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2017年11月24日 (金)

「國家神道」が國家國民を戦争に駆り立てた」とするのは荒唐無稽の妄説

『神道指令』に登場した「國家神道」とはどういう定義なのか

大東亜戦争終結後、アメリカ占領軍は、わが國が二度と再びアメリカに刃向かうことのないようにするために日本を弱体化せんとして、様々な占領政策を行なった。その一つが、『神道指令』である。「日本が侵略戦争をした根源は『國家神道』にある」という考え方が蔓延しているのは『神道指令』が原因である。

『神道指令』に登場した「國家神道」という言葉は、一体どういう定義なのであろうか。「國家」と「神道」が結合している言葉であるが、小生には何となくいかめしく感じられる。小生は日本各地の神社に参拝させて頂いているが、各地の神社にお参りすればするほど、日本の神々は明るく大らかで平和な神々であると実感する。この精神を世界に広めることが大切だと思う。

「神ながらの道」という言葉の響きと「國家神道」という言葉の響きとは、随分違うように思われる。

村上重良氏は「國家神道」について、「明治維新から大東亜戦争終結までの約八十年間日本國民を支配していた國家宗教であり、宗教的政治制度であった。日本の宗教はもとより國民の生活意識の隅々に至るまで広く深い影響を及ぼした。日本近代は思想・宗教に関する限り國家神道によって基本的に方向付けられてきた」「それは近代天皇制の宗教的表現であり、神仏儒の公認宗教の上に君臨する、内容を欠いた宗教であった」「國家神道の原理を克服し、残影を消し去ることが民主主義に立つ政教関係を確立して、信教の自由を擁護するための不可欠の課題である」「國家神道は、まぎれもない國教であった」「教育勅語が國家神道の教典である」と論じている。(『國家神道』)

こうした考え方は、左翼だけでなく、今日、与党の一角を占めている公明党・創価學會の「反靖國神社」「反神社神道」の理論的根拠の一つになっている。

「國家神道」は決して戦前の問題ではない。皇室祭祀が「天皇の私的行為」などとされているのは、「皇室祭祀を『公的行事』とするのは『國家神道』の復活だ」という批判があるからである。また、靖國神社國家護持・総理大臣公式参拝に反対している勢力は、「國家神道の復活を恐れる」ということをその根拠の一つにしている。このように「國家神道」の問題はまさに今日的問題なのである。

村上重良氏は、「國家神道は内容を欠いた國家宗教に落ち着くほかはなく、國民の生活意識から遊離した制度上の宗教にならざるを得なかった」(國家神道)と断定している。神社神道が内容を欠き國民の生活意識から遊離していたのなら、國民の意識を支配することができない。それどころか影響を及ぼす事すらできず、國教には到底なり得ない。これは國家神道國教論と矛盾した論議である。

村上氏がいかに日本史に対して大きな誤解というか偏見を持った上で神道を論じているかは、次の記述に明らかである。「日中戦争下の一九三九年(昭和一四)に創建され、未鎮座のままに終わった官幣大社扶余神宮は…扶余の地に『内鮮一体』をあらわす神社としてつくられたが、その祭神は、応仁、斉明、天智の三天皇と神功皇后で、古代における朝鮮侵略の担い手たちが、神として植民地朝鮮に降臨したのである」(國家神道)

愚かな事を書くものである。斉明天皇・天智天皇が出陣せられた白村江の戦いは、わが國と友好関係にあった百済を、唐・新羅連合軍からの侵略から救うための戦いであったのだ。決してわが國による朝鮮侵略ではない。また、神話時代の伝承をそのまま歴史的事実として論じ、「日本は古代から朝鮮を侵略した」などと断じるのは全く誤りであり、村上氏の好きな言葉でいえば「時代錯誤」である。

一事が万事である。村上氏は「天皇を中心とした歴史と伝統の國日本」を破壊しようとして、過去の日本の歴史を罵り否定しているのである。そういう基本的立場から、「戦前の日本は、権力と一体となった神社神道(國家神道)を國教とした時代錯誤の帝國主義・軍國主義國家だ」と言い張っているのである。

