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2018年4月 7日 (土)

「平成三〇年春の特別展・江戸幕府、最後の闘い―幕末の『文武』改革―」展参観記

本日参観した「平成三〇年春の特別展・江戸幕府、最後の闘い―幕末の『文武』改革―」展は、「平成30年(2018)は明治元年(1868)から満150年を迎える年に当たります。春の特別展では明治前夜、幕末期の江戸幕府に焦点を当て、当館所蔵の江戸幕府公文書である『多門櫓文書(たもんやぐらぶんしょ)』を中心に、幕末期の江戸幕府の『文武』改革について取り上げます。こうした改革が可能になった背景や、維新後に新政府で活躍する幕臣たちのその後も合わせて展示し、明治の近代国家建設の端緒を江戸幕府の側からご紹介いたします」(案内書)との趣旨で開催された。

 

『甲辰阿蘭舟到来・視聴草』(オランダ国王からの開国勧告の記録)、『ペリー提督日本遠征記』、『天保中唐尹闘争風声』(阿片戦争についての報告書)、『勝麟太郎上書五策』(勝海舟の対外政策意見書)、『蕃書調所規則覚書』(海防・外交・海外学術研究機関の規則)、『安政四年水戸前中納言殿軍艦旭御船製造之儀成功ニ付拝領物之抜書』、『歩兵令詞』『兵学程式』(この二つは幕府軍が使用した軍事資料。オランダ・イギリスの文書の翻訳本)、『二條摂政記』(最後の関白二條斎敬の記録。徳川慶喜の「大政奉還」の上表文が記されていた)、『駿河表召連侯家来姓名』(維新後徳川宗家が駿河に移封された時に従って行った家臣の名簿)、中村正直著『西国立志編』などを参観。

 

大変勉強になった。阿部正弘は海外情勢の把握、海外学問・知識の受容、政治体制及び国防の強化などの懸命の努力をしたことが分かった。また人材の育成にも力を尽くした。幕末の幕閣の開国政策の推進者は決して井伊直弼ではなく阿部正弘であったことを再認識した。維新前の幕府のそういう努力の過程で収集された海外情報、育成された人材・官僚が、維新後の日本において大きく役立ち且つ活躍をした。徳川慶喜の「大政奉還の上表文」はよくよく読み返さなければならないと思った。慶喜が何故「朝敵」と指弾され攻撃されたのかを考えねばならない。

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