« 千駄木庵日乗八月二日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月三日 »

2017年8月 3日 (木)

『現行憲法』の部分改正について

憲法はただ憲法を改正すればいい、新しい憲法を作ればいいといふことではない。『現行占領憲法』の欠陥を根本的に否定しなければならない。

 

『現行占領憲法』の最大の欠陥は、その原理にある。『現行占領憲法』の三原理の一つとされる「國民主権・主権在民」といふ思想は、君主と國民が絶対的に対立し、権力を奪ひ合った歴史を持つ欧米で生まれた思想である。祭祀國家であり君民一體の國柄であるわが日本にはまったく適合しない思想であり、革命=國體破壊につながる思想である。

 

「國民主権論」「主権在民論」は「人類普遍の原理」を詐称してゐるがさうではない。欧米における革命・政治変革から生まれてきた思想であり、日本國體とは絶対に相容れない思想である。

 

日本天皇の國家統治の本質は、権力・武力による國家・國民支配ではない。天皇の祭祀主としての神聖なる権威による統治(すべおさめる。しろしめす。きこしめす)である。そして、天皇の神聖なる権威が権力者・為政者の権力濫用を抑制するのである。それがわが國の建國以来の國體であり歴史である。

 

日本國は信仰共同體・祭祀國家であり國民が契約を結んで人工的に作った國ではない。そして祭祀主である天皇は國民と対立してこれを力によって支配する御存在ではない。天皇と國民と國土の関係は、対立関係・支配被支配の関係にあるのではない。契約関係・法律関係にあるのでもない。精神的一體関係にある。これを「一君萬民・君民一體の國柄」といふ。これが日本肇國以来の國柄であり國體である。

 

つまり、日本の歴史と傳統そして日本國體は、西洋の契約思想や人間不信を基盤とした国民主権論や西洋近代の成文法とは基本的に相容れないのである。

『占領憲法』第一条には「 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と書かれている。これは天皇の御地位そして日本國體は国民の多数意思によって廃絶できるという革命思想である。

 

さらに第九十八条には「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と書かれている。建国以来、上御一人が発せられた「詔勅」を否定していると解釈できる。

 

つまり『現行占領憲法』は「革命憲法」であり、「國體隠蔽憲法」なのである。このやうなものは根底から否定しなければならない。國会の三分の二以上の賛成、有権者の二分の一以上の賛成で、一部改正を行ふと、『現行占領憲法』は占領軍の押しつけではないといふことになる。第九条のみの部分改正だと、『現行占領憲法』の「革命思想」「國體破壊思想」を占領軍の押しつけではなく「国民の意志」として肯定することとなる。

|

« 千駄木庵日乗八月二日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月三日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/65613706

この記事へのトラックバック一覧です: 『現行憲法』の部分改正について:

« 千駄木庵日乗八月二日 | トップページ | 千駄木庵日乗八月三日 »