべきや

 

 

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千駄木庵日乗五月三十日

午前は、諸事。

午後一時半より、内幸町の日本プレスセンターにて、『新聞通信調査会講演会』開催。水本達也時事通信外信部編集委員が「米朝会談の行方」と題して講演。質疑応答。

お茶の水の茶房にて読書。

午後五時より、水道橋にて、永年同志三氏と懇談・意見交換。酒量がそれぞれ違うため流れ解散。長崎県五島及び福島県會津出身の同志が元気なので嬉しかった。

帰宅後は、原稿執筆。

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2018年5月29日 (火)

矢坂明夫産経新聞外信部次長による「中国習近平『皇帝』の野望にどう対応するか―台湾問題を含めて」と題する講演内容

二月十日に開催された『アジア問題懇話会』における矢坂明夫産経新聞外信部次長による「中国習近平『皇帝』の野望にどう対応するか台湾問題を含めて」と題する講演内容は次の通り。

 

「私は一九七二年天津生まれの残留孤児二世。父は昭和二十年に二歳であった。私が生まれる一週間前に田中訪中。日中関係正常化。文革の真っ最中に父は日本のスパイとされ強制労働。銭湯で垢すりを担当。収入は三分の一になった。父親は日中国交正常化で『日本の友人』ということになり名誉回復。家では田中角栄の悪口を言えない雰囲気があった。十五歳で帰国するまで共産党教育を受けた。

 

政治家が評価されている国家が安定している。日本の政治家は一流。私は一九九七年に慶応大学卒業。松下政経塾で学んだ。選挙の手伝いをした。しかし政治家になろうという人が勉強していない。街頭演説で新聞の見出しを読みあげる。支離滅裂。こんな人が政治家になって良いのかと思った。国会での質問も新聞を見てやっている。世の中を変えるのは新聞記者だと思った。中国社会科学院に留学。2002年産経新聞入社、2007年から十年間中国総局(北京)特派員。

 

中国メディアのニュースは政治家のため指導者のためにある。習近平が大きく見えるように写真を撮る。メディアは権力闘争に絡めて操作される。

 

二〇〇八年に胡錦濤が訪日した時同行した。唐招提寺に行った。その二日後に四川大地震が起きた。被災地に行った。十一万人が亡くなった。

 

当面一番大事な問題は、李克強と習近平の確執。習近平は共産党権力に集中させたい。李克強は規制を緩和させ内需を拡大して民間の力を活用したい。習近平にはコンプレックスがある。李克強は経済担当。経済事情が分かっている。習近平は自分の任期中に経済的にアメリカを超えたい。そのためには成長率が八%以下では駄目。

 

二十五人の政治局会議で大事なことを決める。常務委員は七人。バラバラ。何も決められない。政治局二十五人プラス長老が決める。今年の党大会の前に激しい権力闘争があった。孫政才が失脚するとは誰も思っていなかった。孫政才は無派閥だった。軍内の胡錦濤は粛清され四人失脚。

 

台湾を国際組織から排除することを画策。台湾と国交関係のある国を奪う。メディアと孔子学院を利用して宣伝戦をしている。北朝鮮と中国は核問題でそれほど対立していない。中国と北朝鮮はヤクザ的親子関係。中国が北を攻めることはない。

 

習近平がこの五年間にやったことは粛清と反日。尖閣に海上民兵が上陸するか否か。人権の尊重・民主主義の価値観を発信すべし。李克強訪日前に拘束されてゐる八人の日本人の無事帰国を最優先課題にすべし。

 

習近平はこの五年間権力固めしかしていない。しかも権力が固められない。李克強も失脚させられない。個人崇拝をやらせるのも自信の無さの表れ。今度の大会で後継者を作らなかった。安定した後継者がいることによって國が安定し経済発展がある。これから激しい権力闘争がある。粛清すればするほど敵が増える。肉親しか信じられない。王岐山は何もなければ三月に国家副主席になる。党の役職がなくとも政府に役職につける。習近平のそうなりたい。党の会議に参加できない人が国家権力を握ると一党独裁にならない。

 

朝鮮戦争で中国の『台湾解放』は出来なくなった。今の台湾の政治家が朝鮮情勢に興味がないのは残念。日本の保守派は他力本願で、アメリカが北朝鮮に武力行使をしてくれると思っているがそれはない。

 

中国の台湾への武力行使が失敗すると共産党政権が駄目になる。台湾の中の親中派に内乱を起させ、中共軍を派遣して占領する。『中華民族の復興』とは漢の武帝、清の康熙帝の時代に戻すこと。朝貢体系を作った時代の秩序に戻すことが理想。中共は沖縄独立をかなり本気で支援していた。沖縄を独立させて衛星国にしたい。沖縄の人は独立を主張しても本気ではない。

 

中国で日本人がスパイとして逮捕されても国会も政府も野党も取り上げない。産経だけが取り上げる。八人のうちの二人は李克強来日の時に釈放するという噂あり。カナダ人やアメリカ人も拘束されている。拘束された人にNGO関係者が多い。日本叩きの延長」。

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千駄木庵日乗五月二十九日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理、原稿執筆など。

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神道の基本行事=祭りについて

 

神道の基本行事は、神を祭ること即ち祭祀である。「祭り」とは神に奉仕(仕え奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従い奉ることである。つまり神と自己との一體を確認し、神の御心のままに勤めることをお誓いする行事である。

 

人は、はじめから神に生かされ、神と離れた存在ではなく神と一體の存在であった。しかし、様々の罪穢が神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまった。禊によって罪穢を祓い清め、祭りと直會(神と共に供え物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』に示されている「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

今日、混迷の度を深めている我が國も、「天地の初発の時」即ち神がお生みになった日本國の最初の時の姿を回復することによって、この危機的状況を打開することができるというのが、我が國の伝統的な信仰である。

 

維新とは、実に罪穢を祓い清め國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿を回復することである。したがって、今日行うべきことは罪穢を祓い清めることである。

 

國家の本来の清浄な姿・神のお生みになったままの麗しい姿とは、遥か彼方にある天國とか極楽浄土ではない。今此処に、日本人の本来の生活と信仰とを戻すことである。

 

実際、日本民族は、全國各地で毎日のように禊と祭りを行っている。それは信仰共同體日本の本来の姿を回復する祈りが込められている行事である。

 

「祭り」とは、神人合一の行事であり、罪穢れを祓ひ清め元初の姿へ回帰する行事である。天地宇宙の更新再生が、祭りである。元初に回帰しつつ常に新たに生まれるといふ理念・原理=復古即革新が、日本文化の精粋である。それが現実の姿として顕現してゐるのが伊勢の神宮なのである。

 

五月は夏祭りの季節である。私宅近くの湯島天神のお祭りが行われる。浅草では三社祭りが行われる。東京下町には、神社を中心とした地域共同体がのこっている。一時は、お祭りの時に神輿の担ぎ手がいなくて困ったという話も聞いたが、最近は全くそういう事はない。方々に神輿の會が作られていますし、町内にも神輿を担ぐ人も多くなっている。

 

神社は、その地域をお守りくださる神様を祭っている。氏神さまとか鎮守の神さまとして崇敬される。神社神道には難しい教義や独善的な教条はなく、天神地祇をお祀りする道が神道なのである。それは太古より続いてきた日本人の道である。それを敬神崇祖と言う。一年中日本の何処かの神社で祭礼が行われている。まさに日本は神の国なのである。

 

我が國民は「祭り」が好きであるということは、日本人が本来明るい精神を持っているということである。厭世的でもなければ逃避的でもないというのが我が國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓い清めることができると信じ続けてきているのである。今日のこの混迷も必ずこれを打開して正しき日本の姿を回復するに違いない。

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千駄木庵日乗五月二十八日

午前は、諸事。

午後は、在宅して、資料の整理。

夕刻、谷中にて、知人と懇談。

帰宅後も、資料の整理、原稿執筆。

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2018年5月28日 (月)

憲法改正は『現行占領憲法』の正統性を認めることになる

「天皇の国家統治の大権」そして「日本国政府の國家統治の権限」が、連合國最高司令官の隷属の下に置かれていた異常状態下における「憲法改正」は、『大日本帝国憲法』及び国際法違反であった。従って、日本が独立を回復した時点で「『大日本帝国憲法』の改正」即ち「『占領憲法』押しつけ」の無効を宣言し、確認すべきであった。当時の政府及ぶーび国会が無効の確認及び宣言を行わなかったのは大きな過ちであった。

 

「無効」と「破棄」とは断然異なる。破棄論は「上諭」「御名御璽」を破棄することとなる。「『現行占領憲法』には正統性は決してない。改正手続きを踏んだ上で『大日本帝国憲法』に復するというのは『現行占領憲法』の正統性を認めることとなる。無効を確認し宣言し、『大日本帝国憲法』に回帰することが正道である。

 

明治維新によって『禁中並びに公家諸法度』という國體隠蔽の「不敬法度」が無効となったごとく、今日においても国家の根本的変革が行われ『大日本帝国憲法』復元が実現されるべきである。

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千駄木庵日乗五月二十七日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。本日行う講演の準備など。

午後六時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学ぶ会』開催。林大悟氏が司会。渡邊昇氏が主催者挨拶。小生が「占領憲法守って國滅ぶ」と題して講演。質疑応答。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2018年5月27日 (日)

『現行占領憲法』無効確認、『大日本帝国憲法』復元が法理論的に全く正しい

今日、憲法改正論議が起きているが前途遼遠である。「現行憲法無効・大日本帝国憲法復元は不可能である」という意見がある。では『現行憲法』改正が可能なのであろうか。昭和二十一年十一月三日に公布され、昭和二十二年五月三日に施行されてから現在まで一言半句改正されていない。「百年河清を俟つ」という言葉があるが、『現行占領憲法は、七十一年河清を俟っても改正されない。

 

本来正統性のない『現行占領憲法』を改正するということは、『現行占領憲法』の正統性を認める事になる。つまり、憲法改正は、本来正統性が無く無効であるところの『現行憲法』が有効であることを承認することになり、日本の歴史伝統の継承、國體精神の継承について、大きな禍根を将来に残してしまう。『現行憲法』は絶対にしてはならないことだ。

 

『現行占領憲法』が戦勝国の押しつけられた敗戦直後は、天皇の統治大権は連合國最高司令官の隷属下にあった。昭和二十年八月十日『ポツダム宣言』を受諾するにあたってわが國政府がアメリカに対し「ポツダム宣言の条項は受諾するも、天皇の國家統治の大権を変更するの要求を包含しおらざることの了解の下に受諾す」との最後の申し入れを行ったのに対し、アメリカのバーンズ國務長官は「天皇および日本國政府の國家統治の権限は、降伏条項實施のため、必要と認むる措置をとる連合國最高司令官の制限の下に置かれるものとする」と回答してきた。

 

英語の原文は、「The authority of the Emperor and the Japanese Government to rule the state shall be subject to the Supreme Commander for the Allied Powers who will take such steps as he deems proper to effectuate these terms of surrender.」である。

 

「制限の下に置かれる」といふのはあくまでも日本外務省の訳語であって、英語の原文は「subject to」であり、正しい訳語は「従属の下に置かれる」あるいは「隷属の下に置かれる」である。

 

三潴信吾氏は、「(バーンズ回答は)戰時國際法に基く彼等の權利を示したものである。この『従屬』の意義を明確にすべきであって、これ、政府が國民の憎悪感を和げんとして『制限』と譯し、『日本國憲法』は單に一部機能を制限された日本の主権の下に、少なくも日米合作で制定したものの如く擬装したことは言語道断である」(『日本憲法要論』)と論じている。

 

また、同年九月六日付の米國政府の『マッカーサー元帥あての指令』に「一、天皇および日本國政府の國家統治の権限は、連合國最高司令官としての貴官に従属する。…われわれと日本との関係は契約的基礎の上に立つものではなく、無条件降伏を基礎とするものである。…二、日本國の管理は、日本國政府を通じて行われる。ただし、これは、そのやうな措置が満足すべき成果をおさめうる限度内においてとする。このことは、必要があれば直接に行動する機関の権利を妨げるものではない。」(桶谷秀昭氏著『昭和精神史』より引用)と書かれてゐる。

 

『大日本帝国憲法』第七十五条には、『憲法及皇室典範ハ摂政ヲ置クノ間之ヲ変更スルコトヲ得ス』とある。「摂政」が置かれるどころか、天皇陛下の統治の大権が外国の軍人・マッカーサーの隷属下に置かれていた状況下において行われた『憲法改正』は、違法であり、無効である。つまり、『現行占領憲法』は法的に全く正統性が無いのである。ゆえに、その無効が確認され、『大日本帝国憲法』が復元するというのが法理論的に全く正しいと考える。

 

衆参両院に於いて、『現行占領憲法』が無効である事実を確認し、速やかに『大日本帝国憲法』を回復・復元するべきである。それこそが「現行憲法改正」とは比較にならない正道であると信ずる。

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千駄木庵日乗五月二十六日

午前は、諸事。

午後は、明日行われる『日本の心を学ぶ会』における講演の準備。

夕刻、根津にて、若き友人ご夫妻と懇談、意見交換。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事など。

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2018年5月26日 (土)

深谷隆司氏の主張

深谷隆司氏の主張をご紹介いたします。

 

            〇

 

761回「伝聞で馬鹿騒ぎ、危機感ゼロの国会」

 

 深谷隆司の言いたい放題第761

 

 「伝聞で馬鹿騒ぎ、危機感ゼロの国会」

 

 近頃の国会の様子を見ると、政治そっちのけで、ひたすら安倍総理追及だけで終始しているように思える。

 

 米朝会談さえどうなるかわからない緊迫した状況の中、政治家に危機感が感じられない。

 

 北朝鮮の金委員長の微笑み外交は一瞬にして変わる。一つ間違えば、存亡をかけた最大の被害を蒙るのは日本である。

 

 そもそも北朝鮮は核実験はやめると言っているが廃絶とは言っていない。

 

 大陸間弾道弾ICBMはやめるがノドン、スカッドをやめるとも言っていない。ICBMの飛距離は5,500kmでアメリカ本土に届く。ノドンは1,500km、スカッドは1,000kmで日本に届く。しかも、ノドン300基、スカッドは800基もあって、いずれも日本に向けてセットされているのだ。

 

 一触即発の危機について国会でどれだけ議論されたのか。日米同盟が唯一の防衛という現状について真剣な議論がされたのか。驚くほどの国会の怠慢ではないか。

 

