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2018年1月16日 (火)

神道とは祭祀を基本とし、國民の生活と共に継承されてきた信仰である

 

日本傳統信仰を神道といふ。神道とは、日本民族生成以来の民族信仰である。そして日本民族の形成する共同体と共に継承されてきた信仰である。神道は日本民族および日本國と一体の信仰である。日本の神々への信仰を基本とし、太古より行はれ続けてゐる神々への祭祀を基本行事とする。そして祭祀共同体國家日本の最高の祭祀主が天皇であらせられる。日本國民の生活の中に生まれ生活と共に継承されてきた「祭り」を基本とする信仰が神道であると言って良いと思ふ。

 

葦津珍彦氏は、次のやうに論じてを等れる。

「神道とは、日本民族に固有の精神であり、文化でもあるが、それを精緻に理論的に分析すれば、それは多用な宗教的精神信条をふくんでゐる。そこに日本國固有のものとしての共通性もあるが、相異なる特殊の多様性の存在をも否定しえない。それを総称して、『惟神の大道』といふのであらうが、その主流、源泉を形成したものとして全國に鎮座するところの神社がある。」

「神道とは、一人の天才の教祖の教義に源流する仏教やキリスト教とは異なってゐる。それは、数千年の日本民族大衆の精神生活の中で、自然成長的に育成されて来た民族固有の精神の総称である。そこには複雑にして多様な精神が、ふくまれてゐる。それは多くの祖神や郷土の自然神への信仰もあり、水野練太郎(四宮註・昭和初期の内務官僚)のいふやうに異國渡来文化の日本的土着化的影響もある。それを、すべて教義化しようとしても、特定一宗教の一教會『一教団』として統一し得るものではない。古来いくたのニュアンスの異なる神道流派を生み出し、明治維新後においても、各流派の神道説が相対決したのも当然である。…強ひて宗教か非宗教かを論ずるとすれば、各流各派の日本固有の宗教をふくむものであって、特定の一宗教として限定すべきでないといふのが、公正なのであらう」(『國家神道とは何だったのか』)。

 

神道は共同体信仰であるから、日本の天皇中心の國體と一体である。また、日本人の心の奥深く、あるいは意識の深層に脈々と流れ、何か事が起るとそれに応じて表面の意識に働きかけ、行動にまで駆り立てる精神が神道精神である。國民道徳・政治・法律・芸術・文化の根底にあるものである。

 

「神道」といふ言葉自体、わが國に仏教や儒教が傳来した後にそれと区別するために生まれてきたのである。『日本書紀』の用明天皇の巻並びに孝徳天皇の巻に見えるのが最も古い「神道」といふ言葉の用例である。神道は、教祖はゐない。また、独善的な教条・思想体系・神學大系はない。したがって独善的教条の布教活動は行はない。

 

明治維新後、政府は、近代における國家建設のために、神道を國民精神の基盤にしようとした。しかし、政府権力が特定の宗教を援助するといふ批判を避け、政教分離の原則、信教の自由の原則を守るために、「神社神道は宗教ではないから、國民個人の信仰とは相矛盾しない」といふことを強調しなければならなかった。つまり明治以後の「國家神道」とは、神社神道から宗教性を除去したものとなった。

 

たしかに神社神道は、教祖がをり、独善的な教条・思想体系・神學大系を持ち、布教活動を行ふ一般の教団宗教とは異なる。したがって「神道非宗教論」が、「神道は教団宗教ではない」「神道は一般宗教とは次元を異にする宗教である」といふ意味なら正しい。しかし神道が「宗教ではない」といふのは誤りである。

 

神社は、國家の功労のあった人を記念する無宗教の施設ではない。さうした考へは、今日問題になっている無宗教の戦没者慰靈施設と同じである。偉人・賢人を顕彰するのみの儀礼行為およびその施設が神社神道なのではない。神道の祭りは、本居宣長のいふ「尋常ならず、すぐれた徳のありて、可畏しこきもの」を神として祭るのである。祭祀は宗教行為であり信仰的行事である。

 

宗教とは、神といふ根源的な大いなる存在との一体観(神道の祭祀はまさに神人合一の行事である)によって共同体および個人の安穏を得ることである。「宗教性」とは、神靈を信ずることである。神靈を除去した神道そして神社といふものはあり得ない。日本國中の神社に祀られている天地の神々を信仰し祭祀する宗教が神道であり、その祭祀主が天皇であらせられる。

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