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2018年3月30日 (金)

この頃詠みし歌

 

安倍総理よ辞めてくれるな耐えに耐えてこの難局を乗り越えてくれ

 

改竄も忖度もそんなことはどうでもいい亡国野党は滅びざるべからず

 

国会前で蠢く輩汚らはしき地獄の亡者のごとくに見ゆる

 

ともかくも今の野党に政権を握らせてはならぬと強く思ふも

 

わが叫びわが思ひをば表白すやまと歌にはなるもならぬも

 

憶良の歌讀みつつ思ふますらをは名をし立つべしとふるひ立つなり

 

汚れたる世を清め祓はんと立ちしますらをを偲ぶ春の夜

 

温かき春の夕べに遠つ世のますらをの歌をしみじみと讀む

 

街角に友と語らひ友を待つ麹町三丁目に春の風吹く

 

自転車に乗りたる友が来たりけり無事に着きたることのよろしさ

 

朝早く起き出でてビルの背後より出で来し太陽を拝ろがみまつる

 

母に手を引かれて歩む幼子を見つつ思へり亡き母のこと

 

門を閉じしお寺の前を通り行く日暮しの里の夜の静けさ

 

若き日の思ひ出の人は今は亡くその兄君と語り合ひをり

 

春の雨降り続く街に佇みてやがて来るなるバスを待ちをり

 

京の都に幾度か通ひしそのかみを思ひ出すなり春雨の夜

 

日の岡と百万遍といふ地名懐かしくも思ひ出さるる

 

若さとは良きものなりと思ふなり爽やかに語る青年を見て

 

明るくも語る青年の父君は我より年下と聞きて驚く

 

煙草吸ふなといふ世の中なれば自ずからマッチも少なくなりにけるかな

 

友どちの明るき笑顔を見て嬉し憂さ多き世を共に生きれば

 

遠き日の父の面影浮かび来て愈々悲し別れといふは

 

若き日の恋蘇へるこの頃に命の炎燃え立つ如し

 

気恥ずかしき思ひするなり七十を過ぎて相聞の歌を詠むとは

 

志篤き二人の友と共に酒酌み交はす団子坂下

 

菩提寺の先祖の墓を洗ひ清め拝ろがむ時の静かなる心

 

父母と共に来りし菩提寺に父母の墓拝まんと一人来たれり

 

空覆ふ枝垂れ桜を見上げたり日暮しの里の古き御寺で

 

日暮里の古き御寺の花の下弘法大師像拝ろがみまつる

 

多くの人が櫻を愛でつつ歩みゐる谷中霊園春盛りなり

 

光りあまねく御墓辺を照らす春の午後桜の花は咲き盛るなり(金玉均氏墓前祭)

 

上海でむごき最期を遂げにける人の御墓辺に今日集ひたり()

 

韓国の惨き歴史を偲びつつ金玉均氏の御墓辺に立つ()

 

無惨なる最期を遂げし志士の墓に友ら集へる晴れし春の日()

 

天つ日が輝き照らすベランダに立ちて眺むる春の千駄木

 

諏訪台の桜の花を遠望し春来たれるを喜びてをり

 

たまきはるわが命常に燃やしめて生きてゆくなりこの現世(うつしよ)

 

咲き盛る桜の花のたもとにぞ澤正の墓は屹立しゐる(谷中霊園)

 

櫻の花咲き満ちる苑に眠りゐる人々の御霊やすらへる如し()

 

慶喜公の御墓辺に来てこの国の大き維新の歴史を偲ぶ

 

徳川慶喜謹慎の建物に咲き盛る桜の花に歴史を偲ぶ

 

夕つ方根津の谷への下り来て酒房にやすらふひと時ぞ良し

 

父母(ちちはは)の遺影を仰ぎお休みと言ひてベッドに入る日々

 

坂下り神田川のほとりに来りなば満開の桜かがよひてゐる

 

満開の桜並木の下を行き命さきはふわが身なりけり

 

神田川川面に花びら浮かべつつ流れ行くなり春の夕暮れ

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