 愛媛県の新たな文書で、野党の攻勢は一層強まっている。公文書ではない、一職員のただのメモで鬼の首でも取ったような大騒ぎ、あきれるばかりである。

 

 しかも、加計学園が今治市に話した事を県が聞いてメモしたもので、伝聞の又伝聞なのである。まるで伝聞ゲームではないか。

 

 安倍首相が、その平成27225日に加計孝太郎理事長と会って、「そういう新しい獣医大の考えはいいね」と言ったというのだが、安倍首相は理事長に会ってもいないと否定している。

 

 首相官邸の入邸記録は廃棄されて無いが、報道各社の官邸への来客を記録する「首相動静」欄を見ると、25日分に加計氏の名前は無い。ホテルなどでの密会という野党議員がいるが、獣医学部新設がなんら問題になっていなかった頃の事で、ことさら会うことを隠す必要はない時期なのだ。

 

 しかも、それから4ヵ月後の27630日に、安倍内閣は獣医学部新設に関わる厳しい4条件を閣議決定している。「獣医大いいね」の言葉と全く矛盾している話である。当時国家戦略特区担当だった石破茂地方創生担当相の影響で、その名前をとって「石破4条件」と呼ばれている。「誰がどのような形でも現実に参入は困難という文言にした」と獣医師会の会議録に、石破大臣が述べたとも書かれている(石破氏は否定)。これも伝聞なのである。

 

 どうやら加計学園も獣医師会も自分の都合いい内容を記録し、それが次々と伝わっていったということであるらしい。

 

 最近は中村時広という変な知事まで参戦し、職員を信じますと、前知事時代の職員のメモを次々と公表している。県自民党と不仲だとのことだが、ただの「出たがり屋」としか思えない。加戸守行前知事は獣医学部新設のため全力を尽くし、実に国内で52年ぶりに新設を実現させた愛媛県の功労者だが、後継知事なら感謝と敬意の念をもつべきではないか。

 

 一体、首相発言と伝聞とどちらを信じるのかということだが、一国の首相をことさら信じようとしない風潮は残念である。

 

 追求で息巻く野党は、これで審議日程を引き伸ばせると張り切っている。愚かな事だ。

 

 内外共に多くの問題を抱え、特に国家存亡の危機とも思える国際環境の中、いつまで不毛の議論を続けるつもりなのか、もういい加減にしろ!というのが多くの国民の本音ではないだろうか。

 

 

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2018年5月25日 (金)

「楠公精神」について

楠公精神とは、「絶対尊皇精神」「七生報国」「一族勤皇」である。これは言うは易く行うは難い。しかし、この三つの精神を何時も心の底に保持し、出来得る限り、それに近づこうとする努力はしていかねばならない。

 

日本史上、国民から尊敬されている人物を三人挙げるとするなら、楠木正成公・吉田松陰先生・西郷南洲先生の三人である。この御三方に共通するのは、「権力を欲しなかった」「君国のために命を捧げられた」「現世的覇道的意味においては敗者であった」ということである。

 

しかし、敗者ではあっても絶対的多数の人々から尊敬されている。日本民族が尊敬する生き様を示されたからである。湊川・江戸伝馬町・城山における最期は、盡忠報国の精神の実践であった。そして、その尊い魂は永遠に日本国民の中に生き続けている。『敗者の側に正義がある』という言葉は正しい。

 

久保田収氏は、「楠正成が、わが国史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申し上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして奮戦し、建武中興の糸口をつくったこと。『七生報国』の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志を受け継ごうとする決意とを生み出したのである。天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている。強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである。」と論じている。(『建武中興』)

 

楠公の申された『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』こそ、わが国の臣民のあるべき態度である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本国の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。

 

自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なる行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従い奉るのが真の尊皇であり勤皇である。そのことは、日本武尊の御事績・楠正成公の事績を見ればあまりにも明らかである。

 

天皇は現御神であらせられ絶対的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考えや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下をあからさまに批判する事は絶対にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。楠正成公が言われた如く「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし」なのである。この絶対尊皇精神は太古以来の伝統である。

 

 

 

 

 

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千駄木庵日乗五月二十五日

午前は、諸事。

午後は、原稿執筆の準備など。

午後六時半より、赤坂の乃木神社にて、『平成三十年 楠公祭』執行。横山孝平氏が司会。国歌斉唱・祭詞奏上・祈願詞奏上・「櫻井の訣別」斉唱・玉串奉奠・「海ゆかば」斉唱が行われた。そして、犬塚博英氏が祭主挨拶を行った。

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祭主挨拶を行う犬塚博英氏

帰宅後は、原稿執筆など。

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國民主権論は日本國體と相容れない

 

『現行占領憲法』の三原理の一つであり第一条にも明記されてゐる「國民主権主義」は、「君主主権主義」に対する「抗議概念」である。そして、「政治的主権の保持者は國民であって君主ではないことを主張する」とされてゐる。これは、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。

 

『現行占領憲法』は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものと考へる西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となっている。

 

日本國は信仰共同體・祭祀共同體であり、天皇はその祭祀主である。従って、天皇は國民と対立し、國民を力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係ではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。信仰的・精神的一體関係にある。これを「君民一體の國體」と言ふ。これが日本肇國以来の國體であり歴史である。

 

従って「國家の意思を最終的に決定する権力」という意味での「主権」なる概念と言葉は「天皇中心の信仰共同體國家日本」とは全く相容れない。

 

天皇の祭祀主と仰ぐ祭祀國家・信仰共同体として悠久の時間的連続・歴史と傳統を有してきたことが日本國の特質であり尊厳性である。これを「萬邦無比の日本國體」と言う。

 

故に、「國家の意思を最終的に決定する権力」即ち「主権」が「君主にあるのか、國民にあるのか」などということを「成文憲法」に規定することは、わが國の國體・歴史傳統と相容れない。西洋法思想・國家思想である「國民主權論」を日本國の憲法に規定することは國體を隠蔽し國體破壊につながる。

 

三島由紀夫氏は、「(現行憲法の第一条と二条の矛盾は仼)第一条に於て、天皇といふ、超個人的・傳統的・歴史的存在の、時間的連続性(永遠)の保證者たる機能を、『國民主權』といふ、個人的・非傳統的・非歴史的・空間的概念を以て裁いたといふ無理から生じたものである。これは、『一君万民』といふごとき古い傳承觀念を破壊して、むりやりに、西欧的民主主義理念と天皇制を接着させ、移入の、はるか後世の制度によって、昔からの制度を正當化しようとした、方法論的誤謬から生まれたものである。それは、…キリスト教に基づいた西洋の自然法理念を以て、日本の傳来の自然法を裁いたものであり、……われわれは、日本的自然法を以て日本の憲法を創造する權利を有する」(『問題提起(日本國憲法)』)と論じておられる。

 

 小生は、現行憲法の最大の欠陥は憲法三原理にあると考える。憲法三原理が、國體破壊もしくは隠蔽の元凶になっており、「護憲」の名のもとに数々の國體破壊もしくは隠蔽が行われている。戦後日本そして今日の日本の混迷の原因は、この三原理にあるといっても過言ではない。

 

 特に、わが國の國家傳統の破壊、共和制革命への突破口となる危険がある「國民主權論」が、一般國民の常識となって浸透していることは実に以て國家存立の基礎を揺るがす凶事である。西洋思想に基づく「國民主權論」を憲法の原理としたままでは、真の憲法改正・自主憲法制定にならない。

 

 「現行占領憲法」は、西洋法思想に基づき、前文で「主權が國民にあることを宣言し」、第一条で「(天皇の・注)地位は、主權の存する日本國民の総意に基づく」と規定している。これを根拠にして日本は君主國家ではないとする意見が出て来る。こういう議論が起こるところに「現行憲法」の重大欠陥がある。

 

 今日一般的になっている「國民主權」の定義は次のようなものである。「憲法上最も重要な意味は、國家の意思を最終的に決定する權力ことである」「日本國憲法も、明治憲法における天皇主權を廃止して、この普遍の原理を採用した」(伊藤正己著『注釈憲法』)。「日本國の國家意思を最終的に決定する權限を持つ者は日本國を構成している日本國民でなければならないという基本原則を意味する」(『現代憲法學の論点』)。

 

 つまり、「主權とは國政を決定する權利であり、主權が國民にあるか君主にあるかによって、國民主權、または君主主權と呼ばれる」というのが今日の憲法學の定説になっている。

 

 西洋法思想とりわけローマ法においては、權力支配組織たる國家には「主權、人民、國土」の三要素があり、「主權」の憲法上最も重要な意味は、最高絶対排他的な支配權力・國家の意思を最終的に決定する權力とされる。かかる「主權」論から、「主權は國民にある」とか「君主にある」とかという対立的な考え方が発生するのである。

 

 長谷川三千子氏は、十八世紀にできた近代成文憲法における國民主權というのは宗教戦争が繰り広げられたヨーロッパで生まれた闘争的概念であるとされ、次のように論じておられる。

 

 「フランス革命を起こした人間たちは、自分たちの革命をどう正當化したのかーそのときに採用されたのが、國民主權という考え方なんですね。……自分たち國民が國の中枢に座って、自分たちが考えたことは何でも通る、そういう力を我々は持っているんだ、ということを宣言してしまった。これがフランス革命を通じて出来上がってきた國民主權という考え方なんです。…血なまぐさい、國民と國王とが首をはね合うような戦争の歴史の記憶が、憲法の上に投影されてしまいますと、國民主權という言葉は、ものすごく闘争的な概念となってしまう。……日本國憲法第一条にある『主權の存する國民』という言葉を、近代成文憲法の傳統に従った読み方で読みますと、國民主權なんだからどうしてこの國民は、すぐに天皇の首をちょん切らないんだ、という話になってしまうんです。つまり、本當に我が國の、國の體(てい)に基づいて憲法を考えるとしたら、この主權という言葉から徹底的に洗い直していかなければいけない」(『主權をどう考えるか』)。

 

 西洋の國々の君主は、人民を征服し武力と權力によってこれを支配服従せしめていた存在であった。そして君主と人民は相対立存在であった。だから、主權が君主にあるとか人民にあるとかという君主と人民の対立概念が出て来たのである。 

 

 わが國は三千年前に建國された天皇を中心とする信仰共同體國家・祭祀國家である。欧米のような契約國家でもなければ權力國家でもない。ゆえに、君主と國民が対立関係にある國家ではない。

 

つまり、「現行憲法」は、君主と人民とは相対立する存在であり、國家とは國民同士が契約して成立するものであると考える西洋的法思想・國家觀・君主觀・權力論が基礎となっているのである。

 

 天皇の國家統治を、西洋の絶対君主の暴力的支配と同一視し、國家は個人に対する暴力的抑圧装置であるとし、天皇及び國家は「人民」と相対立する存在であるという考え方に立って制定されたのが現行憲法である。そして、「民主化」「個人の幸福」のためには、天皇の「地位」を低め「權能」を弱めることが必要であるという意識のもとに、欧米の政治思想であり、対立闘争の概念である「國民主權論」が採用されているのである。

 

 天皇中心の信仰共同體國家・祭祀國家たる日本には全くなじまない「主權」が「君主にあるのか、國民にあるのか」という対立概念に基づく「國民主權」を、成文憲法に書くことは、わが國の國柄とは相容れない。西洋概念で日本國體を規定することはあってはならない。西洋法思想・國家論である「國民主權」なる「概念」を、わざわざ成文法として日本國の憲法に規定することは國體破壊につながる。 

 

 神話時代からの悠久の歴史を有する日本の天皇中心の國柄を、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした西洋の憲法概念に基づいて成文憲法に規定することは重大な誤りである。「主權」が、「天皇」にあるか「國民」にあるかを、論議すること自體、日本の傳統的な考え方・國體觀とはなじまない。この一点を以てしても、現行占領憲法はまさしく日本の傳統を破壊する憲法である。 

 

 わが國は、信仰的・祭祀的統一によって形成された國家である。そしてその祭祀主が天皇であらせられるのである。祭祀國家として約三千年の時間的連続・歴史を有してきたことが最も大切な日本國の本質であり、日本國體の尊厳性なのである。日本國は、國家の意思を最終的に決定する權力としての主權を持つ國民の意思によって形成された國家、すなわち契約國家・集合國家・權力國家・統治システムとしての國家ではない。 

 

 日本國家の生成は記紀神話に傳えられている。記紀によると、國家成立の三要素たる國土・君主・國民は、伊耶那岐命・伊耶那美命二神から生まれ出た存在であり、命の源を一つにする「はらから」である。天皇と國民の関係は、支配・被支配の関係ではないのである。祭祀主たる天皇は、國民を支配し隷従させたのではなく、信仰的權威(これを御稜威という)によって統率し統一したのである。

 

 「現行占領憲法」は、万邦無比の日本國體を隠蔽しているどころか、國體破壊の元凶なのである。一日も早くこのような亡國憲法は無効としなければならない。

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千駄木庵日乗五月二十四日

午前は、諸事。

午後は、北区にある菩提寺に参詣、四宮家の墓所を掃苔・拝礼、ご冥福とご加護を祈る。住職夫人にご挨拶。

帰宅後は、原稿執筆の準備、原稿執筆など。

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第八十四回日本の心を学ぶ会 

第八十四回日本の心を学ぶ会 

 

「日本国憲法」という名の「占領憲法」を考える

平成30年5月3日で「現行占領憲法」施行から七十一年がたちました。

各地で憲法についての集会が開かれ改憲派、護憲派それぞれの思いが語られました。

 

安倍首相は改憲派の集会に送ったメッセージの中で、昨年発表した憲法に自衛隊を明記する改憲案について触れ「この発言をひとつの契機としてこの一年で憲法改正の議論は大いに活性化し具体化した」と述べました。

安倍首相の発言のとおり憲法についての議論は改憲派護憲派ともに9条が最大の争点でした。

 

しかしながら、我々が改めて注目しなければならないことはこの「日本国憲法」と称する「占領憲法」の「制定過程」です。

 

「現行占領憲法」は占領軍の銃剣のもと「天皇を戦犯として裁く」という許し難い脅迫の中で強制されたものです。

 

占領下の日本はGHQによる公職追放と言論統制が苛烈を極めており、マッカーサーは当時の日本を「巨大な収容所」であると述べております。占領下という国民の自由意思が制限された状態での憲法制定は、形式的に「大日本帝国憲法」の改正手続きを取っていようとも、国際法に違反した暴挙であります。

「現行占領憲法」がこのような異状な「制定過程」を持っていることを我々は忘れてはなりません。まさに「日本国憲法」なるものの正体は「占領憲法」と呼ぶことがふさわしいものであります。

