« 千駄木庵日乗九月十五日 | トップページ | 宮崎学氏による「テロ等準備罪・盗聴法を考える」と題する講演内容 »

2017年9月15日 (金)

言靈の復活

一切の改革・変革の基本に、言靈の復興がなければならない。言葉が意志伝達の手段としか考へられなくなり、人間が言葉への畏れを無くした時、人氾濫し濫用された時、文化と道義は頽廃し、人間は堕落する。それが現代社会である。

 

言葉への畏れを喪失するといふことは、言葉を単なる情報伝達の手段と考へることである。「言葉は意志伝達の手段、人間の扱ふ道具だ」といふ観念が、國語の軽視と破壊の原因である。言葉が単なる情報伝達の手段であるのなら、なるべく便利で簡単で負担が少ない方が良いといふことになる。漢字制限はさういふ安易な便宜主義・目先の理由によって行はれたと考へる。

 

それは言靈の喪失である。現代ほど言靈が軽視されてゐる時代はない。文藝においてすら言靈を喪失してゐる。そして日本人の魂は、今、よすがなく彷徨ってゐるやうに思へる。さまよへる魂を鎮め、鎮魂し、再生させるために、やまとことば・言靈の復活が大切である。それは、言靈が籠り、天地(あめつち)を動かし目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせる「やまと歌」の復活である。今日において、まさに、「國風文化」が復興しなければならない。

 

 「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が必要なのである。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来てゐる民族の共同精神を表白し訴へるものとしての和歌を詠んでゐる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが日本が再生した時代である。和歌の力といふものの偉大さを今こそ実感すべきである。

|

« 千駄木庵日乗九月十五日 | トップページ | 宮崎学氏による「テロ等準備罪・盗聴法を考える」と題する講演内容 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/65795045

この記事へのトラックバック一覧です: 言靈の復活:

« 千駄木庵日乗九月十五日 | トップページ | 宮崎学氏による「テロ等準備罪・盗聴法を考える」と題する講演内容 »