« 千駄木庵日乗九月十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十二日 »

2017年9月12日 (火)

ゾルゲ・尾崎による謀略工作と今日の『反戦平和運動』

大東亜戦争・第二次欧州大戦の結果、最も利益を獲得した国家はロシア(旧ソ連)である。アジアにおいてもヨーロッパにおいてもその勢力範囲を飛躍的に拡大した。ロシアこそ第二次世界大戦における最大の侵略国家なのだ。

 

そのロシアの手先となって日本を戦争へ追い込むための謀略を行なったのが、リヒャルト・ゾルゲであり、その協力者の尾崎秀実(朝日新聞記者。後に近衛内閣嘱託)である。彼等は平和のために働いたのではなく、日本に戦争を起させるために様々な謀略活動を行なったのである。ゾルゲと尾崎は平和の敵であり祖国日本の敵であった。

 

ゾルゲは、東京のドイツ大使館を拠点として、わが国政府の機密情報を収集してロシアに流しただけでなく、わが国をシナ大陸における泥沼の戦いそして日米戦争に駆り立てる謀略を行なった〈民族の敵〉である。

 

ゾルゲは、『日ソ不可侵条約』を一方的に踏み躙って侵略戦争を行ない、多くの日本国民を殺戮し、シベリアで強制労働を課して死地に追いやり、且つ、南樺太全千島というわが国固有の領土を奪ったろしあから、一九六四年に『ソ連邦英雄』の称号を与えられた。

 

ゾルゲの共犯・尾崎秀実は、近衛内閣の嘱託という立場を利用して、諜報活動を行なっただけでなく、近衛内閣の政策決定に影響を与え、支那事変・日米開戦を煽動し、わが国を敗戦へと導いた。

 

彼等二人の目的は、わが国の対ソ戦突入を回避せしめ、支那大陸での戦いそして南方への進出を煽動して、対米英戦争に突入せしめるにあった。

 

これは、レーニンの「社会主義の勝利にいたるまでの基本原則は資本主義国家間の矛盾対立を利用して、これら諸国を互いにかみ合わすことである」(一九二〇年十一月、モスクワ共産党細胞書記長會議)という戦略、そして、一九三五年にモスクワで開催された『第七回コミンテルン大会』において決定された「米英と日独という資本主義国家同士を戦わせて、双方とも疲弊させ、ソ連への圧迫を排除して上で、米英を打倒してソ連の世界制覇を実現する」という戦略に基づくものであった。

 

さらに昭和七年(一九三二年)八月~九月のコミンテルン第一二回総會が行なった決議は、米英仏日独といった『帝国主義列強』を互いに対立させ、戦争に追い込め、という戦略指令であった。日本について言えば、①日本を米国との戦争へ追い込め、②日本がソ連を攻撃するのを阻止せよ、ということが書かれていた。

 

ソ連共産党の謀略機関も、ソ連政府の外交機関も、この目標に向けて一斉に活動した。ゾルゲ機関は、日本の政治中枢や軍部へ浸透を図って米国との対決路線に追い込み、また、マスコミにも、反米英主義(『鬼畜米英』)を吹き込んだ。一方、米国内でも、ソ連の手先によって排日機運の盛り上げが工作されていた。

 

その頃、『日ソ中立条約』の締結があったので、日本国民は『北辺の安寧』(ロシアが攻めて来る危険はなくなったということ)が保障されたと安心した。かくて、日本軍部の進路は米英との対決以外になくなったし、したがって日本がナチスドイツと呼応してソ連を挟撃する恐れもなくなった。ゾルゲ機関を駆使したソ連共産党の謀略は成功したのである。

 

わが国と蒋介石政権が全面戦争に突入した原因である西安事件も蘆溝橋事件も、ソ連と中共の謀略であったという説が有力である。

 

ソルゲと尾崎は日本国内において以上のような謀略を実行したのである。『革命の祖国・ソ連』を守る為に日本を「北進」させてはならず、そのために「南進論」を煽ったのである。また、日本と蒋介石政権の和平を図る動きを妨害したのもゾルゲと尾崎である。

 

ゾルゲと尾崎を筆頭とするわが国内のコミンテルンのエージェントたち(西園寺公望、風見章など)は、昭和十年代に入ってわが国内で澎湃と湧き起こって来た「国家革新」「東亜解放」という正義の主張をたくみに利用して、日本がソ連よりもアメリカ・イギリスを主敵とし、ソ連と戦うよりも「米英を撃つべし」という世論を煽ったのである。

 

昭和十六年十月十五日、ゾルゲと尾崎は検挙されたが、わが国政府はゾルゲをすぐには処刑せず、ソ連と捕虜交換交渉を行なったが、ソ連はこれを拒否した。ゾルゲを死地に追いやったのはソ連である。

 

東京多磨霊園にあるゾルゲの墓には、「戦争に反対し世界平和のために生命を捧げた勇士ここに眠る」と刻まれている。事実は全く逆で、吹き出したくなるような文句である。また、墓石正面の上部にはソ連から送られた勲章の形が刻まれている。こんな墓がわが国内にあること自体許されざることである。ゾルゲの遺骨はロシアに送り返すべきだ。

 

繰り返し言う。ゾルゲと尾崎が反戦平和のために働いたなどというのは全く嘘出鱈目であって、彼等こそ日本そしてアジアを戦争に追い込んだ張本人なのだ。

 

日本は今、共産支那・北朝鮮の軍事攻撃、侵略の危機にさらされている。今日の日本において、「反戦平和」「反核」「反米軍基地」の運動を行っている連中は、自覚するとしないとに関わらず、事実上、共産支那・北朝鮮にの手先となっていると断言してはばからない。

|

« 千駄木庵日乗九月十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十二日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/65779979

この記事へのトラックバック一覧です: ゾルゲ・尾崎による謀略工作と今日の『反戦平和運動』:

« 千駄木庵日乗九月十一日 | トップページ | 千駄木庵日乗九月十二日 »