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2018年3月 4日 (日)

葦津珍彦先生の神道論

 

『古事記』冒頭に示された造化の三神を無視あるいは否定するといふことは、わが國傳統信仰の根本を否定するのと同じであらう。また、造化の三神の否定は高天原の否定にも通じる。つまり、神道の宗教性を抜きにするといふ事は、高天原を否定し、造化の三神そして『古事記』神代の巻を否定する事と同義と考へて差し支へないと思ふ。

 

葦津珍彦氏は次のやうに論じてをられる。

 

「後世の現代人には、神社局は神道的神靈への信はなくとも『國體精神』『國家主義』の精神はあったといふ人があらうが、その程度の世俗『國家主義』は、その時代の全日本に例外なく満ちてゐたものであって(仏教寺院キリスト教徒なども同じであったし)、ことさら神社局に國體精神があるなどといふべきものでない。神道の信仰精神があったかなかったかといへば、『無精神』だったと評すべきだといふのである。かれらは、神宮神社をもって、著名なる天皇、皇族あるいは國家、郷土に功労のあった人々を崇敬することを主たる性格とするものであると称して、神社を合理主義化し、神社を非宗教のものとする理論を生んだ。このやうなメモリアル風の解釈もできる神社が明治以後に数多く建てられたのも事實ではあるが、神社本来の古社には、そのやうなものはなく、西欧の偏見的宗教學では、アニミズムとして蔑視してゐる山河風水の神々などが多い。神社行政官僚が神社とメモリアル殿堂を同視する論は、さすがに神道人を信服させ得たわけではないが、國家主義の本拠、内務省神社局の非宗教行政といふのは『神道独自の精神』なるものを全的に否定し、神主をただ古文化財的儀礼執行者、公金収支にまちがひない正直な下級事務者にすることを考へてゐたにすぎない。」

 

「井上(四宮註・井上毅)は…『神道ヲ以テ宗教トスルハ、實ニ近世一二國學者ノ主導スル所ニ始マル、而シテ之ヲ祖宗ノ遺訓ニ考フルニ、並に徴拠スヘキコトナシ、蓋宗廟ヲ崇敬スルハ、皇家追遠厚本ノ重典、即チ朝憲ニ属シテ教憲ニ属セズ』と述べ、内務省社寺局の神社・神道非宗教論を踏襲してゐる。(『井上毅傳』資料篇第六、)」

 

「神祇院書記官、武若時一郎が高等神職教育のために、大東亜戦争中に出版した『神社法』中の一文…『宗教學上の定義によれば、世人の崇むる所の神は、人格・徳風・才幹・力量等の卓越した者を神格化した人格神と、自然崇拝より発生した山川、草木、鳥獣の諸神の如き自然神と、純然たる哲學的思索によって産出された観念神とに分れる。然し神社に斎祀せらるる神は、自然神や観念神ではなくして、人格神たることを本義とする。現在、神社に奉斎せらるる神祇は、皇祖・皇宗を始めて、諸氏族の祖先又は皇室・國家に功労ありし忠臣烈士乃至は戦時事変に於ける殉難者等、多様であるが、何れも皇國の鎮護たる神社に祭神として相応しき神功著しき人格神である。』…しかしこれは合理的だとしても、實存する神社とは異なるし、それは精神的信仰を全的に神社の外に追放することともなる。多くの神道的神靈を無視するものであり、神社と神道を信仰なき無精神のものとして空白化するものである。それは、当然に神道人の側からも、きびしい批判があった。」

 

「内務省の解するやうな意味での『神社非宗教論』に対して、法論理的に真正面から痛烈な反論を続けたのは東大教授、筧克彦博士である。博士は『神道は、まぎれもなく宗教であり、世界最高の宗教である。帝國憲法をもって、それをただの政教分離憲法と解するのは誤りである。憲法によって各信教の自由は認められてゐるが、惟神の大道を國教とする精神的立場に立つ』との法理を主張した。」

 