 

安倍首相は平成三一年を「憲法改正」の目標としております。そして改憲手続きの最終局面が国民投票での勝利です。今後は改憲派護憲派ともに国民投票での勝利を目指した運動と宣伝が盛んになっていくと思われます。

 

そこで今回の勉強会では改めて「日本国憲法」という名の「占領憲法」について考えてみたいと思います。

 

(今回の勉強会は文京区民センターで開会いたします。文京シビックセンターではありませんご注意ください)

 

【日時】平成三十年五月二十七日 午後六時から

 

【場 所】文京区民センター 2-B会議室

http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kumin/shukai/kumincenter.html

 

【住所】東京都文京区本郷4-15-14

 

【アクセス】都営三田線・大江戸線「春日駅A2出口」徒歩2分、東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩5分◎東京メトロ南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、JR水道橋駅東口徒歩15分◎都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩2

 

【講演題目】「占領憲法守って国滅ぶ」

 

【講師】 四宮正貴四宮政治文化研究所代表

 

【司会者】林大悟

 

【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(2千円くらいの予定です)

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

 

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この告知文は主催者が作成しました。

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2018年5月24日 (木)

天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の「法」である

 

「國王と雖も法の下にあるといふのが『法の支配』の原点である」といふ考へ方がある。これは、イギリスの法思想であると言ふ。

 

わが國は権力國家ではなく祭祀國家であり、天皇は権力者ではなく祭り主である。わが國の國體は祭政一致である。天皇は「法の上にをられる」とか「下にをられる」とかではなく、天皇の「おほみことのり」そのものが「法」(のり)なのである。

 

日本天皇が、神を祭る時にうかがった神の意志を民に告げることを『ノル(告る・宣る)』と申し上げる。これがわが國の「法」(ノリ)の起源である。現御神日本天皇の「大御心」「勅」(みことのり)が絶対にして最高の「法」である。

 

わが國の「法の起源」は、祭り主たる天皇が神の意志を民に傳へる『のりごと』である。「法(のり)」は「宣(のり)」である。「法(のり)」は「宣」「憲」「則」「矩」「規」「法」である。わが國における「法(のり)」の原義は、「天皇が宣せられた御命令」である。天皇は、権力や成文法を超越された神聖なるご存在である。今上陛下の一昨年八月二十二日の「玉音」はまさに「詔」である。

 

「詔書」は、やまと言葉で「みことのり」と申し上げる。「のり」の「のる」の名詞形であり、「天皇の御命令」をおごそかに宣言されるといふ意である。『承詔必謹』が日本国民の道義精神の根幹である。「天皇の大御心・みことのりを謹んで承る」が、天皇国日本の臣下国民のあるべき姿であり、道義精神の基本である。

 

「まつり」とは、自己を無にして神に仕へるといふ意である。臣下・國民は、現御神であり祭祀主であらせられる上御一人の「みことのり」を承った時には、自己を無にして必ず謹んで承らなければならない。

 

天皇國日本の存立および日本國民の倫理精神の基本は、天皇の「御稜威」と國民の「尊皇精神」である。神聖君主・日本天皇の大御心に臣下國民が「清らけき心」「明けき心」で随順し奉ることが、日本國永遠の隆昌の基礎であり、日本國民の倫理精神の基礎である。

 

まごごろをつくし、清らかにして明るい心で、大君に仕へまつる精神が、わが國の尊皇精神である。わが國の道義精神の中核は、日本國の祭祀主であられ、最高の神聖なる御存在であられる天皇に對し奉り清らけく明らけく仕へまつる心=清明心である。

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千駄木庵日乗五月二十三日

朝は、諸事。

 

午前十一時半より、麹町の「あさ乃」にて、『呉竹会幹事評議員会』開催。望月万葉氏が司会。頭山興助会長、藤井厳喜代表幹事がスピーチ。全員で懇談。

 

この後、丸の内の出光美術館にて、『神秘のやきもの 宋磁』展参観。大手町の行きつけの茶房で読書。

 

午後六時より、隼町のグランドアーク半蔵門にて『創刊二五〇号「月刊日本」を叱咤激励する会』開催。坪内隆彦氏が司会。南丘喜八郎氏が挨拶。村上正邦・亀井静香・石破茂・玉木雄一郎・伊吹文明・二階俊博・萩生田光一・西原春夫の各氏などが祝辞を述べた。亀井氏が登壇して、石破氏を叱咤したところ、その後に登壇した石破氏が「月刊日本を叱咤する会かと思ったら私が叱咤された」と語ったのには笑わされた。また、自民党安倍政権を厳しく批判する雑誌の激励会に、自民党幹事長・安倍側近議員・安倍氏を強く支持する政治評論家(名前は失念)が出席し祝辞を述べたことにも驚いた。多くの永年の同志・友人・知人にお会いした。色々な意味で面白い会合であった。

 

帰宅後は、原稿執筆・読書など。

 

テレビで見た日大側の記者会見は、まことにお粗末というか男らしくない態度であった。これが最高学府・マンモス大学の経営者・役員なのかという憤りを感じた。もっとも日大は昔から「伏魔殿」と言われているのだから当然か。「今の若者は駄目だ」ということは昔からよく言われることであるが、この件では、昨日記者会見した若き選手の方が余程男らしかったし好感が持てた。

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2018年5月23日 (水)

政治権力者ではあらせられない天皇陛下は「権力の制限規範」たる「憲法」の規制を一切受けない。天皇陛下は憲法を超越したご存在である。

日本国は天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同体である。國民が契約を結んで人工的に作った國ではない。そして祭祀主である天皇は國民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。日本天皇の國家統治の本質は、権力・武力による国家・国民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。むしろ、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが国の建国以来の國體であり歴史である。また、天皇の「仰せごと・みことのりが」わが國における最高の「法」である。天皇が成文法の下にあるなどといふ事は絶対にあり得ない。

 

「日本国憲法」第四条には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」とある。そして「憲法は権力の制限規範」とされている。であるならば、「國政に関する権能を有しない」とされる天皇が、「成文憲法」の制約を受けることはあり得ない。「成文憲法」及び「成文法」そしてそれに基づく政治権力機関は、権力者ではあらせられない天皇を制約する権能・権限は全くない。

 

つまり、政治権力者ではあらせられない天皇陛下は「権力の制限規範」たる「憲法」の規制を一切受けない。天皇陛下は憲法を超越したご存在である。

 

「祭祀國家日本の祭祀主・天皇」に関する神聖なる事柄は、世俗の法律問題・政治権力問題ではない。即ち決して『現行占領憲法』が規定する「政治権力作用としての國政」ではない。政治権力や「成文法」によって、「祭祀國家日本の祭祀主・天皇」を規制し拘束し奉ることがあってはならない。

 

「皇位継承」「御譲位」をはじめ「天皇・皇室」に関わる一切の事柄は、憲法・政府・国会の制約や規制を受けることはあり得ないしあってはならない。また、憲法・政府・国会は、天皇・皇室とそして日本國體に関することに介入してはならない。

 

「皇位継承」とは、「天津日嗣の高御座」の繼承である。普通一般の國家の國家元首・権力者交代とは全く次元を異にする。即ち政治権力問題とは全く性格を異にする。故に「皇位継承」について「成文法」及び権力機関が干渉し制約することはできない。

 

「皇位継承について天皇のご意志を伺はなくていい」という議論は全く間違っている。日本國體・日本の傳統の根幹に関わることなのであるから、日本の傳統の継承者であらせられる天皇の御意志に添い奉るべきである。

 

ともかく、「皇位継承」「御譲位」をはじめ「天皇・皇室」に関はる一切の事柄は、憲法・政府・國會の制約や規制を受けることはあり得ないしあってはならない。また、憲法・政府・國會は、天皇・皇室そして日本國體に関することに介入し規制してはならない。

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2018年5月22日 (火)

千駄木庵日乗五月二十二日

午前は、諸事。

午後は、書状執筆。

夕刻、谷中にて、知人と懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

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高御産巣日神・神産巣日神は「天地生成の働き」を神格化し表現した神名

 

天之御中主神と一体の関係にある、高御産巣日神、神産巣日神は、「生(む)す」といふ「天地生成の働き」を神格化し神の御名で表現したのである。「ムス」は生き物が自然に生ずる意、「ビ」は靈力の意であるといふ。また、「生産」「生成」を表はす「ムス」と「神靈」もしくは「太陽」を表はす「ヒ」との合成であるといふ説もある。ともかく高御産巣日神、神産巣日神は、生命力の根源の神である。本居宣長は「凡てものを生成(な)すことの靈異(くしび)なる神靈(みたま)」としてゐる。高御産巣日神は男系の神であり、神産巣日神は女系の神であるとされる。

 

「むすび」は、生命の根源である。ゆゑに「結び」を産靈」とも書く。人間の生命は男と女がむすぶことによって発生する。「息子(むすこ)」「娘(むすめ)」の語源も「生す子」「生す女」である。男と女がむすぶ(和合する)ことによって新たに生まれた生命が「むすこ」「むすめ」である。

 

また、「むすび」は日本傳統信仰(神道)の根本原理の一つである。自然物を生み成し、結び合ふ靈性・靈力を「むすび」といふ。

 

「むすび」「むすぶ」といふ言葉は信仰的意義を離れても、「おむすび」「紐をむすぶ」といふ言葉がある通り、「離れてゐるものをからみ合はせたり、関係づけたりしてつなげる、まとまって形を成す」といふ意味で日常生活において使用される。

 

「庵をむすぶ」「巣をむすぶ」といふ言葉があるが、庵はいろいろな木材や草を寄せ集めむすぶことによって作られた。そのむすばれた庵や巣の中に人などの生きもの・靈的実在が生活する。つまり生きものの生活は「むすび」の力によって可能となる。

 

「むすび」といふことが可能なのは“本来一つ”であるからである。この“むすびの原理”(それは愛・和合・調和・合一と言ひ換へても良いと思ふ)といふものが天地宇宙生成の根源神=造化の三神の中に内包されてゐるのである。

 

「むすびの神」単なる理念の神ではない。具体的お働きをされ日本人の信仰生活に深く関はる神であられる。

 

 日本神話においては、神が天地を創造するのではなく、天地は神と共に「なりませる」存在である。人間の祖先神は天地生成の神とつながってゐる。

 

天地・國の生成は、絶対神のうちに内在する“むすびの原理”の展開としてあらはれてくるのであって、日本的思惟においてはすべて“一”をもって“創造の本源”とし、そこから無限の生きとし生けるもの・ありとしあらゆるものが生成するのである。そこに、多神にして一神、一神にして多神であり、多即一・一即多・中心歸一といふ大らかにして無限の包容性を持つ文字通り「大和(やまと)の精神」たる日本的思惟の根元が見出されるのである。

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千駄木庵日乗五月二十一日

午前は、諸事。

お昼、若き友人と懇談。中河与一の『天の夕顔』なとについて語り合う。

午後からは、資料の整理、原稿執筆など。

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2018年5月21日 (月)

日本の伝統には女性蔑視の思想はない

古代日本には、各氏族や各家に「家刀自」(一族の女性の戸主)がゐた。「家刀自」は先祖への祭祀の祭り主となった。また、稲の刈り取りの時はそれを監督し、自らも刈り取りを行った。稲作は日本人の生活の基本であり、稲作とそれに関はる祭祀は各氏族・各家において非常に大事な行事であった。

 

仏教や儒教がわが國に定着する以前、即ち神話時代・古墳時代には女性は、重要な役目を担った。女性が一族の家長にもなったし、女性天皇も多かった。

 

各氏族や家に於いて稲作を主導したのは女性である。そして稲の豊穣を祈る行事がわが國傳統信仰の祭祀とりわけ新嘗祭である。

 

「神話の世界」も「萬葉の世界」も、新嘗祭などの祭祀は女性によって執行されてゐる。女性は穢れがあるから祭りをしてはならないといふ考へ方は、日本の傳統に反する主張である。古代日本においては、むしろ女性が祭祀を行ってゐた。

 

女性神であらせられる天照大御神は祭祀主として高天原において新嘗祭を執行された。『日本書紀』に「天照大御神新嘗きこしめす」とある。「新嘗きこしめす」とは、新嘗祭を行ひ、神から新穀を頂戴することである。

 

『日本書紀』皇極天皇元年十一月の条には、「丁卯(十六日)に、天皇新嘗御(にひなへきこしめ)す。是の日に、皇子・大臣、各自(おのおのみづか)ら新嘗(にひなへ)す」と記されてゐる。皇極天皇は女帝であらせられる。

 

「践祚大嘗祭」を最初に執行された天皇は、女帝であらせられる持統天皇である。『日本書紀』持統天皇五年十一月戊辰日に、「大嘗す」と記されてゐる。伊勢の皇大神宮の「式年遷宮」も、天武天皇がお定めになり、持統天皇の御代の持統天皇四年(六九〇)に第一回が行はれた。

 

平成二十五年、伊勢の皇大神宮の「第六十二回式年遷宮」が行はれたが、天皇陛下のご代理として天照大神にお仕へし神事を司られる「臨時神宮祭主」は、今上天皇皇女・黒田清子様がその神聖なるお役目をお果たしになった。神宮祭主は、天皇陛下の「勅旨」を受けて決まる「神宮だけ」のお役目であると承る。

女性が祭祀とりわけ新嘗祭を行ひ得ない、行ってはならないなどといふのは、わが國の傳統とは相容れない思想であるし、第一事実に反する。これは、仏教思想や儒教道徳の女性蔑視の思想の影響と考へられる。

 

日本傳統信仰には、仏教のやうな「女人禁制」といふ風習はない。また儒教のやうな「女性蔑視」「女性差別」の思想はない。人は全て神の分霊であり神の子である。男を「日子(ひこ)」と言ひ、女を「日女(ひめ)」と言ふ。人は全て男も女も、日の神・天照大御神の子であるといふ意味である。

 

神の命が生成化育(むすび・産霊)して生まれ出た男の子・女の子のことを「生す(むす)子(息子)」・「生す(むす)女(娘)」と言ふのである。そこには全く差別はない。

 

皇位継承を論ずる人の中に、父親と母親を「種と畑」に譬へる人がゐる。また、染色体論を用いる人がゐる。これらの考へ方は、人は神の子であり、人は「ひと=日止・霊人」であるといふ根本信仰とは異なる考へ方である。

 