日本人のナショナリズムは、尊皇精神・神國思想の勃興・甦りと一体である。

「國家神道」という言葉は、前述したように、「國家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並に弘布の廃止に関する件(神道指令)」(昭和二十年十二月十五日 連合國最高司令部日本國政府宛覚書)に登場した言葉である。戦前において一般的に用いられていた言葉ではない。

この「神道指令」には「本指令の目的は宗教を國家より分離するにある、また宗教を政治的目的に誤用することを防止し正確に同じ機會と保護を与へられる権利を有するあらゆる宗教、信仰、信条を正確に同じ法的根拠の上に立たしめるにある、本指令は啻に神道に対してのみならずあらゆる宗教、信仰、宗派、信条乃至哲學の信奉者に対しても政府と特殊の関係を持つことを禁じまた軍國主義的乃至過激なる國家主義的『イデオロギー』の宣伝、弘布を禁ずるものである。本指令の中にて意味する國家神道なる用語は日本政府の法令に依つて宗派神道或は教派神道と区別せられたる神道の一派(國家神道或は神社神道)を指すものである」と書かれている。

当然のことながら「國家神道」という言葉は、英語を我が國語に翻訳した言葉である。「State Shinto」という言葉が、「國家神道」と翻訳された。state とは権力機構としての國家を言う。自主独立した主権のもとの共同体としての國家(nation)や、同一國民が帰属する共同体としての國家(country)とは異なる。あくまでも國家権力を意味する。

國家権力が宗教と一体となることは、他の宗教を認めないどころか権力によってこれを弾圧し消滅させることがある。一神教や共産主義というイデオロギー宗教と一体であった國家権力はこうした事を行なったし、現に行なっている。『神道指令』の言う「國家神道」とは、「國家権力と一体となって排他独善の一神教的神道イデオロギーを宣伝し弘布する神社神道」のことらしい。

そして、村上重良氏は,この國家神道体制が、明治維新から終戦までの八十年間の長きにわたってわが國において確立されて、神社神道が國家権力と一体となり他の宗教をすべて否定し弾圧し圧迫してきたと主張している。そしてそれが「侵略戦争」を推進し日本國を破滅させたというのである。

しかし、戦時下にあっては何処の國でも思想統制を行なう。わが國においても昭和十年代にそうした事が行なわれた。しかしそれは、神社神道と國家権力が一体となって行なったのではない。戦前の神社神道が國家権力と一体となって教団宗教を弾圧したなどということはない。

神社神道すなわち全國の神社は、戦時体制となった昭和十年代(満州事変以降)においても、古来からの祭祀を続けていただけである。一体、日本國中の神主が、声を嗄らして戦意高揚の演説を行ない戦争を煽ったなどということは、ごく一部の例外を除いてなかった。

神社神道は、明治十年代ごろから「宗教ではない」とされて、神社及び神官が神道思想普及する事が憚られる状況にあった。神道思想さえ宣伝出来ないのに、政治問題・外交問題などについての意見を神官が氏子などに説く事は、余計憚られた。

葦津珍彦氏は、「大東亜戦争で人心が極度に緊張するとともに、在野の熱烈な神國思想が猛然として國民の間に広まった。しかし『帝國政府の法令に基づく國家神道』の世俗合理主義的言論からは、國民の内心に感動を与へ、確信を与へるものは出て来なかった。」(國家神道とは何だったのか)と論じておられる。

大東亜戦争という國家存亡の危機に際して、日本人のナショナリズムが高揚した。大東亜戦争中、全國津々浦々の神社で戦勝祈願が行なわれたことは事実である。日本人のナショナリズムは、尊皇精神・神國思想の勃興・甦りと一体である。白村江の戦い前後の唐・新羅連合軍侵攻の危機、元寇、明治維新、大東亜戦争がそういう時であった。そのような時に、神社への参拝が盛んになり、神社神道の基本行事である祭祀によって戦勝祈願が行なわれるのは当然の事である。戦勝祈願は全国の神社仏閣で行はれたのである。「國家神道(=國家権力と一体となった神社神道)が戦争を煽った」とするのは荒唐無稽の妄説である。

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