「葦津耕次郎は、内務省流神社行政に対する直撃的批判者だった。『内務省は、神社をもって、國家精神に基づく國の宗祀と称してゐるが、その國家精神なるものが、西欧権力國家の功利的世俗主義と異なる所なく、日本古来の神道・國家とは程遠いものではないか、古来の神道に戻れ』と直言し、政府に迫った。神社局に限らず、明治帝國の官僚は合理世俗主義で、宗教心理を解さなかった。植民地官僚は、朝鮮神宮をはじめとして、新領土に神宮神社を建てて皇祖皇宗に対する表敬の場としようとした。それは西欧列強が植民地で、征服英雄の銅像や(メモリアル・ホール)、國王名の記念公園等を作ったのと同一心理だった。葦津は、このやうな神宮神社が、異民族の宗教的社會意識にいかに深刻な反感を生ずるものであるかを力説して反対した。…葦津は、明治十五年の神社神官の非宗教制を固めた法令を天下の悪法として、神社法制を改革し維新の『祭政一致に戻れ』と主張した。」(『國家神道とは何だったのか』)。

 

西洋覇道精神・合理主義、法思想に基づく宗教政策が大きな誤りを犯した。これは鎮守の森の伐採・神社統合政策にもよく現はれてゐる。かうしたことが祭祀國家日本の本姿を隠蔽して日本を西洋化・覇道化させたと云ひ得る。ただし明治以後に建立された神社にはメモリアルホール的なものもあったが、神道といふ日本傳統信仰それに宗教性・神秘性を与へたとも云へる。

 

神靈への信を隠蔽した國家主義は、わが國傳統信仰の根本を否定してゐるのだから、真の國體精神・國家主義ではない。近代のいはゆる「國家神道」が形骸化とされるのはこのことが原因となったと思はれる。そして神道精神は純粋ではない歪められた形となってしまった。これが明治以後の日本の大欠陥であった。

 

神社神道は教団宗教ではなく、祭祀宗教・共同體信仰・民族信仰なのだから、造化の三神を祀り、信仰の対象として仰いだとしても、一般の教団宗教と相対立し外来宗教を排斥することにはならない。それは、造化の三神を否定あるいは無視し、形骸化されたいはゆる「國家神道」が存在しない近代以前の歴史、そして大東亜戦争後の歴史を見れば明らかである。神道は排他的ではない。外来宗教を拒絶しこれを排斥するといふことはない。わが國の宗教史は、神道が核となって外来宗教を包摂し融合して来た歴史である。

 

「神道は宗教に非ず」といふ政府の考へ方は、國家の儀式典礼に関与する神官は、一切の宗教的言論教導、宗教行為(葬儀執行等)を實行してはならないといふ方針と結びついた。このことが、日本傳統信仰たる神道が、國民精神を正しく導く道を閉ざしてしまったと云へる。

 

つまり、「神道非宗教論」を基軸とする「國家神道制度」は、神道精神の恢弘を制限したのである。外来宗教を排斥するのは間違ひであるが、神道独自の宗教精神を恢弘するのを制限すべきではなかった。また、神道と仏教・儒教との相違点を指摘するのを制限すべきではなかった。

 

日本民族は窮極においては日本傳統信仰に基本してゐる。これは外来宗教排斥ではなく、外来宗教融合摂取の基盤確立であり確認である。それをしなかったら日本の独自性が失はれる。

 

このことについては、伊勢の神宮におけるトインビーの言葉が重い意味を持つ。アーノルド・J・トインビーは、昭和四十二年に伊勢の皇大神宮に参拝した時、『芳名簿』に、「Here  in this holy place I feel the units of all religions(この聖地において、私は、あらゆる宗教の根底をなすものを感じます)」と書いた。神道は宗教ではないどころか最も偉大にして根源的な宗教が神道である。

 

日本傳統信仰の包容性を維持し宗教対立を回避し防止することは正しいが、神道といふ日本傳統信仰そのものを骨抜きにしてはならない。特に造化の三神への信仰の否定は神道の根本を否定することとなる。

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