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2017年11月25日 (土)

明治維新の基本精神は「復古即革新」「保守即変革」であった

 

わが国史上最大の変革であった明治維新はまさに国民の心の底に潜む伝統精神を呼び覚ましこれを核として変革を断行した変革であった。明治維新の基本精神は、「尊皇攘夷」即ち肇國以来の天皇を君主氏仰ぐ國體の本姿および日本民族の傳統信仰を回復して國家體制を革新し外國からの侵略を防ぐという精神である。それは復古即ち神代への回帰は現實の革新と一體であるという「復古即革新」の理念である。維新は革命ではないといわれる所以である。

 

こうした明治維新の根本精神は、『王政復古の大号令』と『五箇条の御誓文』に示されている。

 

明治天皇が慶応三年(一八六七)十二月九日に発せられた『王政復古の大号令』には、「諸事神武創業ノ始ニ原(もとづ)キ、縉紳(しんしん:公家)、武弁、堂上、地下(ぢげ)ノ別ナク、至当ノ公議ヲ竭(つく)シ、天下ト休戚(きゅうせき)ヲ同シク遊(あそば)サルヘキ叡慮ニ付キ、各(おのおの)勉勵、舊来ノ驕惰ノ汚習ヲ洗ヒ、盡忠報國ノ誠ヲ以テ奉公致スヘク候事。」と示されている。

 

明治天皇が慶応四年(一八六八)三月十四日、天神地祇に新しい國家の方針を誓はれた『五箇条の御誓文』には、「我國未曽有ノ変革ヲ為サントシ,朕躬(ちんみずから)ヲ以テ衆ニ先ンジ,天地神明ニ誓ヒ,大ニ斯國是ヲ定メ萬民保全ノ道ヲ立ントス。衆亦此旨趣ニ基キ協力努力セヨ」と示されている。

 

さらに、『五箇条の御誓文』の制定にあたって、明治天皇が神祇に捧げられた祭文中には、「今ヨリ天津神ノ御言寄(コトヨサシ)ノ随(ママ)に、天下ノ政ヲ執行(トリオコナ)ハムトシテ…」と示されてゐる。

 

天皇國日本の原初即ち神武創業に回帰することが明治維新の基本精神であった。明治維新は、神武創業への回帰、道統の継承、「祭政一致」の回復が第一義であった。そしてこうした伝統回帰の精神を基盤として、外国の文化・文明を大胆に取り入れた変革が行われた。

 

葦津珍彦氏は、「明治維新は日本の近代的統一国家を生み出した精神を、近代的ナショナリズムをよぶとすれば、その精神の基礎となったのは、日本民族の天皇意識(國體意識)であった」と論じている。

 

明治維新が力強く生き生きとして創造性に富む変革となった原因は「諸事神武創業ノ始ニ原カム」とする御精神と「我國未曽有ノ変革」といふ御自覚である。しかもこの二つの精神は、明治天皇の大御心として全國民に示された。復古の精神を基本に置きつつ自由大胆なる変革が断行できた。

 

神武建国の昔に回帰せんとした明治維新は単なる政治変革ではなかった。日本の伝統への回帰を目指したのである。そして日本の道統への回帰がそのまま現状の変革になった。「維新とは復古即革新である」とはそういう意味である。

 

日本が、大胆に外来文化・文明を受容しながらも、傳統文化を喪失することなく日本の独自性を護ることが出来た強靭性を持っていたのは、天皇・皇室のご存在があったからである。近代化・文明開化においても、天皇・皇室が、積極的に外来文化・文明の受容を推進するご意志を示された。

 

明治天皇は明治維新の基本理念が示された『五箇条の御誓文』(明治元年三月十四日)において、

「旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ」

智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ」

と示された。

 

さらに、御製において

「よきをとりあしきをすてゝ外國におとらぬ國となすよしもがな」

「世の中の人におくれをとりぬべしすゝまむときに進まざりせば」

と詠まれた。

 

明治天皇は「皇基ヲ振起スヘシ」「あしきをすてて」と示されている。日本近代化にあたって、大いに欧米をはじめとして外國文化・文明を取り入れ學ぶとしても、それは無原則に取り入れるのでない。あくまでも、わが國の傳統に合致せずわが國の國柄を破壊する要素のある悪しき事はこれを排除するのである。

つまり、日本文化の独自性・傳統を維持しつつ外来文化文明を包摂して来たのである。「和魂漢才」「和魂洋才」はわが國の古代からの文化道統である。

 

日本傳統精神に回帰しつつ、徹底した大変革を行ったのが、明治維新の基本精神であった。まさに「復古即革新」「保守即変革」である。未曽有の危機にある現代においてこそ、この理念が継承されるべきである。

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