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2017年8月29日 (火)

中河与一と柿本人麿

 中河与一は、「ある小説(注・「愛戀無限」)の中に人麿の歌を引き、それが機縁となって、私は再び萬葉集の中に這入ってしまった。この驚嘆すべき歌集の中にこそ、日本人の本當の藝術と生き方とがある事をいよいよ信念しだしたからである。」(「萬葉の精神」昭和十二年)と述べてゐる。

 

それは、近代日本文学の自然主義・リアリズムを否定するものとしての「萬葉への回帰」であった。天皇から東国庶民にいたるまでの古代日本人の歌がおさめられてゐる「萬葉集」には、日本民族の古代精神がおほらかにうたひあげられてゐる。

 

中河与一は「萬葉人はギリシア人と同じく、人間生活を肯定し、神を尊敬し、慾望を讃美し、佛教思想の影響はあっても、直情によって戀愛し、悲しみ、現實を生き、とりわけ美と共にあることを何よりも誇りとした。燦然たる唐文化の影響を烈しく吸収しながらその中に最も日本的な性格を屹立した」(「萬葉の精神」)と論じた。

 

そして、柿本人麻呂の

 

「淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ」

 

といふ歌を讃美して次のやうに説く。「雄大の響鳴、哀婉の思慕、湧きあがる自然への人格的合同、現人神としての天智天皇によせたつまつる尊崇の同情、そのリズムの中にある美しさには、堪へがたいまでの嘆きが呼吸してゐる。誠に彼等こそは美を中心として生活し、思想し、政治し、歌ったやうに思はれる。それ故に天皇より庶民にいたるまでが、二十巻の歌集に同居して楽しげに殘り、吾々をして、その時代を思はすのである。私は今日の文學が何よりも取りかへさなければならならぬものは、萬葉にあった精神であると思ってゐる。」(「萬葉の精神」)。

 

 「淡海の海」は琵琶湖。「夕波千鳥」は人麻呂の造語で、夕波の上を飛んでゐる千鳥。「心もしのに」のは「しのに」は、ぐったりして・しほれる意。心の奥処に向かって沈んで行く沈痛な悲しみを表現してゐる。「いにしへ」とは、行ってしまった彼方といふ意で、近江の朝廷が盛んであった頃すなはち天智天皇の御代のこと。

 

 通釈は、「近江の海の夕波千鳥よ。お前が鳴くと、心のうちひしがれて過ぎにし昔ことが偲ばれるなあ」といふ意。

 

「ミ」「ナ」の言霊によって調べが生きてゐる。夕波千鳥はの色は白色であった思はれる。琵琶湖の波の上に白い千鳥が鳴きながら飛んでゐる。琵琶湖の薄暮も白のイメージである。さうした寂しさ・喪失観・漂泊感が實によく歌はれてゐる。 

 

 上の句はすべて名詞である。そして「汝が鳴けば」と対象に呼び掛けて包み込んでゐる。ここにこの歌の技巧の素晴らしさがある。悲痛の深さ、切實さがよく出て、荘重な調べとなり、慟哭となってゐる。 

 

名詞を二つ並べた表現の後に、「汝が鳴けば」と千鳥に呼び掛ける主情的表現を置いて、冷たい湖上の景色を心の中に包み込んでしまふところにこの歌の良さがある。

 

冷たく寂しい湖の景色を心の中に包み込んで、「いにしへ」への思ひを歌ってゐる。湖上の千鳥はさういふ悲しい思ひの表象である。人麻呂の名歌の一つ。

 湖畔に佇みながら夕波千鳥の姿を見て感動を覚へ、懐旧の情を歌った。中河与一が説く「湧きあがる自然への人格的合同」の歌であり、斎藤茂吉のいふ「實相観入・自然観入」の歌であると思ふ。「淡海の海」と「夕波千鳥」と作者である人麻呂が、対立せず一體になってゐる。                                   

 

歌ってゐる内容はきはめて重々しく沈鬱なのだが、しらべは余情を伴った心地よいものとなってゐる。

 

これらの人麻呂の歌の背景には「壬申の乱」といふ歴史がある。だからこそ人麻呂の心は深く切なるものとなってゐるのである。「壬申の乱」によって滅びてしまった近江の都への懐旧の情・悲しみが歌はれてゐる。

 

琵琶湖のことをある人は「悲しみの器」と表現した。日本人の悲しみの涙がたまってゐる器といふ意味であらう。琵琶湖はまさに悲しみの歴史を綴ってゐる。湖畔にあった近江朝廷は「壬申の乱」で滅びた。木曽義仲も琵琶湖畔で討ち死にする。織田信長に滅ぼされた浅井長政の居城だった小谷城も琵琶湖畔にあった。秀吉に滅ぼされた豊臣秀次の居城だった長浜城も琵琶湖畔にあった。琵琶湖畔には「滅びの歴史」が綴られてをり、中河言ふやうに「堪へがたいまでの嘆きが呼吸してゐる」のである。

 

中河与一の「萬葉への回帰」は、愛と永遠を志向し、現實以上のものを求める中河の浪漫精神である。中河は「萬葉の精神」への回帰に「近代の超克」「現実の救済」を見出したのであった。

 

「萬葉への回帰」によって西洋から流入したイデオロギーとしての「近代合理主義」「必然論」「無神論」による汚濁を救はむとする中河与一の姿勢は、反近代の民族的躍動であり文芸及び思想の革新であった。

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