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2017年10月 6日 (金)

天皇中心帰一の國體精神と國難打開

 

幕末期における現御神信仰・尊皇精神の興起は、勤皇の志士たちのみならず、一般庶民においても旺盛であった。伊勢の皇大神宮への民衆の集団参拝(いはゆる御蔭参り)が行はれ一般庶民の皇室の御祖先神に対する信仰が大きく復活してきてゐた。天保元年(一八三〇)には、御蔭参り参加者が閏一月から八月までで五百萬人に達したといふ。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないといふことが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君萬民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

 

國家の独立と安定と統一を保持するには、日本の伝統と自主性を體現される御存在=神聖君主日本天皇を中心とした國家體制を確立しなければならなくなった。欧米列強の侵略から祖國日本を守るための國家體制は、神話時代からの伝統的君主である天皇を中心とする國家でなければならないといふことが全國民的に自覚されるようになった。そして、一君萬民の國體を明徴化する明治維新が断行されたのである。

 

西欧列強の日本侵略から日本を守りぬくためには、全國的な統一國家建設が絶対必要条件であった。封建的各藩の分立を廃して統一國家を建設しなければならない。國家の中心を正しく確立しなければならない。もっともっと強力な國家統一・國家体制強化の牽引力が必要であった。この牽引力は、単に権力・軍事力に依拠するのでは駄目である。もともと戦國時代の武士の覇権争いの勝者・覇者にすぎなかった徳川氏は、その力を喪失してしまへば、國を支配者たるの地位も失ふのである。

 

「東照大権現」などと徳川家康の神聖性を強調しても、たかだか二百余年前に天海といふ僧侶によってつくりあげられた宗教的権威・疑似神話ではとても全國民的に精神的統一の中心とはなり得なかった。全國民が真に日本民族としての運命共同意識を強く保持し燃え立たせ得る精神的な基盤に依拠しなければならない。さうした精神的基盤は、神代以来の神聖権威の体現者・保持者であらせられる日本天皇への尊崇の念即ち尊皇精神であらねばならない。

 

和辻哲郎氏は、「明治維新は尊皇攘夷という形に現わされた國民的自覚によって行われたが、この國民的自覚は日本を神國とする神話の精神の復興にもとづき、この復興は氏神の氏神たる伊勢神宮の崇拝に根ざしている。原始社会における宗教的な全体性把捉が高度文化の時代になお社会変革の動力となり得たというような現象は、実際、世界に類がないのである。」「(註・明治維新で)封建制度は再び顛覆せられた。中央集権的國家は再び形成せられた。永い封建制度の間を通じて権力なき権威であった天皇の権威は、依然として将軍の権力よりも上にあり、依然として國民の全体性を表現するものである、ということが明白に示された。原始的な信仰は決して死んではいなかった。」(『風土』)と論じてをられる。

 

皇祖神たる天照大御神は伊勢皇大神宮に祀られると共に、天皇がその地上におけるご代理=現御神としての役目を果たされた。

 

日本民族精神の基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。日本國民の國を愛する心の特質は、「尊皇攘夷」「尊皇愛國」といふやうに萬邦無比といはれる日本國體の精神即ち天皇尊崇の心と一体であるところにある。今日の外患の危機も、日本國民が、天皇中心帰一の國體精神を正しく体得し、強い愛國心を持つことによって打開できると確信する。

 

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