« 千駄木庵日乗五月九日 | トップページ | 「第七十三回 日本の心を学ぶ会」のお知らせ »

2017年5月10日 (水)

武士道と教育

日本伝統の武道を学校教育に大いに取り入れるべきである。武道とは、相手を力でもって倒すという競技即ち単なる格闘技ではない。剣道・柔道・合気道・空手道・弓道といった武道は、道徳・倫理精神と共にあった。わが国の武道は、「礼に始まり、礼に終わる」という。「礼」とは単にお辞儀をするというのではない。人のふみ行うべき「道」のことであり、人倫生活上の定まった「形式」のことである。

 

武道を行う人を武士という。武家時代において国民の道義の標準を立て、民衆の模範となり民衆を指導したのが武士である。武士は、日本国民の善き理想であった。いかなる人間活動の道も、思想も、ある程度において武士道の刺激を受けた。武士は武家時代において、決して民衆を武力で支配した階級のみでなく、道義の手本でもあった。明治維新をはじめとしたわが国の変革を断行せしめた重要なる原動力の一つに武士道があった。

 

戦後日本は、戦勝国の日本弱体化政策によって、武士道が軽視された。戦後の一時期は、映画・演劇のチャンバラさえ上映・上演してはいけないとされた。その影響が今に続いて、現代日本は武の心が希薄になっている。そして誤れる「平和思想」「人権思想」が横行し、自分さえ良ければいい。物さえ豊かであればいいという考え方に支配されている。  

 

人権重視・人命尊重が声高に叫ばれ、武道は封建道徳・軍国主義といわれて排除されて続け七十年以上を経過した今日の日本は、軍国主義時代だったといわれる戦前の日本ではとても考えられないような凶悪なる青少年犯罪が日常茶飯事になっている。これは武の精神・武士道を否定した戦後日本が如何に間違った道を歩んだかを証明している。

 

武士道は、忠誠・名誉・尚武・勇気などを重んずる。武士の倫理観は、忠孝、廉恥(心が清らかで、名を惜しみ恥を知る心がつよいこと)、義勇、侠(一身を顧みずに弱い者を助けること)、自己の責務を果たすこと、といわれている。

 

今日の日本に一番欠けているのが、このような武士道精神ではなかろうか。わが国はグローバルスタンダードなどと言っていたずらに外国の真似をして外国と同じになるのではなく、日本人としての倫理観に磨きをかけるべきである。

 

特に政治家と官僚と財界人と教育者とマスコミ人にそれが求められる。武の精神をなくした政治家はしっかりとした判断を下せなくなっている。確固とした人生観・見識・倫理観を持たない悪しき民主主義即ち『皆がやっているからそれでいいという』という精神・習慣を改めなければならない。わが国の伝統的倫理精神たる武士道を今に生かさなければならない。

|

« 千駄木庵日乗五月九日 | トップページ | 「第七十三回 日本の心を学ぶ会」のお知らせ »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/65259586

この記事へのトラックバック一覧です: 武士道と教育:

« 千駄木庵日乗五月九日 | トップページ | 「第七十三回 日本の心を学ぶ会」のお知らせ »