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2018年3月10日 (土)

〈日本の伝統信仰・天皇の祭祀〉が今日の混迷を打開する

 

天皇は、大嘗祭をはじめとした宮中祭祀において、天照大御神をはじめとした天神地祇、瑞穂の霊、歴代の皇霊を祭られる。日本人の自然を大切にする心と潤ひのある衣食住の基本には、全てを神として拝み、神として祭る心がある。その最高の実行者が、和歌を詠まれ、農事を行はれ、祭祀を行はれる日本天皇であらせられる。

 

天皇の祭祀は、五穀の豊穣・國民の平安を祈られる。また、わが國伝統信仰に基づく儀礼であって、日本國の成立と共に行はれてきた。それは『記紀』に記された歴代天皇の御事績を拝すれば明らかである。

 

したがって、天皇の祭祀は私事ではないし、単なる先祖祭でもない。信仰共同体日本の根幹であり最も大切な公事である。日本國家生成の根源である。

 

戦後日本の「弱体化」「伝統否定」の中で、天皇および皇室は、祭祀主・宗教的権威としての天皇の本質を軽視し隠蔽されて来た。現御神・祭祀主としての伝統的な天皇および日嗣の御子の真姿への回帰・天皇の御本質の開顕が根本である。

 

尊皇精神・勤皇精神が希薄になればなるほど、日本國民の道義心・倫理感が希薄になる。なぜなら、天皇は、日本國民の道義感・倫理感の鏡であるからである。皇室への尊崇の念の希薄化と日本國民の道義心の低下とは相関関係にあると考へる。

 

日本民族が尊皇精神を喪失した時、日本國は崩壊の危機に瀕する。亡國勢力による天皇及び皇室の尊厳性の冒瀆を根絶しなければならない。

 

橘曙覧(たちばなのあけみ。幕末の歌人。越前國の人)は、

 

「利(くぶさ)のみむさぼる國に 正しかる日嗣のゆゑを しめしたらなむ」

 

と詠んだ。

 

科学技術の進歩と営利至上主義が生態系を破壊しつつある今日、自然と共に生き自然を大切なものとして拝ろがむ精神の回復が必要である。

 

日本伝統信仰の祭りは、天地自然及び祖霊に対する敬虔なる思ひの表現である。科学技術文明・近代合理主義に依拠し、利益と進歩のみを求め欲望と便利さの充足を至上の価値とし、自然を造りかへ破壊して来た近代の傲慢さに対する歯止めとして、天皇を祭祀主と仰ぐ日本伝統信仰の祭祀が大きな価値を持つ。

 

日本伝統信仰の祭りは、天地自然及び祖霊に対する敬虔なる思ひの表現である。天地自然の神々の復活が現代の救済であり世界恒久平和の基である。

 

伊勢の神宮、皇居の森、明治神宮の森をはじめとして全國各地の「鎮守の森」は、現代社会において人々の魂を清め、精神を清浄化する場として、大きな価値を持ってゐる。〈日本の伝統信仰・天皇の祭祀〉が今日の混迷を打開する。

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