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2017年6月13日 (火)

天の岩戸の隠れの神話について

 天照大神の天の岩戸の隠れの神話には次のような解釈がある。一つは日蝕説であり、もう一つは冬至説である。太陽が欠けていくことは古代人にとってとりわけ農耕民族の日本人にとって恐ろしいことであったに違いない。また日照時間がどんどん短くなっていくことも気持ちのいいものではなかったろう。そこで太陽の再生・新生を祈る祭りすなわち微弱化した太陽を更新する宗教儀礼が行われたと思われる。それが天の岩戸前における八百万の神々の祭事だといわれている。

 

 八百万の神々は長鳴鳥を鳴かせたり、鏡や勾玉が沢山ついた玉の緒のついた榊を作ったり、布刀玉命が占いをしたり、天児屋命が祝詞を唱えたり、天宇受売命が神懸りして踊るなどのお祭りをし、「天晴れ、あな面白、あな楽し、あなさやけ、おけ」と大笑いし大騒ぎをした。天照大神が不思議に思って岩戸を少し開けて覗かれると、「あなたより尊い神がおいでになります」と言って、手力男命が御手を引いて、天照大神にお出ましいただくのである。

 

 中西進氏は「知力、呪力、体力、技術力、笑いの力というもろもろの力が集められており、これ以上盛大な祭儀はないというほどであった。太陽の子孫を称する天孫族の日招き神話の詞章として、まことにありうべき壮麗さである。…笑いはもっとも旺盛な呼吸活動であり、『生きる』ことの極上の状態を示す。失われた太陽を復活させるための、貪欲な模擬行為といえるだろう。天孫、天皇家のもっとも大事な祭儀と考えられた理由もよく理解されるところである」(天つ神の世界)と論じておられる。

 

 日本人は太陽神たる天照大神を主神と仰いだ。だからすべてにおいて明るく大らかな民族であるのだ。前述した見直し聞き直し詔り直しの思想もここから発するのである。ただ明るく笑いに満たされた歓喜の祭りによって神の再生・再登場が実現する。これが他の宗教は厳しい修行や悔い改めをしなければ神に近づくことができないというのとは全く異なる日本伝統信仰の誇るべき特徴である。

 

 そしてその祭儀は太陽のもっとも衰える冬至に行われた。冬至は農耕民族たる日本人にとって「古い太陽が死ぬ日」であり「新しい太陽が誕生する日」であった。天照大神の岩戸隠れは太陽の衰弱であり岩戸よりの出現は新しい太陽の再生なのである。

 

 この天の岩戸神話には日本の踊りの起源も語られている。すなわち天宇受賣命が「天の石屋戸に覆槽(うけ)伏せて踏みとどろこし、神懸りして、胸乳掛き出で、裳の緒(ひも)を陰(ほと)に忍し垂りき」(伏せた桶の上に立ってそれを踏み轟かせながら神懸りして乳房を出して裳の紐を陰部に垂らした)と記されているのが舞踊の起源なのである。 桶を踏み轟かせたというのは大地に籠っている霊を目覚めさせそれを天照大神のお体の中にお送りすることであるといわれている。神懸りとは宗教的興奮状態のことである。つまり舞踊の起源は神を祭るために神の前で興奮状態になって舞い踊ることであった。これを神楽という。天宇受賣命は舞踊を含めた日本芸能の元祖ということなのである。 

 

祭事とは共同体における霊的心理的宗教的な営みの中でもっもとも大切なものであることは言うまでもない。それは生命の更新・再生であるからである。つまり新たな生命の始まりが祭事によって実現するのである。

 

祭事は物事の全ての原始の状態を再現復活せしめるのである。一時的に生命が弱くなることがあっても、祭事によっていっそうの活力をもって再生する。それは稲穂という植物の生命は、秋の獲り入れ冬の表面的な消滅の後に春になると再び再生するという農耕生活の実体験より生まれた信仰である。

 

そしてこの稲穂の命の再生は、天照大神の再生と共に行われるのである。さらに天照大神の再生は人々の知力・呪力・体力・技術力・そしてたゆまぬ努力と明るさを失わぬ精神によって実現する。こうしたことを象徴的に語っているのが天の岩戸神話であると考える。決して天照大神の御心に反して無理矢理天岩戸の中から引っ張りたす、などという神話ではないのである。

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