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2017年5月25日 (木)

天岩戸神話について

天岩戸神話について松前健氏はその著『日本の神々』において次のように論じている。

 

「石窟戸神話については…天皇の御魂を鎮める鎮魂祭と結びついた神話であった…。鎮魂祭は仲秋すなわち旧十一月の寅の日に行われ、新嘗祭の前日であった。この祭りの趣旨は『令義解』に、『遊離の運魂を招き、身体の中府に鎮む』と言うように、そもそもが天皇の霊魂を呼び返し、体にこめようとする、一種の魂返しの呪法で、『天武紀』十四年などでは、『招魂』(たまふり)という字を当てているのである。この天皇の一種の健康呪法ともいうべきものがアマテラス崇拝と関係し、日神自身の死と復活が、この時の鎮魂歌に歌われているのである。…この鎮魂祭は、冬至のころの太陽祭儀であり、冬に衰える太陽の高熱の回復のため、その神の裔(すえ)としての日の御子であり、かつその化身であると考えられた天皇に対してタマフリを行なったのが趣意であろうことはすでに定説化している。…冬至は、農耕民族においては、『古い太陽が死ぬ日』でもあったし、また新しい太陽が誕生する日でもあった。この衰弱死する古い太陽が磐隠りするアマテラスであり、このときふたたび生れ出る太陽が、『磐戸を開いて出現する日の御子』である。」

 

『天岩戸隠れ』の神話は、明るく楽しく爽やかな太陽神再生のお祭りであり、日の御子であらせられる現御神日本天皇の再生復活の祭りなのである。嫌がる神をそのご意志に反して無理やり岩戸から引っ張り出す、などという、あたかも吉良邸に討ち入った赤穂義士が吉良上野介を炭小屋から引っ張り出したような闘争的な話ではないのである。

 

八百万の神々は長鳴鳥を鳴かせたり、鏡や勾玉が沢山ついた玉の緒のついた榊を作ったり、布刀玉命が占いをしたり、天児屋命が祝詞を唱えたり、天宇受売命が神懸りして踊るなどのお祭りをし、「天晴れ、あな面白、あな楽し、あなさやけ、おけ」と大笑いし大騒ぎをした。天照大神が不思議に思って岩戸を少し開けて覗かれると、「あなたより尊い神がおいでになります」と言って、手力男命が手を引いてお出しするという、まことに明るく楽しいお祭りなのである。

 

八百万の神々が天岩戸の前でのお祭りで集団で舞い踊り、大笑いし、大騒ぎをするなかで、死からの復活=起死回生を喜んだのである。それは日本中世の「踊念仏」、江戸末期の「ええじゃないか踊り」とよく似ているのである。また、祭祀における直会とも似ていると言える。

 

楽しく明るい祭祀と饗宴を行うことによって。新たなる生命の復活、天照大神の新たなるお出ましが実現するのである。天岩戸神話はそうしたことを物語っているのである。

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