歴代天皇お一方お一方が、御神勅に示されてゐる通り「天照大御神の生みの御子」であらせられる。これを「歴聖一如」と申し上げる。天皇は、女帝であらせられても、現御神であらせられ、天照大御神の地上的御顕現であらせられる。男系継承といふ神武天皇以来の傳統は守られるべきとしても、この根本信仰は絶対に無視してならないと信じる。

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千駄木庵日乗五月二十日

朝は、諸事。

午前十時より、九段の靖国神社にて、『全国有志大連合第三十六回東京大会』開催。靖国神社正式参拝、靖国会館偕行の間にて、国民儀礼、渡邊東陽全国有志大連合会長挨拶、小生による実行委員長挨拶、そして蜷川正大・沼山光洋両氏が来賓挨拶。竹内恒夫氏が事務局報告を行った。この後、三澤浩一氏が「大楠公讃仰」と題して講演。続いて議事に入り、質疑応答、決議文朗読などが行われた。そして懇親会が行われた。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2018年5月20日 (日)

天之御中主神は〈一即多・多即一〉の神であり最高の根源神であるとともに萬物・萬生包容の神

 

 〈神と人との合一〉〈罪の意識の浄化〉を最高形態としてゐる信仰は、日本傳統信仰・神ながらの道である。全人類を戰爭の慘禍から救ふ道は、日本傳統信仰への回歸である。日本傳統信仰を世界に恢弘することが私たち日本民族の使命である。四季の変化が規則正しく温和な日本の自然環境は、自然を友とし自然の中に神を観る信仰を生んだ。日本民族は、天地自然を神として拝む。神は到る処に充ち満ちてゐます。自然は神の命の顕現である。

 

 日本の神とはいかなるものか。本居宣長の『古事記傳』には次のやうに書かれてゐる。「凡て迦微(カミ)とは、古御典等(イニシヘノフミドモ) に見えたる天地の諸(モロモロ)の神たちを始めて、其() を祀(マツ)れる社に坐御靈(イマスミタマ)をも申し、又人はさらにも云鳥獣(トリケモノ) 木草のたぐひ海山など、其余何(ソノホカナニニ) にまれ、尋常(ヨノツネ)ならずすぐれたる徳(コト)のありて、可畏(カシコ) き物を迦微とは云なり」と。

 

 宣長は「尋常ならずすぐれたる徳のありて可畏(かしこ)きものが神である」と定義してゐる。「可畏し」といふ言葉の意味は、おそれおおい、もったいない、貴い、はなはだしい等々であらうが、それらを総合したやうな感情において神を考へるといふことであらう。日本民族は、天地自然に素直なる感動と畏敬の念を持ち、天地自然を神として拝んだのである。また、死者の靈も神として拝んだ。そこが一神教の神観念とは大きく異なる。

 

それでは、日本民族の神観念と一神教の神観念とは全く相容れないかといふとさうではない。日本人の神観念には、「神はこんな形だ」といふ一定の相形(すがたかたち)はない。神は無限である。だから、神はありとあらゆる姿に現れる。神は無相であると共に無限の相たり得るのである。日も月も山も海も大木も風も水も神として拝まれる。神は本来が無相であり無限であり、どんな姿にでも現れ、我々を護りたまふのである。さうした神々の根源神として「造化の三神」がましますのである。日本の神は「多即一・一即多」のお姿をあらはされる。

 

 『古事記』冒頭には、「天地初發の時、高天原になりませる神の名は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)。次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、次に神産巣日神(かみむすびのかみ)。この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)になりまして、身を隠したまひき」と示され、「天地の生成の本源神」たる天之御中主神の次に高御産巣日神、神産巣日神の名が示されてゐる。そして「この三柱の神は、みな独神になりまして、身を隠したまひき」と示されてゐる。

 

「造化の三神」が「天地初發の時、高天原になりませる神」(天地宇宙の生成と共になりませる神)と仰がれてゐるのは、「造化の三神」が天地宇宙開闢以来天地宇宙と共に存在する神、天地宇宙の中心にまします根源神であるといふことである。ユダヤ神話の神のやうな被造物(つくられたもの)とは全然範疇の異なる存在・被造物と対立する存在たる「天地創造神」ではないのである。

 

天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神の三神は、独神(ひとりがみ)すなはぢ唯一神゛であり、宇宙の根源神である。この「造化の三神」は、宇宙根源神・絶対神の「中心歸一」「多即一・一即多」「むすび」の原理を神の名として表現してをり一体の御存在である。

 

 また、「宇摩志阿斯与訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ)」「天常立神(あめのとこたちのかみ)」の二柱の神も「みな独神になりまして、身を隠したまひき」と示されている。「國之常立神(くにのとこたちのかみ)」「豊雲野神(とよくもぬのかみ)」も「独神になりまして、身を隠したまひき」と示されてゐる。

計七柱の神は、天地宇宙の萬物萬生の普遍的根源神であるから、特定の個別化されたお姿を現されることはなく御身を隠されるのである。だから、「独神になりまして、身を隠したまひき」と示されてゐるのである。七柱の「独神」がをられるのは、唯一神の多くの働き・性格を「神名」によって表現していると解釈できる。「多即一・一即多」である。

 

 影山正治氏は、「古代の日本人は萬ものを神に於て理解しようとした…神は無數であって八百萬の神である。しかし萬神一に歸すれば天之御中主神であって、決して云ふ所の低い庶物崇拝ではない…萬物を『いのち』に於て把握し『神』に於て理解する日本人の宇宙觀はまことに比類なきものと云はねばならない。日本に哲學なしなどゝ考へるのはとんでもない間違ひで、人類今後の思考の哲學はまさにこの日本神話の根源から發するものである」(『古事記要講』)と論じてをられる。

 

 

『古事記』冒頭の五柱の「別天神」および國之常立神・豊雲野神は、形体を隠した隠身の神と仰がれた。身を隠したまふとは、隠身(かくりみ)になられることである。「かみ」とは「かくりみ」から「くり」を除いた存在であり、「神」とは「隠身(かくりみ)」のことであるといふ説もある。

 

日本國の神社には、太陽神・皇室の祖先神であられる天照大御神や、その弟神で豊饒神であられるの須佐之男命などをお祭りした神社は多いが、天之御中主神を個別神として祭った神社は非常に少ない。これは、天之御中主神が、天地宇宙の根源神であると共に八百萬の神々の「御親神」であられるからである。

 

天之御中主神は、〈一即多・多即一〉の神であり、最高の根源神であるとともに萬物・萬生包容の神である。無限の可能性を有する大いなる宇宙主宰神・宇宙本源神が天之御中主神である。八百萬の神々は天之御中主神が無限の姿に現れ出られた神々である。

 

天之御中主神は、天地生成の根源神であられるが、「唯一絶対神」として他の神々をと対立しその存在を許さない神ではない。八百万の神と申し上げる天地の神々を包容される神である。

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千駄木庵日乗五月十九日

午前は、諸事。『政治文化情報』発送作業。

午後は、発送完了。

この後、『伝統と革新』編集の仕事。原稿執筆。

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2018年5月19日 (土)

伊吹文明第七十四代衆議院議長による講演内容

二月七日に開催された『躍進日本!春風の会』における伊吹文明第七十四代衆議院議長による講演内容は次の通り。

「今年は明治維新百五十年。アジアの多くの国が植民地になる中で、日本は植民地になるのを免れた。それには我々の先輩方の苦労があった。富国強兵を國の目標とした。日露戦争に勝ち、第一次大戦で漁夫の利を得た。列強の仲間入りをした。当時の若者は司馬遼太郎の言った『坂の上の雲』を夢見て頑張った。その後、日本は欧米列強の真似をし過ぎた。欧米と衝突して大東亜戦争に敗れた。そこが一区切り。我々の祖父祖母の世代はアメリカに追いつき追い越せと一生懸命生きてきた。

 

京都は爆撃の被害を受けなかった。しかし日本の全てが破壊された。戦後は、高度成長のプロセスを手に入れた。今の中国とよく似た状況。インフラが殆ど無い状況から立ち上がり、どんどんお金が入って来た。そのお金を使って作ったのが高速道路・新幹線・社会保障。

 

昭和の御代が終わり平成に入って高度成長のマイナス面が蔓延。平均寿命が九十歳近くになった。親爺の年金をあてにしてフリーターをしていけば生きていける。長生きすればお金がかかる。財政は当然赤字になる。賃金が高くなる。これだけ行き届いた國はそれだけ経費がかかる。日本は労働生産性が非常低い。全体として底上げは出来たが、恩恵を受ける人の格差が出来た。

 

賃金の安いところに工場を持って行くことが出来る企業はどんどん海外に出て行っている。大企業は儲かるから日経平均は上がる。資材は海外で調達。農業や地方の伝統産業は大変。

 

日本は少し曲がり角に来ている。明治維新から七十年と敗戦から七十年で行き詰って来た。この次の七十年は何を『坂の上の雲』として生きて行くべきかを政治家は考えねばならない。日本本来のものを取りもどさねばならない。人間的なものを取りもどさないと次の七十年はうまくいかないのではないか。

 

いわゆる先進国家は自由民主体制で動いている。民主生徒は国民一人一人が物事を決める権利を持っている。主権者が真剣でないと民主制はポヒュリズム・衆愚政治になる。民主制度をどう動かせばいいかが問題。自由とは何をしてもいいというわけではない。池田潔氏は『自由と規律』という本を書き、『規律が無ければ自由はない』と言った。日本人は矜持を確立せねばならない」。

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2018年5月18日 (金)

千駄木庵日乗五月十八日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、『政治文化情報』発送準備、原稿執筆など。

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この頃詠みし歌

 

御先祖と父母の御霊に拝礼する朝の勤めを今日も終へたり

 

萎れんとする生け花に水注ぐ春の朝(あした)の静かなる時

 

ベランダに自生せし草に水注ぐ枯れること無きを祈る心で

 

大観の富嶽の絵をば仰ぎ見て大いなる力我に迫り来

 

父母が老と病と闘いし日々思ひ出すことの悲しさ

 

魂は永遠なりと信ずれど父母がこの世にゐまさぬはさみし

 

衣冠束帯の天照大神のお姿をはじめて見たり等伯の絵で(能登の旅)

 

不立文字禅宗の寺の御住職の楽しき話を喜びて聞く()

 

戦乱の世に建てられし寺々は砦の役目も果たせしと言ふ()

 

山道を登り行きなば古き寺に静かにおはす御仏の像()

 

忘れ得ぬ顔となりたり余命いくばくも無き老僧の法話聞きつつ()

 

古き寺の老いたる僧は訥々と佛の道を語りたまへり()

 

かしましき女性の声が聞こえ来ぬ山寺に一人佇みをれば()

 

能登の海白波立てて寄せ来るを一人眺むる旅の果たてに()

 

夕焼けを眺めてをれば遠くより吾を呼ぶ声を幻に聴く

 

初夏の陽の光優しく満ち満つる林の中を歩み行く幸

 

初夏の空晴れわたりたる上野山 巨木の新しき緑耀よふ

 

若葉する上野の山を歩み行き我の命も力湧き来る

 

上野山歩み行きなば鐘の声いにしへの如く聞こえ来るなり

 

若き命あまた斃れしみいくさのことを思へば胸迫るなり

 

ボールペンを握りつつ文を校正する時にわが存念を確かめてゐる

 

真面目なる友の面影浮かび来てもその生きざまを我は羨(とも)しむ

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千駄木庵日乗五月十七日

午前は、諸事。

午後は在宅して、『伝統と革新』編集の仕事。

午後六時より、水道橋にて、永年の同志二氏と懇談、意見交換。

帰宅後は、資料の整理、原稿執筆。

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2018年5月17日 (木)

今の野党に政権を渡してはならない

今年は、明治維新百五十年です。幕末明治初期における日本の内憂外患交々来たるという状況は今と同じですが、当時は外国の手先になって祖国をおかしくしようとする勢力は幕府側にも倒幕側にもいませんでした。また皆命懸けで外圧と戦いました。だから、あのような大変革が行われたのだと思います。

 

そして討幕を目指した側も、幕府側も、双方とも、尊皇・國體護持の精神は強く持っていました。今の日本にはこの最も大切な尊皇精神・國體護持の精神が希薄になっているのです。それが最大の危機なのであります。

 

日本は大東亞戰爭後、武力を解体されただけでなく、朝鮮半島・支那大陸に対する異常な贖罪意識を植え付けられ、国家存立の基本である国防・軍事・外交に正しい対応が出来なくなっているのです。

 

この国家的危機に見舞われている時、亡国野党と朝日新聞などの亡国メディアは、いわゆる「モリカケ問題」で安倍政権を攻撃しています。閣僚や官僚を口汚く罵り、審議を妨害し、ストップさせています。

 

しかし今の野党、即ち志位和夫・蓮舫・小沢一郎・福島瑞穂・辻元清美・山尾志桜里・小川敏夫・長妻昭などという連中が中枢を担う政権が誕生すれば、まさに日本は亡国です。蓮舫、志位、辻元、福島などという輩が政府閣僚になっている姿を想像するだけでゾッとします。

 

 

安倍政権には大きな不満があります。欠点もあります。歴史問題・憲法問題に対する姿勢はもう少ししっかりしてもらいたいと思います。しかし、今の野党に政権を渡してはならないということは自明であります。

 

国難の時期に、国家の基本政策・基本戦略を明らかにせず、政府攻撃、権力奪取ばかりを画策する亡国野党そして偏向メディアという国内の「反日勢力」に対する糾弾が大切です。

 

亡国野党と偏向メディアは、安倍総理夫妻や自民党政府を糾弾し、「一強体制を撃ち破る」とか言って、政府攻撃に終始しています。全く国家の安全よりも政府転覆の方が大事なのです。我々は北朝鮮、共産支那という外敵そして亡国野党偏向メディアという内なる敵に対して、毅然として戦いを挑まねばなりません。

 

それは安倍政権を擁護するためではないことは言うまでもありません。国家民族の安全を守るためです。

 

日本国の政治が混迷し不安定になれば一番喜ぶのは誰かを本当に真剣に考えるべきであります。日本は支那の属国になり、軍事的政治的支配下に置かれることとなります。

 

亡国野党の連合政権ができたら、日本はどうなるのでしようか。対外関係だけに限っても、支那と北朝鮮による我が国への軍事的政治的圧迫をはねのけることはできなくなります。野党連立政権は何としても阻止しなければなりません。

 

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千駄木庵日乗五月十六日

午前は、諸事。

午後一時半より、池之端の東天紅にて、『岸悦郎氏を偲ぶ会』開催。献杯の後、蜷川正氏大及び小生が追悼の辞を述べた。

帰宅後は、『政治文化情報』発送準備、『伝統と革新』編集の仕事など。

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2018年5月15日 (火)

