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2017年5月31日 (水)

 明治維新の思想的基盤としての國學

 

 明治維新の思想的基盤である近世国学は、それまでの日本で重んじられていた儒教や仏教という外来思想に抗して、それとは別なる日本独自の「道」を主張した。そこに近世国学の特質があった。

 

 日本独自の道とは、日本民族が古来より持ち続けている信仰精神である。国学とは、古代日本精神の復興による当時の時代思潮への批判思想である。そして国学は政治思想という狭い範疇に属するものではなく、文献学であり、和歌の学問であり、国語学・国文学であり、神道学である。

 

国学者は、外来の思想や文化を「からごころ」(からとは支那のことであり支那を通して日本に伝来した思想や学問そしてそれをもととした思考のこと)批判を展開した。

 

 十九世紀後半当時の世界情勢を見ると、東アジア西洋列強の侵略支配の危機に瀕していた。そしてそれに抗して、民族独立運動・植民地化への抵抗運動が起こっていた。そうした状況下にあって、アジア諸地域において、民族の覚醒を促す思想運動が起こっていた。

 

 日本も勿論その例外ではなく、日本の国の歴史を探求し、日本独自の思想・信仰を進化させんとする運動が起こったのである。それが近世国学運動の思想である。

 

 したがって、国学運動は決して偏狭な排外主義や、単なる時間的過去への郷愁の思想ではなく、世界情勢に対してかなり積極的に目を開き、それに呼応した運動であった。

 

 キリスト教や、欧米の歴史や現状についてもかなり詳しく研究し、海外の政治情勢についても情報収集につとめたうえでの学問であり思想運動であった。

 

 国学は幕末期の日本に対する悲憤慷慨の学問と言ってもいい。危機的状況を迎えんとしていた日本に対して、このままではいけない、何とかしなければならないという精神が国学運動を起こしたのである。そしてその底流にあったのは、日本をこのままにしておいたら、先人たちや祖先に対して申しわけない、相済まないという悲憤慷慨の思いであった。

 そういう思いは、次に挙げる国学者たちの歌に表れている。

 

 最も早い時期の国学者であり、国学の始祖といわれる荷田春滿(京都の人。古典・故実・国史・歌道の研究者)は、

 

ふみわけよ大和にはあらぬ唐鳥の跡を見るのみ人の道かは 

 

 「よく道を踏みわきまえて間違わないようにせよ。日本ではない唐(支那)の鳥の足跡のみを見つめて歩くのが、日本人たるものの道ではないぞ」というほどの意。唐鳥の跡とは、漢籍・漢字のこと。

 

 八代将軍・徳川吉宗は、各国の古書を集めたが、その真偽玉石の鑑定を春滿に依頼した。その徳川将軍家の学問は儒教であった。林羅山・中江藤樹・荻生徂徠・新井白石・伊藤仁齋等々江戸時代の中期までの学者の殆どは儒教・漢学の系統であった。そうしたことを悲憤慷慨して詠んだ歌がこの春滿の歌である。

 

 また、鹿持雅澄(幕末土佐の国学者・『萬葉集』を中心として古典を研究。『萬葉集古義』の著者)は、

 

神國の道ふみそけて横さらふいづくにいたる汝が名のらさね

 

 と詠んでいる。「わが神国の正しき道を踏みそらして、蟹のように横這いの道を歩む者共よ、お前の名は何と言うのか、名乗ってみろ」というほどの意。雅澄は日本の伝統思想に目もくれず外来の蘭学に現を抜かしいる者たちに対して憤慨しているのである。日本伝統精神に対する雅澄の態度精神を昂然と歌い上げている。

 

 この歌が歌われた時期は蘭学が盛んになり、日本に英船米艦露艦がしばしば渡来した。

 

 春滿は儒教と仏教、雅澄は蘭学に対して批判的態度を示しているのである。

 さらに雅澄は、ペリー来航を憂いて、安政元年(一八五四)正月、六十四歳の時に、

 

神風に息吹きやらはれしづきつつ後悔いむかもおぞの亞米利加

 

