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2018年3月 6日 (火)

日本國の本質

 

 我々の愛する国家とは権力機構としての国家ではない。否定しても否定し切れないところの「父祖の國」「母國」と表現されるところの「共同生活を営む國」である。海といふ大自然をめぐらし、緑濃き山と清らかな河とを有する国、農耕を営み、優れた文化感覚を持つ国「日本」である。

 

 この麗しき国日本は、村落共同体から出発して、次第にその範囲を広め、「日本」といふ国家を形成した。その本質は、地縁・血縁によって結ばれただけでなく、稲作生活から生まれた祭祀を基本とする伝統信仰によって結合してゐる共同体である。その信仰共同体の祭り主が天皇(すめらみこと)である。

 

かかる日本国の生成を『日本神話』は「神が日本國を生みたまふた」と表現した。古代日本の統一は、日の御子(太陽神の子)たる天皇が行はれる祭祀を中心とし、その祭祀が地方の祭祀を次第に全國的に統一されることによって實現したのである。つまり、古代日本の統一(日本國の生成)は、祭祀的統一である。各部族間の武力闘争はあったにしても、外国のくらべるとはるかに少なく、その有限的にして相対的な勝利は、最終的には神への祭祀によって聖化された。

 

日本民族の生活の基本たる稲作に欠かすことのできない自然の恵みが、太陽であり大地である。日本民族は太陽と大地を神として拝んだ。その太陽の神が天照大神である。また大地の神は國津神として祭られた。また稲穂そのものも神の靈が宿ってゐるものとして尊んだ。そして、古代日本人は太陽神・天照大神を最も尊貴なる神として崇めた。

 

 天照大神をはじめとする天津神、大地の神である國津神、そして稲穂の靈をお祭りされ、國民の幸福と五穀の豊饒を祈られる祭り主たる天皇は、天照大神の御子即ち日の御子として國民から崇められた。天照大神は、太陽の神であると共に、皇室の御祖先神であると信じられた。そして、祭り主たる天皇を、稲作を営む古代日本人の共同體の統合と連帯の中心者として仰いだ。

 

歴史学によると、紀元三世紀の日本は既に大和朝廷によって統一されており、天照大神信仰・現御神日本天皇仰慕の心による中核とする信仰共同体としての国家の統一が成立してゐたとされる。

 

 祭祀主たる天皇は、「大化改新」によって北は東北から南は南九州に及ぶ統一国家体制が制度的・法的に確立する時期よりはるか以前から、天皇はわが國に君臨せられてゐたのである。

 

 日本国の本質は権力国家ではない。また、日本天皇は絶対専制君主ではあらせられない。日本國の本質は、「祭り主・天皇を中心にした國民の信仰的・精神的共同體」である。農耕生産の共同生活を営む人々の祭祀がその中核である。祭り主である天皇の祭祀が及ぶ範囲が広がって行って生成された國である。

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