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2017年8月26日 (土)

天皇・皇室に関はる御事を権力機関で議論し決定すべきではない

『御譲位』『皇室典範』が「政治問題」となって、國會といふ権力機構で論議されている。しかし、天皇・皇室に関することは、一般の政治問題とは全くその性格を異にしてゐる。否、「性格を異にする」などといふ生易しいことではない。天皇國日本といふかけがへのない信仰共同體・祭祀國家に関はる重大問題である。

 

日本天皇の御位は、他國の王位・元首の地位とは全くその本質が異なる。また、皇位繼承は、他國の王位繼承・元首の選び方・権力者交代システムとは全くその本質を異にする。

 

日本天皇の御位即ち「皇位」は権力者の地位では絶対にない。神代以来の精神的道統を繼承する祭祀主・すめらみことの「御位」である。従って、天皇・皇室に関はる御事を権力機関で議論し決定すべきではない。

 

また皇室に関する事柄は、日本の傳統的な「神観」「國體観」「天皇観」「人間観」に回帰して論じられるべきである。それが大前提である。

 

人間を単なる肉體ととらへる近代西洋の生物學、國家を権力機構ととらへる近代西洋の國家論によって日本國體・皇位繼承を論ずるべきではない。また、外来政治思想に影響されてはならない。

 

もちろんわが國は、外来の思想・宗教・科學などを包容摂取して来た歴史を持つ。しかし、外来文化の包容摂取は天皇を祭祀主と仰ぐ日本國體精神を基盤として行はれてきた。天皇のご存在が、日本國が外来文化を大いに取り入れながらも、日本國の独自性を喪失しなかった根幹である。

 

日本國體精神の中核は、日本天皇の祭祀である。祭祀主日本天皇は、純粋なる日本傳統精神を原基であり中核である。

 

北畠親房は『神皇正統記』において、「応神天皇の御代より儒教ひろめられ、聖徳太子の御時より、釈教をさかりにし給ひし、これ皆権化の神聖(かみ)にましませば、天照大神の御心を受けて我國の道を広め深くし給なるべし」(巻一)と論じてゐる。

 

北畠親房は、我國の天照大御神の神意を體して仮の姿を現はした神聖なる人によって説かれた教へが儒教・佛教であるとしてゐる。天照大神の皇孫=日本天皇の皇位繼承については、儒・佛の教へが入り来る以前の純粋なる傳統精神(北畠親房のいふ天照大御神のご神意)に依拠しなければならない。

 

基本的には、『皇室典範』『皇位繼承』『御譲位』など皇室の根幹については、、日本伝統信仰の祭祀主であらせられ、日本伝統精神の継承しであらせられる上御一人・天皇陛下の大御心に従ひ奉るべきである。政府・国会はが決めたことに、天皇陛下に従っていただくなどといふことがあっていいはずがない。

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