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2017年10月 5日 (木)

『おごるなよ 月の丸さも ただ一夜』

本日は、満月であった。

夜空を見上げるとまんまるの月が煌々と照り輝いていた。暫くそれを眺めていた。そして次の歌を思ひ出した。

 

『たゞよへる 雲の彼方に まんまるに 澄み切る月ぞ わが相(すがた)なり』谷口雅春

 

『おごるなよ 月の丸さも ただ一夜』仙崖義梵

 

『この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の欠けたる事も なしと思へば』藤原道長

 

谷口雅春氏の歌は、人間は本来神の子であり完全円満であるといふ生長の家の教義を詠んだ歌である。仙崖義梵は江戸時代の名僧で、これは、人間は謙虚さが大切であるといふことを詠んだ句である。藤原道長の歌はあまりにも有名であるが、好きな歌ではない。

 

個人的体験を述べれば、私が中學生の時に読んだ谷口雅春氏の著書『若人のための七八章』といふ本に「『たゞよへる雲の彼方にまんまるに澄み切る月ぞわが相(すがた)なり』これは或る晩、月を眺めながら私の詠んだ歌であります。…雲が暗澹とたれ込めているように見えておっても…ほんとうはお月様に雲がかかったことはないのであります。實は地球に雲がかかっているために、この地球から見るからお月様に雲がかかっているように見えている。お月様のほんとうの相(すがた)、すなわち、實相は圓満玲瓏としてどこにも雲がかかっていないので、これがほんとうの相、すなわち實相というものであります。われわれの生命の實相、すなわち生命のほんとうの相というものは、實に圓満玲瓏なるものであって、いまだかつて雲がかかったことがない。…實相のほか何もない。…見えるすがたの奥にほんとうのお月様があるように、ほんとうの完全な生命(いのち)がある」と書かれてあった。

 

私が「月」を主題とする歌を讀んだのはこの文章が最初であったかと思ふ。

 

日本人は上代から今日に至るまで、月を愛で、月を拝み、月を歌って来た

お月様、お日様、お星様といふ言葉がある。日本人は自然を尊び愛し敬意を持ってゐることの証しする言葉である。英語にかういふ表現があるのであらうか。「ミスター・ムーン」「ミス・サン」「ミスター・スター」といふ言葉はないのではないか。

 

日本人は歌や俳句によく「月」を詠む。日・月・星の中でも、月が最も日本人に親しまれて来たと思はれる。日常生活において、「月」は最も親しい自然景物なのではないか。

 

月讀命は、神話物語に一回しか登場せず、全國の神社に祀られることは少なかったが、「月」は日本人の愛され続けてきた。日本人は「月」をこよなく愛した。古代以来、國民一人一人が生活の中で「月」に親しんできた。だらこそ、あらためて「神やしろ」に神として祀ることがなかったのでなからうか。

 

月讀命が神やしろに祀られることが比較的少なく、且つ、月讀命が神話物語にも一回しか登場しないにもかかはらず、『萬葉集』から現代日本の歌・歌謡に至るまで、「月」を題材とした作品は数多い。これは實に不思議である。「神としての月」はあまり祀られないのに、「月」そのものは古代から現代に至るまで日本人に親しまれ、愛され続けてゐる。

 

月を眺めて楽しむことを「月見」と言ふ。「月見」は、主に旧暦八月十五日から十六日の夜(八月十五夜)に行はれる。野口雨情作詞・本居長世作曲『十五夜お月さん』といふ童謡もある。この夜の月を「中秋の名月」と言ふ。

 

折口信夫氏は次のやうに論じてゐる。「月見の行事の心の底には、昔から傳ってゐるお月様を神様と感じる心が殘ってゐる。さういふ風に昔の人が、月夜見命などゝいふ神典の上の神とは別に、月の神を感じて居り、その月の神に花をさしあげるのが、月見といふのです。月見はお月さんのまつりのことです。……神が天から降りて來られる時、村里には如何にも目につく様に花が立てられて居り、そこを目じるしとして降りて來られるのです。昔の人はめいめいの信仰で自分自身の家へ神が來られるものと信じて、目につくやうに花を飾る訣なのです」(『日本美』)

 

この折口氏の論述で注目されるのは、日本人の多くは、月夜見命といふ神典の上の神とは別に、月の神を感じていたとしてゐることである。これは一体どういふことか。

 

上代から今日に至るまで、日本人は月を愛で、月を拝み、月を歌って来た。しかしそれは、『記紀』に登場する「月夜見命」を拝んだり祭ったり歌ったりしてきてゐるのではなく「めいめいの信仰」で神と仰いだと、折口氏は言ふのである。

 

自然は美しい。特に「月」は、日本人に愛されてゐる。歌に俳句によく詠まれる。月が人間にやすらぎを与へるからであらう。月の不可思議な光は、恋に悩めるものを慰め、労はってくれる。それは日本人特有の信仰精神と美意識に深くかかはる。古来日本人は、夜空に浮かぶ月を見て格別の詩情をそそられ、月もまた何事かを地上の人間に語りかけて来た。われわれ日本人は、これからも自然と共に生きる姿勢を保っていかなければならない。人間の力が自然を征服するなどといふ傲慢な考へ方を持たず、自然の命を尊び、自然に「神」を見なければならない。自然に宿る神々に畏敬の念を持つことが大切である。

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