日本ナショナリズムは古代からの日本傳統精神が原基となってゐる

 

「辞書」によると「國民國家」とは、「同一民族または國民といふ意識によって形成された中央集権國家」「領域内の全住民を國民といふ単位に纏め上げて成立した國家そのもの」といふ定義である。近代以後においてかういふ國家が成立したといふのが定説になってゐるやうである。「神國思想」「尊王思想」の継承の歴史を見て明らかな通り、わが國においては、近代以後に「同一民族または國民といふ意識によって形成された國家」が建設されたのではない。江戸時代以前と言うよりも古代以来、においてもわが國は日本民族による統一國家體制は確立してゐた。

 

安倍晋三氏は、「現在の國家の形を、一般にネーションステート(國民國家)と呼ぶ。これはもともと近代のヨーロッパで生まれた概念だ。…日本で國民國家が成立したのは、厳密にいえば明治維新以後ということになるが、それ以前から、日本という國はずっと存在してきた。」(『美しい國へ』)と論じてゐる。

 

西洋列強の日本に対する圧迫が強まった時、これを撥ね除けるために藩といふ地域そして士農工商といふ身分制度を乗り越えて、天皇を中心とした日本國家・民族の一體感・運命共同意識を醸成して外敵に当たらうとした。それが明治維新である。しかし、明治維新以前に於いてもわが國が、天皇を君主と仰ぐ統一國家であったし、天皇中心の國體精神に回帰することによって、國難を打開し変革を行ってきた。

 

和辻哲郎氏は「シナ古代に典拠を求めていた尊皇攘夷論は、日本人が欧米の圧迫によって日本を一つの全體として自覚するとともに、その鋒(ほこさき)を幕府の封建制に向け、武士社會成立以前の國民的統一を回復しようとする主張に変わって行った。…日本第一期以来の天皇尊崇の感情が…國民的統一の指導原理となった。…王政復古の達成は、松陰処刑後わずかに八年目のことであった。」(日本倫理思想史)と論じてをられる。

 

和辻氏の言ふ「武士社會成立以前の國民的統一の回復」=王政復古が、わが國における『近代國民國家の成立』であったのである。そしてその根底にあった思想は、和辻氏の言ふ「日本第一期以来の天皇尊崇の感情」である。日本ナショナリズムが古代からの日本傳統精神が原基となってゐることは明らかである。

 

 わが國における攘夷とは、時代を無視した頑なな排外思想ではない。吉田松陰をはじめ多くの維新の先人たちは世界の状況・時代の趨勢を正しく把握しやうとしてゐた。松陰は敵たるアメリカを認識せんとしてアメリカ渡航を実行しやうとした。吉田松陰が安政三年三月二十七日夜、金子重輔と一緒に下田来泊のペリーの米艦にて米國に渡航せんとしたことは、攘夷とは排外・鎖國を専らとするのではなく、日本が外國の支配下に入ることを拒み、独立を維持するために、外國の進歩した文物を學ぶことを要するといふ開明的な考へ方であった。維新後の開國政策の下地はこの頃からあった。古来、わが國が外國文化・文明を柔軟に包摂して来たのは、日本民族の根底に強靭なる傳統信仰があったからである。

 

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千駄木庵日乗五月十五日

午前は、諸事。

午後は、『政治文化情報』発送準備など。

午後七時より、西新宿にて、同志と懇談、意見交換。

帰宅後は、原稿執筆。

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天上の世界、海の彼方への憧れは日本人が太古から抱き続けたロマン精神

天上の世界、海の彼方への憧れは日本人が太古から抱き続けたロマン精神

 

「黄泉の國」及び「死」について古代日本人はどのやうに考へどのやうなイメージを描いてゐたのかは、『萬葉集』に収められてゐる次の歌に示されてゐる。

 

「やまぶきの 立ちよそひたる 山清水 汲()みに行かめど 道の知らなく」(『萬葉集』一五八)

 

天武天皇の御子・高市皇子が、異母妹・十市皇女の薨去を悼んで歌はれた御歌である。十市皇女は、天武天皇の皇女。母君は額田王。天智天皇の皇女・大友皇子(弘文天皇)の正妃となられた。「壬申の乱」の後、大和にお帰りになった。「壬申の乱」では、夫君が父君によって滅ぼされる。「壬申の乱」の六年後の天武天皇七年(六七八)四月七日、急病で薨去された。『日本書紀』には「卒然に病発(おこ)りて宮の中に薨ず」と記されてゐる。その時に、皇女の薨去を悼んで、高市皇子が歌はれたのがこの御歌である。

 

高市皇子は、「壬申の乱」で十九歳にして指揮官として軍事を委ねられ、天武天皇方の勝利に貢献したと傳へられる。弘文天皇の御首を頂戴したのは、高市皇子といはれてゐる。高市皇子は大和に戻られた十市皇女を妃にされたか、されようとしたといはれてゐる。十市皇女にしてみると、高市皇子は異母兄であるが、夫を滅ぼした人といふ事になる。

 

【やまぶき】山地に自生する、ばら科の落葉低木。【よそふ】飾る意。現代語の「装ふ」と同じやうな意味。【汲みに行かめど】黄泉の國に行くことの意。「山吹が咲く所の清水を汲む」とは即ちあの世に行くことである。従って、「やまぶきの立ちよそひたる山清水を汲」みに行くとは、「黄泉の國」に行かれた十市皇女に會ひに行くといふ意である。【道の知らなく】ナクは打ち消し。道を知らないことよ、といふ意。體言止めと同じく一種の詠嘆的終止。

 

通釈は、「黄色の山吹が咲いてゐる山の清水を汲みに行きたいが、道が分かりません」といふ意。

 

山吹の黄色に彩られた山の泉は「黄泉」をイメージし暗示してゐる。「よみのくに」のヨは、世の中の世と同じで年齢とか生命の意。ミは、身體のこと。前述した通り、黄泉國からこの世へ還って来ることを「よみがへり」(黄泉の國から還る)と言ふ。

上代人の来世観は、この世とあの世の厳しい区別があまりなかった。森羅萬象に精霊・神が宿ってゐると信じたから、他界観も今日とは比較にならないくらい神秘的であった。

 

上代においては山の奥の方に死者を葬った。あの世への入口は、山の奥の清水の湧き出る岩屋や洞窟の奥と考へられた。また岩屋の奥に霊が籠ってゐると信じられた。

 

また、「山吹」には「面影草」といふ異名があったので、「山吹の咲く水辺で、水の中を覗くと、今は亡き人の面影を見ることができる」といふ信仰があったと言ふ。山吹が咲いてゐる下に湧き出る「清水」を美しい十市皇女に譬へてゐると解することもできる。

 

「あの世まで十市皇女の後を追って行きたいがそれもかなはない」といふことを歌ってゐる。歴史的背景は悲劇であるが、高市皇子の十市皇女への思慕の情は真實であり純愛であったと思はれる。またこの歌では、黄泉の國は陰惨な世界といふイメージになってゐない。光明化されてゐる。

 

まだ見たこともなく、行ったこともない世界を憧れるのは人間の自然な心である。日本人は古くから、この世とは別の世界即ち「他界」への憧れ・ロマンを強く持ってゐた。日本人の他界へのロマン精神は、神話の世界からのものであり、日本人の生活と信仰の根本にあるものである。

 

とくに天上の世界、海の彼方への憧れは、昔から日本人が抱き続けたロマン精神であった。邇邇藝命は天上の世界から地上に天降られた。日本民族の主神であり皇室の祖先神である天照大神は、伊耶那岐命が海辺での禊で右目を洗はれた時に生まれられた。これは日本人が海を神聖なる世界として憧れてゐたことを証しする。

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千駄木庵日乗五月十四日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、資料の整理、書状執筆、原稿執筆など。

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2018年5月14日 (月)

オピニオン雑誌『傳統と革新』 第二十九号

平成三十年五月 たちばな出版発行(四宮正貴責任編集)

特集 特集 神道と現代―日本傳統信仰は「宗教の衰退」を打開できるか
[巻頭言] 
「神ながらの道」と瑞穂の國・日本の再生             四宮正貴 ...
[インタビュー]
長寿社會を迎えて、ふたたび宗教の時代が始まる予感あり      田原総一朗 
すべては尊皇心を大切にすることから始まる            頭山興助 
現代社會の中で、宗教は期待できる役割を見失っている       島田裕巳 
人の幸せを考え、日本の良いものを残していく政治         竹本直一 
[論文]
[佐藤優の視点]
信仰の対象としてのシンギュラリティ               佐藤優  
歴史とも神話とも密接な絆を結んでいることが日本の最大の魅力である 西村眞悟
現代日本の神道的風景                      阪本是丸         
神ながらの使命に立ち返り、新たなる世界の秩序とみ國興しに挑戦すべき時 後藤俊彦 
新たな神道の定義を―伊勢志摩サミットと神道           田中英道 
現代神道論~神道3・0から4・0の構築に向けて         鎌田東二 
神宮大麻の歴史的意義と、日本社會の大麻への偏見について     戸矢學        
天皇陛下靖國神社御親拝實現は、現代を生きる私たちの責任である  沼山光洋 
神社界そして日本の宗教界に未来はあるのか            小川寛大 
[聞き書き]
祭りと神社とコミュニティーが活性化する柔軟な発想を持とう    薗田稔 
「政(まつりごと)」は古来「祭事」                上杉隆 
[提言・直言]
神社神道は、日本人を救うだけでなく、いずれ世界人類を救う    末松義規   
合格祈願はかなったが、大學卒業後の苦難。奨學金改革を急げ    城井崇    
神道という宗教文化                       北神圭朗   
歴史と傳統ある日本文化の継承を願い、心の底から神の存在を信じ、命懸けで祈る 西村修   
変革への原動力と基層としての神道                木村三浩 
[連載]
やまと歌の心                          千駄木庵主人 
「石垣島便り23」両陣営の、分裂に次ぐ分裂の市長選挙―これからの石垣島が、沖縄がおおいに気になる                           中尾秀一  
「憂國放談」第一回 西部邁氏の自裁と人間の生死         犬塚博英 
編集後記に代えて 小田村四郎・西部邁両氏の御逝去を悼む     四宮正貴 
「傳統と革新」バックナンバー一覧                       
取り扱い書店様一覧                                
定価 本體価格1000円+税。 168頁
168〒167―0053 東京都杉並区西荻南二-二〇-九 たちばな出版ビル
 たちばな出版  代表03―5941―2341 FAX5941―2348

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「第八十四回日本の心を学ぶ会」のお知らせ 

第八十四回日本の心を学ぶ会 

 

「日本国憲法」という名の「占領憲法」を考える

平成30年5月3日で「現行占領憲法」施行から七十一年がたちました。

各地で憲法についての集会が開かれ改憲派、護憲派それぞれの思いが語られました。

 

安倍首相は改憲派の集会に送ったメッセージの中で、昨年発表した憲法に自衛隊を明記する改憲案について触れ「この発言をひとつの契機としてこの一年で憲法改正の議論は大いに活性化し具体化した」と述べました。

安倍首相の発言のとおり憲法についての議論は改憲派護憲派ともに9条が最大の争点でした。

 

しかしながら、我々が改めて注目しなければならないことはこの「日本国憲法」と称する「占領憲法」の「制定過程」です。

 

「現行占領憲法」は占領軍の銃剣のもと「天皇を戦犯として裁く」という許し難い脅迫の中で強制されたものです。

 

占領下の日本はGHQによる公職追放と言論統制が苛烈を極めており、マッカーサーは当時の日本を「巨大な収容所」であると述べております。占領下という国民の自由意思が制限された状態での憲法制定は、形式的に「大日本帝国憲法」の改正手続きを取っていようとも、国際法に違反した暴挙であります。

「現行占領憲法」がこのような異状な「制定過程」を持っていることを我々は忘れてはなりません。まさに「日本国憲法」なるものの正体は「占領憲法」と呼ぶことがふさわしいものであります。

 

安倍首相は平成三一年を「憲法改正」の目標としております。そして改憲手続きの最終局面が国民投票での勝利です。今後は改憲派護憲派ともに国民投票での勝利を目指した運動と宣伝が盛んになっていくと思われます。

 

そこで今回の勉強会では改めて「日本国憲法」という名の「占領憲法」について考えてみたいと思います。

 

(今回の勉強会は文京区民センターで開会いたします。文京シビックセンターではありませんご注意ください)

 

【日時】平成三十年五月二十七日 午後六時から

 

【場 所】文京区民センター 2-B会議室

http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kumin/shukai/kumincenter.html

 

【住所】東京都文京区本郷4-15-14

 

【アクセス】都営三田線・大江戸線「春日駅A2出口」徒歩2分、東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩5分◎東京メトロ南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、JR水道橋駅東口徒歩15分◎都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩2

 

【講演題目】「占領憲法守って国滅ぶ」

 

【講師】 四宮正貴四宮政治文化研究所代表

 

【司会者】林大悟

 

【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(2千円くらいの予定です)

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

 

            〇

 

この告知文は主催者が作成しました。

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2018年5月13日 (日)

本来「祟り」はより高次の「善」「幸」を生じせしめる契機である

 

『古事記』と『日本書紀』に書かれてゐる大物主神に関する神話は、日本の神が「祟りの神」から「豊穣の神」「幸の神」に変身することを明らかに示してゐる。

 

『日本書紀』に書かれてゐる通り、大物主神は『我は是倭國の域(さかひ)に所居()る神、名を大物主神(おほものぬし)と爲()ふ』であられる。

 

その大物主神は、崇神天皇の御代において「祟りの神」として登場された。しかし、天皇・朝廷が大物主神をお祭りするやうになると、「祟りの神」としての性格を全く無くされ、大和の國のみならず日本全國そして皇室の「守り神」「豊穣の神」としてご活動をされ続けられるやうになる。

 

最初に「祟りの神」として登場されるのは、大物主神に如何に大きな力があるかを示し、神としての活動開始の合図であったかのやうである。

 

小室直樹氏は、「人びとにまつられる日本の神は、もと祟りである。…祟らないように神社を作ってこれを祭る。そうすると、人に祟りをなす悪神は善神となり、人びとに幸福を授けるようになる。日本の神様は、みなこのタイプである」(『天皇恐るべし』)と論じてゐる。

 

大物主神だけでなく、菅原道真の御霊も然りである。最初は「祟り神」として登場されるが、天皇・朝廷が祭りを行ふことによって、「天満大自在天神」といふ幸をもたらす神、善神、學問の神へと変身された。

