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2018年2月18日 (日)

『日本書紀』『萬葉集』に示された「神ながら」の意義

 

「神道」をやまとことばで、「神ながらの道」といふ。「神ながら」(漢字では『随神・惟神』と書く)といふ言葉が、最も古く用いられてゐる典籍は、『日本書紀』孝徳天皇の三年四月の条に見える。そこには、「惟神(かむながら)も我()が子(みこ)()らさむと故寄(ことよ)させき。是(ここ)を以()て、天地の初めより、君(きみ)(しら)す國なり。」(神ながらも我が子孫に統治させやうと依託された。それゆへ、天地の初めから天皇の統治される國である、といふほどの意)と書かれてゐる。

 

この条の註に「惟神は、神道(かみのみち)に随(したが)ふを謂ふ。亦自(おの)づからに神道有るを謂ふ」とある。

 

この条について平田篤胤は、「真の神道と申すは、…天つ神高皇産靈、神皇産靈神の始めまして、伊邪那岐伊邪那美神の御受継ぎあそばして…其功徳は、天照大神に御傳へあそばし、皇御孫邇々杵尊天降り遊ばさるる時、天つ御祖、靈産の御神、天照大御神より、皇御孫命の御代々々、天の下知し召す、御政のやうを御傳へあそばし、扨、御代御代の天皇其の御依しのまにまに、己命の御さかしらを御加へあそばさず、天地と共に御世しろしめすことぢゃが、此の道を神道と申した」(真の神道とは天つ神・高皇産靈神、神皇産靈神を始めとして、伊邪那岐伊邪那美神が継承された功徳は天照大御神に傳へられ、皇孫・邇々杵尊が天降りあそばされる時、以上の神々より天の下を統治されるまつりごとを傳へられ、それから、ご歴代の天皇は神々のご依託のままに、ご自分のお考へをお加へにならず、天地と共に御代を統治されることだが、この道を神道と申した、といふほどの意)と論じてゐる。

 

『萬葉集』にも「神ながら」といふ言葉は多く登場する。

持統天皇が吉野の離宮に御幸されましし時、供奉した柿本人麻呂の長歌では、

 

「やすみしし わが大君 神ながら 神(かむ)さびせすと 芳野川 たぎつ河内に 高殿を 高しりまして…」(「やすみしし」は「わが大君」に掛かる枕詞)

わが大君が神であるままに、神様らしく振舞はれるべく、吉野川の激しく流れる川の谷間に、高殿を高々と建てられて…)と歌はれてゐる。

 

 そして、反歌には、

 

「山川も よりて奉れる 神ながら たぎつ河内に 船出するかも」(山も川も信服して仕へ奉る大君は、神であられるままに激しく流れる吉野川に船出をされることだなあ、といほどの意) と歌はれてゐる。

 

さらに、軽皇子(かるのみこ。天武天皇・持統天皇の皇孫。後の文武天皇)が阿騎野といふところで狩りをされ、その夜そこに宿られた時に、お供をした柿本人麻呂が歌った歌では、

 

「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子 神ながら 神さびせすと…」(わが大君、日の神の皇子は、神であるままに、神様らしくふるまはれるべく…)

と歌はれてゐる。

 

この歌には、天皇の御行動が、そのまま神の御行動であるといふ現御神信仰を歌ひあげてゐる。そればかりでなく「やすみしし わが大君 高照らす 日の皇子」といふ対句には、「現御神日本天皇」の御本質と、日本天皇の國家統治の御本質が、高らかに信仰的に歌ひあげられてゐるのである。

 

 大君に掛かる枕詞の「やすみしし」は、持統天皇に捧げられた歌には「安見知之」、軽皇子に捧げた歌では「八隅知之」と、萬葉仮名では表記されてゐる。前者は、「やすらけくこの國をしろしめす」といふ意であり、後者は、「四方八方をしろしめす」(八隅は八紘と同じ意)といふ意である。「やすみしし」といふ枕詞は、日本天皇が平安に四方八方を統治される御方であるといふことを表現してゐる。

 

「高照らす 日の皇子」とは、高く照らす太陽神たる天照大御神の御子といふ意である。

 

「日本天皇は天照大御神の御子としてこの地上の中心に立たれ四方八方を平安に統治されるお方である」といふ現御神信仰がこの対句に示されてゐるのである。

 

 これら人麻呂の歌で用いられてゐる「神ながら」は、「神」の「柄」(その物に本来備わっている性質、性格。本性の意。人柄の柄と同じ)といふ意味だとされてゐる。「な」は助辞で「の」の意。そして「ある行動などが、神としてのものであるさま。神の本性のままに。神でおありになるさまに」「ある状態などが、神の意志のままに存在するさま。神の御心のままに」といふほどの意味になる。

 

以上、『日本書紀』『万葉集』の「神ながら」といふ言葉の意義を踏まへて「神ながらの道」を定義すれば、「自分の私心を加へないで、神の御意志通りに、神のなさることをそのまま踏み行ふ道」として良いかと思ふ。天地自然と祖靈を神として仰ぐところの人為の理論・教条ではない虚心坦懐な信仰が、「神ながらの道」である。

 

我々の生活が神のみ心通りの生活になり、神のご生活と我々の生活が同じになることをことが「神ながら」なのである。一言で申せば『神人合一』の生活である。

 

そしてその神とは抽象的な概念ではなく、天地自然と共に生きたもう神である。熊沢蕃山は、「天地は書なり。萬物は文字なり。春夏秋冬行はれ、日月かはるがはる明らかなり。これ神道なり」(集義外書・巻十六)と述べてゐる。

 

天地の神の祭り主であらせられる天皇は、地上に生きたまふ神として、天上の神々と同じ資格になられ日本國の祭祀主として立たれるといふのが「現御神信仰」である。祭祀主たる天皇のお役目・御使命は、天上の生活を地上に持ちきたすことである。天孫降臨の神話は、そのことを物語ってゐる。

 

そして、天上と地上とを神のみ心のままに合一せしめるお役目を果たされる現御神日本天皇の神聖性をかしこむことが、日本人の道徳生活の基本である。わが國においては、天皇への絶対的な仰慕の心が道義の基本なのである。天皇は神々の道を踏み行はせられ、我々國民は天皇の行ひたまふ道に随順するのがわが國の道徳生活の基本である。

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