 

折口信夫氏は、「たたり」について次のやうに論じてゐる。「『たゝる』といふ語は、…古い意義は神意現れると言ふところにある。允恭紀に淡路の島で狩りせられて、終に獲物がなかったので、占はれると、島の神祟りて曰はく、獣をとらせないのは自分の心だ。赤石の海底の眞珠を自分に獻ったら獸をとらせようと言うたとある。此文の卜うたら神が祟ったと言ふのは、今の祟るでない。…『たつ』と云ふ語は現れる・出るといふ意義が古いので、其から、出發・起居などの觀念が纏って來たのである。…(注・『月立つ』…『向ひの山に月たゝり見ゆ』といふ言葉は)月神の出現を示すのである。其が段々内的になって來て、神意の現れる事を示す語になる。…更にそこに、意義が固定すると…捉へ難きものゝ出現の意になる。『たゝり』は『たつ』の『あり』と複合した形で、後世風には『たてり』と言ふところである。『祟りて言ふ』は『立有而(たゝりて)言ふ』と言ふ事になる。神現れて言ふが内化した神意現れて言ふとの意で…古いものはやはり、人の過失や責任から『たゝり』があるのでなく、神がある事を要求する爲に、人困らせる現象を示す風であった」(「『ほ』・『うら』から『ほがひ』へ」)

 

この折口説によると、「祟り」の語は、神の顕現を表はす「立有(たちあり)」=「立ち現れる」といふ意味であり、神が目の前に立ち顕れることを言ったといふ事である。それがいつしか、今のような、神仏や霊魂などが人間に災ひを与へること、また、その時に働く力そのものを言ふようになってしまったのである。

 

本来「祟り」は、より高次の「善」「幸」を生じせしめる契機なのである。これは、明るい太陽のもとで生きてゐる日本人の國民性による信仰精神であらう。

 

村岡典嗣氏は「(注・我國の神代傳説において)部分的にも全體的にも著しく看取せらるゝ哲理として存するものは、吉凶相生じて吉に歸する、換言すれば凶も又吉の爲に存するといふ見解である。…一貫して吉の力、生成の力の優越が示されてゐる。…人生や世界は凶悪あるにも拘らず、本格的にそを支配するものは吉善の力で、凶悪の存するのも畢竟は吉善の爲であり、凶悪は假で吉善こそ本質である」(『日本思想史研究④』)と論じてゐる。

 

日本には、絶対的悪神・悪魔はゐないのである。悪神は祭りを受けることによって善神となり、人間の罪穢れも禊祓ひによって清められるのである。

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千駄木庵日乗五月十三日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、資料の整理など。

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「創刊記念『國華』130周年・特別展『名作誕生-つながる日本美術』展参観記

本日参観した「創刊記念『國華』130周年・特別展『名作誕生-つながる日本美術」は、「日本美術史上に輝く『名作』たちは、さまざまなドラマをもって生まれ、受け継がれ、次の名作の誕生へとつながってきました。本展では、作品同士の影響関係や共通する美意識に着目し、地域や時代を超えたさまざまな名作誕生のドラマを、国宝・重要文化財含む約130件を通してご紹介します」(案内書)との趣旨で開催された。

 

「国宝 薬師如来立像 奈良~平安時代89世紀奈良元興寺」「重要文化財 仙人掌群鶏図襖(部分) 伊藤若冲筆 江戸時代・18世紀 大阪・西福寺蔵」「国宝 普賢菩薩騎象像[ふげんぼさつきぞうぞう]平安時代・12世紀 東京・大倉集古館蔵」「雪梅雄鶏図[せつばいゆうけいず]伊藤若冲筆 江戸時代・18世紀 京都・両足院蔵」「国宝 八橋蒔絵螺鈿硯箱[やつはしまきえらでんすずりばこ]尾形光琳作 江戸時代・18世紀  東京国立博物館蔵」「重要文化財 初音蒔絵火取母[はつねまきえひとりも]室町時代・15世紀 神奈川・東慶寺蔵」「国宝 松林図屛風[しょうりんずびょうぶ]長谷川等伯筆 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵」重要文化財 蓮池水禽[れんちすいきんず]於子明筆 中国・南宋時代・13世紀京都・知恩院蔵」「重要文化財 湯女図[ゆなず]江戸時代・17世紀 静岡・MOA美術館蔵」「くだんうしがふち 葛飾北斎筆 江戸時代・19 世紀 東京国立博物館蔵」「重要文化財 色絵竜田川透彫反鉢 尾形乾山 江戸時代・18世紀4神奈川・岡田美術館蔵」「道路と土手と塀 岸田劉生筆 大正四年 東京国立博物館蔵」などを参観。

 

仏像は、鑑真和尚が来日した時に連れて来た仏師が造り出したという。その後、日本人の仏師によって木造の仏像が多く造られるようになったという。観世音菩薩像、普賢菩薩像、薬師如来像が多い。今日展示連れていた国宝の「薬師如来像」は後姿が堂々としていて良かった。寺院など安置されている仏像は礼拝の対象であるから、後姿や横顔はなかなか拝することができにくいが、美術館に展示されている時はどの角度からも拝することができる。何故か平安時代の仏像は普賢菩薩・薬師如来が多かった。普賢菩薩と共に描かれている「十羅刹女」は鎌倉時代の作品になると十二単を着た女性になっていた。仏教画が日本に定着し融合したということか。尾形乾山の「色絵竜田川透彫反鉢」は現代の作品かと思われるくらいに新鮮であり色彩が美しかった。葛飾北斎筆の「くだんうしがふち」は、江戸時代の九段坂と牛が淵とが描かれている。今日の九段坂とは全く異なる風景である。小生が二松学舎に通っていた約十年間上り下りし、今日も靖國神社にお参りする時に上り下りする坂なので格別親しみを感じた。伊藤若冲筆の「仙人掌群鶏図襖」は鶏の表情が実に面白い。紅の色彩が印象的であった。模写した作品も言わば模倣であろうが、美の継承ということでもある。「美の継承」という意味では、岸田劉生筆「道路と土手と塀」は、葛飾北斎筆「くだんうしがふち」の美を継承した作品である。そしてそこには新しき美が生まれている。近代以前の日本の彫刻美、絵画美は、やはり仏像と仏画と切っても切れない関係がある。藝術は洋の東西にかかわらず宗教と不離一体の関係にあったという事であろう。また藝術は継承と創造の世界であるをあらためて認識した展覧会であった。多くの外国人が参観に来ていて賛嘆の声をあげていた。日本の美術はやはり素晴らしい。

 

 

 

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千駄木庵日乗五月十二日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

この後、上野公園の東京国立博物館平成館にて開催中の「創刊記念『國華』一三〇周年・特別展『名作誕生ーつながる日本美術」展参観。

帰途、谷中にて、友人夫妻と懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2018年5月12日 (土)

日本精神の今日的意義

日本精神とは、天皇仰慕の心・天神地祇崇拝(祖先と自然の霊を尊ぶ心)・明朗心・清明心・武の心・慈しみの心・むすびの心・まつりの心・父母兄弟を尊ぶ心である。

 

日本精神は文献的には『古事記』『日本書紀』『萬葉集』に示されている。のみならず<祭祀>という行事によって今日まで継承され実践されている。日本の傳統精神・生活・文化の基本・核は、<祭祀>である。わが國の伝統信仰における最も大切な行事は祭祀である。祭祀は、自然と人の命を拝み、自然と人の命を大切にする精神の實践である。そしてそれを常に実践されているお方が祭祀主・日本天皇であらせられる。天皇は日本国の祭祀主として、新嘗祭、春季皇霊祭、秋季皇霊祭などの多くの祭祀を行わせられている。

 

日本精神・民族精神とは、「天皇を中心とする國體より発生し継承されてきた國民精神」と定義することが出来る。そしてそれは、「天地生成・神武建國・八紘為宇の精神」である。

 

闘爭戰爭絶え間なき現代において、日本的思惟である<神人合一(すべてに神を観る心)><中心歸一の原理><結びの原理><多即一・一即多の原理>によって、分割する精神=神と人・神と被造物は絶対的に隔絶された関係にあり、人間などの被造物は神に支配され神に裁かれ神に復讐される存在であるといふ二元論を克服し、さらに唯一絶対神の排他独善性から解放し、永遠の闘爭から人類を救済する。

 

天地自然に神の命が生きているという信仰が日本の伝統信仰である。そしてその祭祀主が天皇であらせられる。天皇を祭祀主とする信仰共同体が日本國の本姿である。それを現代において回復することが、大切なのである。これが道義の頽廃が根本原因である現代の様々な危機的状況を打開する唯一の方途である。

 

日本精神は経済力や武力によって世界を支配することを最高の主義とするものではない。日本精神によって世界を救済し世界を新たならしめ、世界を維新する思想である。まさに世界全人類に真の意味の平和を齎す精神である。

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2018年5月11日 (金)

千駄木庵日乗五月十一日

午前は、諸事。

午後すらは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆など。

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誤まれる「戦後意識」を払拭すべし

 

「内憂外患」という言葉があるが、今日の日本はまさにこの言葉通りの状況となっている。日本がこのような状態になった根本原因はどこにあるのか。履き違えた「平和論」と誤った「人権思想」が横行しているところに今日の混迷の根本原因がある。

 

 わが国を弱体化せんとして押しつけられた「亡国憲法」、「偏向教育」、そして低俗にして偏向したマスコミこそが、今日の凄まじいまでの亡国的状況の元凶である。

 

また、「戦後」という言葉が七十年以上も続いている国は日本以外にない。わが国は、「大東亜戦争は日本の侵略戦争だった。日本に勝ったアメリカやソ連、そして迷惑をかけた朝鮮・中国とわが国とは対等の関係ではない」という「戦後意識」に苛まれ続けている。もういい加減にこうした「戦後意識」を払拭しなければ駄目である。

戦前の日本は悪いことしかしてこなかったという「歴史認識」を根本的に改めるべきである。このような日本になってしまったことを護国の英霊はどれほど悲しんでおられるであろうか。 

 

 戦争の残虐行為は付きものなのに、わが国がそれを行ったとして、半世紀もたってからギャアギャア糾弾するという「小さな正義」というよりも「間違った正義」(矛盾した言葉であるがこう言うしかない)によって、国民の祖国に対する誇りを喪失せしめられている。これが日本を駄目にする真の「巨悪」である。

 

 アメリカによる東京大空襲・広島長崎への原爆投下、ソ連による満洲・樺太・千島・シベリアにおけるわが国国民の大量殺戮こそが「残虐行為」「侵略行為」ではないのか。大東亜戦争で最も惨い「残虐行為」「侵略行為」を行ったのは、米ソである。

 

 戦勝国の日本弱体化政策が愈々その効き目を発揮し、わが祖国日本は今日亡国の危機に瀕している。国民も政治家もマスコミも自虐史観・東京裁判史観に呪縛され、自らの国の歴史を冒瀆し、祖国愛を喪失している。

 

 この国の新聞の言論犯罪は、虚偽、独断、独善、偽善、誤謬、作為、一方的主張などの上に成立しているのだが、朝日新聞はその代表格である。朝日新聞の大東亜戦争と現近代史に対する異論排除の一方的偏執的な捏造、歪曲、誇大化、煽動には、真実を追求しようという姿勢はない。

 

 真の自由で民主的な社会は、賢明な民衆と公正な報道感覚をもつメディアと有能な政治が三位一体となることで、あり得べき理想的な姿を示す。しかし、現実は、そういう国家とはなっていない。

 

 東亜解放・民族の自存自衛のための戦いであった大東亜戦争において貴き生命を捧げられた靖国の忠靈を正しく国家の手によってお祀りすることすら行われていない。

 

 自国の歴史を歪曲し捏造してまで、何が何でも自国を極悪非道の国たらしめたいと狂奔する勢力が跋扈している。我々は、祖国再生の決意を固め、こうした異常にして誤った風潮を根底から祓い清めなければならない。

 

 わが祖国は、東洋の君子国として思いやり深く、恥を重んじ、礼儀正しい国として世界に知られていたのである。真に正常なもの、正しいものを回復することが今日もっとも大切である。それがない限りこの国は亡国への道を歩むことになる。

 

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千駄木庵日乗五月十日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆・脱稿・送付。書状執筆。『伝統と革新』編集の仕事など。

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2018年5月 9日 (水)

日本は「南北朝鮮関係」「中朝関係」「中韓関係」において「蚊帳の中」に入って行く必要は全くない

日本は当事國ではないのだから、「南北朝鮮関係」「中朝関係」「中韓関係」において「蚊帳の外」に置かれるのは当然だ。むしろ蚊帳の中に入って行く必要は全くない。

 

朝鮮半島と支那大陸に深入りすることは日本にとって利益にはならない。実際、近代日本は、半島と大陸に深入りしすぎて、結局亡国への道を歩んだのだと思う。近代どころではない、古代日本の白村江の戦いの敗北、豊臣秀吉の朝鮮出兵の失敗を見てもそれは明らかである。我々は歴史に学ばねばならない。

 

もちろん、四海同胞・八紘爲宇・アジアナショナリズム・アジア解放の理想は正しい。しかし、「アジアは一つ」であっても、各民族・各国家はそれぞれ全く異なる文化と歴史と民族性を持っていることをはっきりと認識しなければならない。

 

日本は、権力闘争に敗れた者は監獄にぶち込まれる國=共産支那・韓国、邪魔者は残虐の方法で殺される國=北朝鮮という野蛮な国とは全く異質である。

戦後日本も支那大陸・朝鮮半島に政治的経済的に深入りしすぎてきた。日本のお蔭で経済発展した支那・韓国は、日本に牙を向けてきている。日本はまず自らの主体性を正しく確立しなければならない。

 

わが国は日本傳統精神を興起せしめ道義国家日本の真姿を回復し、アジアの平和のために貢献することは大切であるが、それは支那朝鮮に対して妥協し言いなりになることではない。

 

わが国は今日「アメリカ製憲法」の「似非平和主義」に冒されている。わが国が中華帝国主義の侵略から祖国を守るためには核武装が必要なのではないか。支那・北朝鮮・ロシアという核武装している國に取り巻かれている日本は、核武装して自主独立の國となるべきである。

 

「日本は軍事強国なるべきではない」などと主張している亡国野党・偏向メディアは、軍事的膨張・アジア侵略を行っている共産支那、そしてその属国である北朝鮮の手先である。

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千駄木庵日乗五月九日

午前は、諸事。

午後は、本日行う「萬葉集」講義の準備。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて『萬葉古代史研究会』開催。小生が、聖武天皇御製などを講義。質疑応答。終了後出席者の方々と懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2018年5月 8日 (火)

祖霊信仰について

父母の遺影と位牌に毎朝毎晩拝礼している。父母の笑顔を見ると、私をやさしく見守ってくれていると感じられて、心が安らぐ。

父母の位牌と遺影を安置したその日から、父母が遺された私を見守って下さっているとひしひしと感じている。これはまことに不思議な実感である。そして毎日、父母の御霊に対して感謝の祈りを捧げると共に「どうか私をお守りください」と祈っている。

柳田國男氏は、「日本人の死後の観念、即ち霊は永久にこの国土のうちに留まってさう遠くへは行ってしまはないといふ信仰が、恐らく世の始めから、少なくとも今日まで、かなり根強くまだ持ち続けられて居る。…顕幽二界の交流が繁く、単に春秋の定期の祭だけでなしに、何れか一方のみの心ざしによって、招き招かるゝことがさまで困難でないように思って居た」(『先祖の話』)と論じている。

確かに、私もそう実感する。「亡くなった人が草葉の陰から見守って下さっている」という言葉がある通りである。

仏教特に浄土教では、「人は死んだら西方十万億土の彼方にある極楽浄土に行く」と教えるが、一方で、お盆やお彼岸には遺族の住んでいる家に帰って来るという観念が強く伝承され、祖霊に対する供養が仏教寺院で行われる。どんな唯物論者・無神論者でも、亡くなった方の霊に対しては敬意を表し、慰霊行事には参加する。

理屈はともかく、亡くなった方の霊が、天国・天上界・霊界・極楽浄土に行かれても、常にこの世にいる我々を見守って下さっているという信仰は根強いものがある。だからこそ、前述したとおり、祖霊への慰霊行事が絶えることなく盛んに行われているのである。

私は、若い頃は、「既成仏教は葬式仏教になっている。現実に生きている人々を救うことはできない」などと批判していたこともある。しかし、今はその考えが浅はかであったことを思い知っている。亡くなった人々に対する慰霊・供養こそ、自然崇拝と共に、日本伝統信仰の大きな柱であると知ったからである。

父母が地上から去り給うたことの悲しみは深い。しかし、父母の御霊は常に私たち遺族のそばに居られることを実感している。そして、感謝の祈りを捧げる毎日である

 

 

 

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千駄木庵日乗五月八日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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萬葉古代史研究會のお知らせ

萬葉古代史研究會

 

小生が講師となり『萬葉集』を勉強する會が開かれております。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。 

 

日時 五月九日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

 

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 「東京メトロ南北線 駒込駅」四番出口より徒歩一分 「JR山手線 駒込駅」(北口)より徒歩二分

 

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』

 

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日本傳統信仰について

 

日本傳統信仰すなはち神道には教祖がゐない。教条が書かれた教典もない。ただ「神々への祭り」を行ひ、「神の道」に随順して生きる事を大切にしてゐる。これが、わが國の傳統的な信仰精神の基本である。

 

日本民族の祖先が有した人生や國家や世界や宇宙に対する思想精神は、わが國の後世や外國に見られるやうな誰かが説いた知識として独立的に存在してゐるのではなかった。神とか罪悪に関する考へ方が、全て「祭祀」といふ實際の信仰行事と不可分的に生まれて来た。抽象的な論理や教義として我が國傳統信仰の精神即ち神道を把捉することはできない。

 

古代日本人の精神をうたひあげた『萬葉集』に、「葦原の 水穂の國は 神ながら 言擧せぬ國…」といふ歌がある。「神ながら 言擧せぬ」とは、「神のおまかせし、自己の主張を言葉に出して言ひ立てることをしない國」といふ意である。

 

日本の傳統精神は、「人間が発見したと主張する一つの論理や法則」「人間が作りあげ世界を秩序立てて説明する特定の教義」を打ち立て、それに反するものを排撃しなかった。ここに日本の精神的大らかさと謙虚さとがある。それが日本民族と日本文化の包摂性の基である。

 

「學として説かれざる學」「言葉に表現されない言葉」で継承されてきたのが「日本の道」である。日本傳統信仰は、〈道〉を言葉(抽象的な論理や教義)で表現しなくとも、神々の御事績そして祭祀といふ〈現實〉に厳然として存してゐる。

 

つまり、日本神道の本質は文字通り「神」及び「道」のそのものの中にある。日本人は、その「神」を祭り「神の道」を現實に生きることによって宗教的安穏を得る。

 

日本民族が、ユダヤ教など一神教の律法、ギリシャ哲學のロゴス、佛教の法、儒教の礼といふような、規範・教条を持たなかった事は、日本傳統精神が劣ってゐるといふ事ではない。むしろ、日本傳統精神が柔軟で自由で大らかにして且つ強靭である事を証しする。だから仏教・儒教を受容し日本化したのである。

 

日本は、四季の変化が規則正しいだけでなく、穏やかな自然環境に恵まれてゐる。ゆゑに日本人は、衣食住はもちろん人間関係をはじめあらゆる生活の安定と豊かさは、自然のままに、自然に随順して、自然を規範として生きることによって、實現することができる。自然に随順することが生活規範であり哲學であったと言っていい。まさに「神ながら 言擧せぬ國」なのである。これが日本民族が、現實を肯定し、自然を神として拝む態度で生活し、殊更に論理や教条を構築する必要がなかった原因であらう。

 

日本人は、森羅万象ことごとく神ならざるものはないと考へた。かうした精神からは排他独善の精神は生まれない。あらゆるものから學ぶべきものは學び、摂取すべきものは摂取する。

 

日本人は自然のみならず、歴史からも「道」を學んだ。わが國に傳はる「道」は歴史に現れてゐるのだから、體系としての世界観や人倫思想を人為的に「さかしらなる知識」を以て言挙げし作りあげなくとも、日本の國の歴史の事柄・事實に學べば良かった。

 

わが國傳統信仰=神道はまことに大らかにして包容力旺盛な信仰であるのは、わが國傳統信仰が、國民生活の中から自然に生まれてきた信仰精神であるからである。だからこそ、神道の祭り主であらせられる日本天皇は、仏教や儒教をも尊ばれた。

 

わが國において仏教典を講義され、仏教寺院を建立されたのは、聖徳太子であられる。聖武天皇は、日本仏教の中心寺院として東大寺を建立され、さらに全國に國分寺・國分尼寺を建立された。わが國において仏教は、皇室を通して広まった。そして日本傳統信仰は外来仏教や儒教を大らかに融合して来た。

 

神道は他の宗教を排斥することのない包容性・柔軟性を持ってゐるけれども、その根底には強靱性・純粋性がある。だから、外来思想・宗教を受容しても、神道といふ傳統信仰が滅びとしまふといふことはなかった。

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千駄木庵日乗五月七日

午前は、諸事。

午後は、『政治文化滋養法』の原稿執筆。

午後四時より、西荻窪にて、『伝統と革新』編集会議。終了後、出席者と懇談。

帰宅後は、原稿執筆など。

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2018年5月 7日 (月)

祭祀主・日本天皇を中心とする信仰共同體が神話時代以来の日本國の本姿である

稲作生活を営んで来た日本人は、太陽・山・海・川など大自然の恵みの中に生きて来たので、自然を神と崇めた。鎮守の森には、神が天降り、神の霊が宿ってゐると信じて来た。鎮守の森ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きていると信じてきた。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿っていると信じて来た。

 

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られた。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至っている。

 

さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それが海神(わたつみ)信仰である。海は創造の本源世界として崇められた。

 

麗しい日本の天地自然そして農耕生活の中から生まれてきた「神ながらの道」といふ信仰は、天地自然と祖靈を神として拝ろがみ祭る信仰である。わが國の神は、天津神、國津神、八百万の神と申し上げるやうに、天地自然、祖霊を神として拝ろがむ信仰である。

 

日本人は稲の種と水田と農耕技術といふ恵みを祖先から傳へられたので、祖先に感謝する思ひが強い。ゆゑに自然信仰と共に、自分たちの祖先の霊を崇め感謝し奉る祖霊信仰を抱いた。これを「敬神崇祖」といふ言葉で表現した。その最も端的な例が天照大神への信仰である。

 

天照大神は、農耕生活にとって最も大切な太陽の神であられると共に、その太陽神を祭られる祭り主であられる「すめらみこと」=天皇の祖先神であられる。そして天照大神は日本民族の親神として崇められて来た。わが國の神々の中で、最尊最貴の神として信仰され崇められてゐる天照大神は、皇室の祖先神であると共に、自然神たる太陽神である。

 

わが國の傳統信仰の祖靈崇拝と自然崇拝が、信仰共同體國家日本の土台、言ひ換へれば日本國體の根幹を成してゐる。そしてそれは、國民道徳・道義精神の根幹でもある。日本傳統信仰即ち神道は、自然の命と祖先の霊を崇める精神がその根幹であり全てである。

 

 

日本民族は、神に対して常に祭りを行って来た。神道の基本行事は、神を祭ること即ち「祭祀」である。「まつり」は、日本民族の精神傳統・日本文化の原点である。日本傳統信仰は、神學・教義といふ抽象概念として継承されて来なかった。上は天皇から下万民に至る日本人の「神祭り」「祭祀」といふ行事によって、古代より今日まで傳へられて来た。

 

「まつる」といふ言葉の原義は、「お側で奉仕し服従する」「何でも仰せ事があれば承りその通り行ふ」「ものを献上する」といふほどの意である。

 

「神祭り」とは神に奉仕(仕へ奉る)し、神の御前において自己を無にして神の御心に従ひ奉ることである。つまり神の御心のままに勤めることをお誓ひする行事=神人合一である。

 

人は神と離れた存在ではなく、はじめから神に生かされ、神と一體の存在である。しかし、様々の罪穢が、神との一體観・神と共に生きる姿勢と心を隠蔽してしまふ。禊によって罪穢を祓ひ清め、祭りと直會(神と共に供へ物を食する行事)によって神との一體観を回復する。これが神道行事の基本である。

 

つまり人の本来の姿を回復することが祭りの原義である。『古事記』冒頭に示されてゐる「天地の初発(はじめ)の時」(天地宇宙の始まりの時)に回帰する行事が祭りである。

 

天皇は日本國の祭り主であらせられる。天皇はわが國建國以来、常に國民の幸福・世の平和・五穀の豊饒を、神に祈られて来てゐる。わが國存立の基盤は、「天皇の祭祀」にある。天皇の御使命は、地上に稲作の栄える瑞穂の國を作られることにある。これが天皇中心の日本國體の根幹である。

 

稲作生活から生まれた神話の精神を、「祭祀」といふ現實に生きる行事によって、今日唯今も継承し続けてきてをられる御方が、日本國の祭祀主であらせられる日本天皇である。

 

「天皇の祭祀」において、わが國の傳統精神が現代において生きた形で継承され、踏み行はれてゐる。天皇の「まつりの御精神」を仰ぎ奉ることが、わが國の道義の中心である。祭祀主・日本天皇を中心とする信仰共同體が神話時代以来の日本國の本姿なのである。

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2018年5月 6日 (日)

千駄木庵日乗五月六日

三日から本日まで、北陸地方に行っておりました。

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2018年5月 4日 (金)

「即位の大礼」そして「大嘗祭」は、「天孫降臨」の繰り返しであり再現である

「即位の大礼」そして「大嘗祭」は、「天孫降臨」の繰り返しであり再現である。即位された天皇が、御自ら新穀を捧げて皇祖・天照大御神を祭られ、共に新穀を食され、天照大神の御神霊とご一體になられる祭祀が「大嘗祭」である。お仕へする群臣もまた神代・高天原の神々の子孫である。時間と歴史を超越して天照大神が今此処にゐますごとくに観ずるのである。

 

會澤正志斎は、『草偃和言』(そうえんわげん)といふ著書で「日嗣の君は、日神の遺體にましまして今も天神に事へ給ふ事在すが如く、氏々の人は皆諸神の子孫にして其遠祖の人々古日神に事へ奉りし時にかはらず、千萬世の後までも天上の儀を傳へて神代の遺風を其まゝに行はれ、今の世も神の世に異なる事なきは、他邦異域に絶てなき事なれば神國と申すなり」と論じてゐる。今即神代、天皇即神といふ篤い信仰精神が語られてゐる。

 

天照大神と天皇はご一體であり、天皇は天照大御神のご遺體(神が遺してくれた體といふ意)である。天照大御神と天皇とは時間と歴史を超えて一體であるといふ信仰である。天皇に仕へる臣下國民もまた、天の神々の子孫である。まさに、歴史と時間を貫いて今此処が神代であり、高天原なのである。高天原を地上に持ち来すことが國體の明徴化なのである。今即神代、天皇即神であられるからこそ、日本に革命も皇統の断絶も無いのである。

 

天皇を君主と仰ぐ日本の國柄は、歴史のあらゆる激動を貫いて今日まで生きてゐる。ところが、古代オリエントや古代支那などにおいては、祭祀を中心とする共同體は武力征服王朝によって破壊されてしまった。そして古代民族信仰・祭祀宗教は無くなり、太古の王家も古代國家も姿を消した。その後に現れた支配者は武力による征服者であり、國家は権力國家であった。

 

それに比してわが日本は、神話の世界が今日唯今現實に生きてゐる國である。すなはち、わが日本は、古代祭祀宗教の祭祀主たる神聖なる御資格を受け継ぎ給ふ天皇を、現實の君主と仰ぎ、國家と民族の中心者として仰いでゐる殆ど世界唯一の國である。わが國は太古以来の祭祀主を君主と仰ぐ共同體國家が破壊されることなく今日まで続いて来てゐる。これを「萬邦無比の日本國體」と言ふのである。

 

それは、會澤正志斎が『新論』において、「神州は太陽の出づる所、元気の始まる所にして、天日之嗣、世宸極を御し、終古易らず。」と説き、北畠親房が『神皇正統記』において、「大日本者神國他。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を傳へ給ふ。我國のみ此事あり。異朝には其たぐひなし。」と説いてゐる通りである。まことに有難き事實である。

 

日本がその長い歴史において様々な変化や混乱などを経験しつつも國が滅びることなく統一を保ち続けたのは、天皇といふ神聖権威を中心とする共同體精神があったからである。

 

日本國は太古以来の傳統を保持する世界で最も保守的な國でありながら、常に新たなる変革を繰り返して来た國なのである。その不動の核が天皇である。天皇國日本を愛し守護する心を養ふことこそが日本國永遠の隆昌と世界の真の平和の基礎である。現實政治の浄化も、維新も、神代・天孫降臨への回帰によって實現する。それが神政復古である。

 

歴史は繰り返すといふが、今日の日本も幕末当時と同じやうに、内憂外患交々来るといった状況になってゐる。今日の危機的状況を打開するためには、「水戸學」をはじめとする明治維新の精神に回帰し、日本的変革の原理たる「天皇中心の國體の明徴化」を基本理念とした大変革を断行しなければならないと信ずる。

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千駄木庵日乗五月三日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、明日からの出張の準備、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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2018年5月 3日 (木)

國旗を冒瀆する警視庁・承前

昨日論じた警視庁による国旗冒涜問題の続きですが、平成二十年七月の「千駄木庵日乗」の記事を再掲載します。

 

                  〇

 

平成二十年千駄木庵日乗七月八日

畏友・藤田裕行氏から次のようなメールが送られて来た。

「警察庁が、洞爺湖サミットにおける『テロ』対策の演習を行った。その想定のテロリストは、『日の丸の鉢巻きをし、日の丸を掲げて、車両の窓から乗り出す』という姿であった。

その様子は、フジテレビに木村太郎氏、安藤優子氏のニュース番組で、先週か先々週の木か金に、ちょっと報道されたという。

 

『テロリスト』に対しての演習としては、各国の沿岸警備隊が参集して、相模湾であったかで、『テロ対策』の国際演習を行ったことがあるが、その際の『想定』での『テロリスト』は、髑髏マークの旗を掲げていた。これは、良いではないか。各国の沿岸警備隊(警察)も、文句はなかろう。

 

しかし、日本の警察庁が、『サミット』の警備における、想定『テロリスト』に、『日の丸の鉢巻き、日の丸の旗を掲げた、想定、テロリスト』とは、警察庁はどういうつもりだ!?

このメールは、国会議員にも送信させて頂く。

 

私は、およそ、このような『テロ対策演習』は、異常である!!!と問題提起したい。(実は、血が逆流するかと、思ったほどである。)

 

これは、『異常』な感性だと私は素直に思う、警察庁は、いや、日本の国家のために働く、場合によっては、殉職も、国家指導者という要人警護に、自らの命を失うことも当然との立場にあるSPの方々は、直に演習に臨めるような演出なのか!?

 

せめて、国際演習で使われた(前述の)『髑髏マーク』の鉢巻きと旗では、不十分であったのか!!??

 

私は、異様なおどろおどろしい怨念のようなものすら、そこに感じたというのが、直な感想である。

 

 テロリスト対策の演習を、『サミット』前に、警察庁が実施することは、大いに結構。だが、なぜ、その『想定・テロリスト』が、『日の丸の鉢巻きをし、日の丸を掲げる』という演出が、必要であったのか!?なぜ国旗を『テロリスト』の『マーク』に使用しなければならないというような必然性が、あったのか!? 

 

私は、警察庁やその監督にある国家指導者に、このような『自虐的な行為』に、正気で取り組んだのでしょうか!?と、そう問質し、問題提起もしたいのである。」

           ○

全く正しい指摘である。テロは犯罪であり、テロリストは犯罪者であることは言うまでもない。その犯罪行為おこなうテロリストがなにゆえ、日本の国旗である「日の丸」の鉢巻きをし、「日の丸」を掲げる必要があるのか。これはわが国の国旗に対する重大な冒瀆である。北朝鮮や共産支那の警察がそうしたことをしたというのではない。わが国の警察がわが国の国旗を冒瀆したのである。絶対に許されざることである。警察庁長官・警察庁警備局長の責任は重大である。自分の國の国旗を冒瀆することは自分の国を冒瀆することである。自分の国を冒瀆する者どもに國の治安を守る資格はない。

 

 

平成二十年千駄木庵日乗七月九日

午後、警察庁の広報に電話をして、昨日の本欄で指摘した「警察庁が、洞爺湖サミット『テロ』対策の演習で、テロリストに想定した人物に国旗『日の丸の鉢巻きをし、国旗『日の丸』を掲げさせた』とのフジテレビの報道について、質問し抗議しようとしたら、広報の係官は、役職・姓名も名乗らず、「ご意見はご意見として承るが、回答はできない」の一点張り。

 

「回答の出来る人に電話をつなぎなさい」といっても実行しない。しかも同じ答えをテープレコーダーみたいに十回も二十回も繰り返すのみであった。こんなことなら、電話に係官がわざわざ出る必要はない。留守番電話にしておいて、「ご意見はご意見として承りますから、どうぞお話し下さい。回答はできません」と流しておけばいいのである。

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千駄木庵日乗五月二日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆。資料の整理など。

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2018年5月 2日 (水)

國旗を冒瀆する警視庁

本日贈呈して頂いた日本国民党機関紙『しんぶん国民』に次のような記事が掲載されてゐた。

 

「四月十三日、東京江東区で、新たに配属された機動隊員が参加して暴徒制圧の警備訓練が行われた。訓練では『日本』『神風』と書かれた日の丸の鉢巻を巻いた男等が『暴徒役』となり機動隊に鎮圧されていた。この事について警視庁警備部に電話して『日の丸を軽視している』『一体どこの国の警察か』と抗議したら警備部の人物は、『それはあなたの主観でしょう。現にこうしたデモ行進が行われており、そこで暴徒化した人間を取り締まる訓練もあった』と言い訳にもならないぞんざいな返答をして、電話をガチャ切りにした。暴徒役に日の丸をつけさせるのは、日の丸に対する軽視・敵視と見られても仕方がない」(四宮要約)

 

国旗を日の丸持ったデモ隊が『暴徒化した』などということは全く聞いたことが無い。機動隊の取締り訓練で、「暴徒」の役を演じる機動隊員に「国旗」を持たせたり、日の丸の鉢巻きをさせたりする訓練は以前から行われている。

 

首都の治安を守る警視庁の訓練で、違法行為をする集団に、意図的に、国家の象徴たる神聖な「国旗」を持たせるのは許し難い。国旗を侮辱することは、天皇陛下を君主と仰ぐ日本国を侮辱することと同じである。

 

 交番などには祝祭日には国旗が掲げられており、警察は、他の官庁と比較すると、国旗・国歌を大事にしているように思えるのだが、こういうことが今で

も繰り返されるとなると、そうではないということになる。国旗を本当に大切に思っているのなら、暴徒制圧訓練の対象に「国旗」を持たせるなどということができるはずがない。

 

警視庁警備当局は、国会への請願行進でも、国旗を捧持して行進することを禁じている。これもおかしい。国旗を奉持するのと、赤旗を立てるのとの一緒にしているのだ。しかも真正保守の人々の請願行進で参加者が手にする国旗は、

小さな紙製の国旗である。武器になる可能性は全くない。それても駄目だと言う。

 

国旗は、太陽をかたどっている。天照大御神は皇室の御祖先神であらせられると共に太陽神であらせられる。国旗を侮辱することは、すなわち、天照大神を侮辱し奉り、皇室を侮辱したてまつることであり、祖国を侮辱することだ。

 

昭和天皇の御製碑は、全国各地に建てられてゐる。鈴木正男先生の著書『昭和天皇のおほみうた』にその一覧表が掲載されてゐる。それによると、官庁の敷地内に、その官庁のことを詠ませられた御製碑が建てられてゐるのは、東京千代田区の警視庁のみである。

 

警視庁正面玄関には、昭和天皇が昭和五十六年一月十七日に「警視庁新館を見て」と題されて詠ませられた

 

「新しき 館を見つつ 警察の 世をまもるための いたつきを思ふ」

 

といふ御製碑が建てられてゐる。

 

昭和天皇のおかせられては、治安を守る警視庁及び警察官の労苦を嘉せられ、この御製を歌はれたと拝する。しかるに、その警視庁機動隊の「暴走族取締り訓練」において国旗を冒瀆してゐるのである。まことに由々しき事態と言わなければならない。

 

祖国日本の国旗に対するに対する畏敬の念のない権力者及び権力機構は、慎みのない横暴な権力行使をしたり腐敗したり不祥事を起こす。事実、最近そういう事象が頻発してゐる。

 

八年前の平成二十二年十二月、小生の尊敬する古賀俊昭東京都議会議員から、古賀議員が池田勝彦警視總監に提出した「平成二十三年版 警視廳機動隊暦の使用寫眞に潛む『国旗日の丸への敵意』に對する抗議書」が送られて来た。それには次のやうに書かれてゐる。

          ◎

「平成二十三年版警視廳機動隊曆の使用寫眞に潛む『國旗日の丸への敵意』に對する抗議書

警視總監池田克彦殿

毎年、警視廳は機動隊の多様な活動を示す寫眞を使用した曆を發行してゐる。例年通りに十二月に入り、翌年(平成二十三年)の曆を手にして私は、我が目を疑った。八月の頁に使はれてゐる寫眞は、今年八月十五日、東京九段の靖國神社周辺で強行された反日左翼分子・反天連(反天皇制運動連絡會の示威行進に、整然と抗議する都民國民を出動服姿の機動隊が物物しく威壓する光景のものであったからである。國難に一身を捧げられた英靈を慰靈する日に、有らう事か『侵略神社ヤスクニ解体』、『×印の國旗日の丸』等の看板や天皇陛下の骸骨人形を手に手に掲げた極めて異様な反日集團こそ、本來は警備對象とすべきであり、斯かる暴擧に對して國旗を手に秩序正しく抗議する人達が恰も惡事を働く暴徒であるかの如き印象と誤解を一般都民に與へる寫眞が使用されたのであり、怒りと驚きを禁じ得ない。しかも當該曆には、他の頁を探しても暴力によって公共の安全を脅かす左翼組織の不法活動に對する警戒状況を紹介する寫眞は一葉も見當らない。此は巷間指摘される如く、菅改造内閣で國家公安委員長に就任した反日活動家である岡崎トミ子氏に阿諛迎合する意識が警察機構内に釀成されてゐると見做す事も出來るのである。私は當日現場の状況を直接確認してゐるが、警視廳は明らかに『反天連』に対する警備よりも、國旗日の丸を持つ人達に對しては、鐡柵、車輛、機動隊員と三重の行動を規制する措置を行ふ等、國旗日の丸への敵意を感じさせる位、過剰にものであった。當該寫眞からは、國旗日の丸を掲げる事が恰も犯罪であるかのやうな印象と情報が都民國民に傳はる可能性大であり、到底黙視かる訣にはいない。因って、既に配布濟みの平成二十三年版機動隊暦を速やかに回収し、残部と倶に癈棄處分とすべきである。」

          ◎

さらに、古賀俊昭議員は、同年十二月六日に行はれた警視庁の暴走族取締り訓練における、国旗に対する不敬・冒涜行為についても「警視廳に今後の訓練での工夫と事の重大性の認識を求める抗議書」と題する次のような抗議文を提出した。

            ◎

「實戰さながらの訓練とは言へ、國旗を暴走族の紋章であるかの如く、國旗と暴走族を一體に結びつけるのは亂暴過ぎる。暴走族より惡質な所業であり斷固抗議する。平成二十二年十二月十日警視總監殿」 

           ◎

このやうに平成二十二年に警視庁の国旗冒瀆に対して厳しい批判が行われたのに、何の反省もなく八年を経過した今年もまた冒瀆行為が行われたのである。

 

治安維持を担当する官庁が、国旗に対して不敬・冒涜行為を働いているのだ。警視庁による国旗に対する不敬・冒涜行為は、今の日本が如何に劣化してゐるかを如実に示してゐる。治安維持機関が、国旗を冒瀆したのである。まさに日本国は危機に瀕してゐる。

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千駄木庵日乗五月一日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』などの原稿執筆、『伝統と革新』編集の仕事など。

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2018年5月 1日 (火)

今日思ったこと

韓国大使館前に、李承晩ラインの中に入ったとして抑留され拷問され虐待された日本漁民の銅像を建ててはどうか。

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 この頃詠みし歌

 

一心にもの書きてゐる夜の更けに鳴り出せし電話の無遠慮な響き

 

春の空晴れわたりたりこれの世を生き行く我を寿ぐ如く

 

何としても安倍政権を倒すことそれのみに狂へる亡国野党

 

怒号怒声激しき国会こんな奴らが選良と言はるるは悲しかりけり

 

行く春を心のどかに過ごさなん窓より遠く花咲ける見ゆ

 

谷中銀座を歩み行きなば立ち呑み屋より知り人が我に手招きをする

 

ステーキを食して腹はふくれたれど財布の中身は薄くなりたり

 

お風呂場は丁寧に掃除するが良し今日もわが身を清めんがため

 

神の恵み仏の慈悲に守られて我は生き行くこの天地に

 

古き家が取り壊されてそこに住みゐし人々に再び会ふことはなし

 

幼き日よりの知り人少なくなりにけるわが町千駄木も変り行くかな

 

観音堂春の光に照らされて拝ろがむ人の幸呼ぶ如し

 

御仏の金色の尊顔仰ぎつつ心経誦するひと時ぞ良し

 

若き日の思ひ出多き神保町今も変らぬ姿嬉しき

 

JRといふ言葉はすでに定着し違和感の無きはよろしき事か

 

久遠の命を巻物の絵に描きたる横山大観の見事なる筆(『生誕一五〇年横山大観展』)

 

屈原と荊軻を描きし絵を見つつ横山大観の志を偲ぶ()

 

青葉若葉緑美しき上野山南洲像を仰ぐ嬉しさ(西郷南洲像清洗式)

 

入水しこれの世を去りし人を偲び縁(えにし)ある人々集ひたるかな

 

偲ぶ会より帰り来たりてあらためて西部邁氏の著書を讀みをり

 

天つ日は雲に隠れて見えねども見ゆるが如く拝ろがむ我は

 

日の御子の尊き御姿を拝ろがみぬわが部屋に飾る皇室カレンダー

 

夢の國より現実(うつつ)の世界に戻り来て空を仰げば春の夜の月

 

しばらくは見ることなきを悲しみぬ遥か彼方の大和三山

 

すれ違ふ人は外つ國の人多き銀座の街は今日も賑はふ

 

夢の中で寿司とラーメンを食しゐる我はまことに大食漢なり

 

去り行きし歳月の彼方に消え残る面影恋しく思ほゆるかも

 

中天に浮かぶ満月を仰ぎ見て我も爽やかに生きたしと思ふ

 

 

とことはに変はらぬ月光を身に浴びてとこしなへに生きるわが命かも

 

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千駄木庵日乗四月三十日

午前は、諸事。

午後からは在宅して、書状執筆、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆。

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