 と詠んでいる。「神風に吹きやられ、海底に沈められた後に、後悔するのであろう。愚かなアメリカは」というほどの意。この憂国の至情と気概が、彼の学問の奥底にあったのだ。

 

 さらに、橘曙覽(福井の人。国学者にして萬葉調の歌人)は、

 

湊川御墓の文字は知らぬ子も膝をりふせて嗚呼といふめり

 

 と詠んだ。「湊川の『嗚呼忠臣楠子之墓』の文字は、文字を知らない子も墓前に屈んで『ああ』と口に出して言うごとく見える」というほどの意。児童子供といえども、楠公の忠義と墓碑の意義を知らぬ者無しということを歌っているのである。幕末の尊皇愛国の精神そして明治維新の精神は、楠公の忠義・七世報国の精神を継承したものであることがこの歌によってわかる。日本人の伝統精神の復興

 

 このように近世国学者は、幕末期日本の思想状況及び國内外の危機的状況を深く憂うる心、そして憤りの心を持っていたのである。つまり、近世国学は変革の思想だということである。言い換えれば、国学は決して支配者と言って悪ければ体制側に奉仕する学問ではないのである。

 

 徳川幕藩体制において、儒教と仏教は、徳川家及び武士階級の国家統治支配のイデオロギーとして利用された。国学は、それに抗した形で発生し発達してきたと言ってよい。

 

 そしてもっとも大切なことは、国学とは理論体系でもイデオロギーでもないということである。日本の伝統信仰と文化の回復による幕末期の原状の変革を目指した精神思想であると考える。 

 

 もちろん、篤胤と宣長との違いを見てもわかるように、国学者それぞれに個性があり特色がある。ただ国学者に共通しているのは、「まづからごころをはらふ」ということと「やまとたましひ」に徹するということではないだろうか。

 

 儒教や仏教のイデオロギー・教条を排して、「まごころ」「神ながらの道」「やまとたましい」といわれる日本人の古代精神・伝統精神を復興することが国学者に共通する意識であったと考えられる。

 

 しかしながら、国学は、前述した通り、偏狭な排外思想ではない。むしろそれまで日本が外国から受容し学んできた学問的成果・思想的遺産を素直に継承している。国学はイデオロギーや教条ではないのだからそれは当然である。

 

 本居宣長の神道論や歌論には儒学者の荻生徂徠の影響があると言われており、宣長は徳川時代を支配していたと言っていい『儒教イデオロギー』に対しては激しい批判を行ったが、孔子その人に対しては批判を行っていない。宣長は「せい人と人はいへども聖人のたぐひならめや孔子はよき人」(鈴屋集・九)という歌を詠んでいる。また平田篤胤はキリスト教の教義を学び、自己の神道学の建設に資した。

 

 国学者の精神は、決して偏狭な外国思想排撃ではなくして、それまでに既に日本に入ってきていた儒教・仏教はもとより、近世になって入ってきたキリスト教や西洋科学技術思想に対しても、いたずらに排撃するものではなかった。 

 

 近世国学の代表的な学者は、『国学四大人』といわれている荷田春滿(一六六九~一七三九)・賀茂真淵(一六九七~一七六九)・本居宣長(一七三〇~一八〇一)・平田篤胤(一七七六~一八四三)の四人である。さらに、春滿・真淵・宣長を国学三哲という。

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千駄木庵日乗五月三十日

午前は、諸事。

昼は、若き友人と懇談。

この後、在宅して、原稿執筆・脱稿・送付。

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2017年5月30日 (火)

日本武尊は武人の典型であると共に詩人の典型であらせられた

 

 

本朝最古の辞世歌は、日本武尊の次の御歌である。

 

「嬢子(をとめ)の 床の辺(べ)に 吾( わ)が置きし その大刀はや」(乙女の床のそばに私が置いてきた太刀、その太刀よ、といふほどの意)

 

日本武尊が、尾張で結ばれた美夜受姫(みやずひめ)に草薙の劔を預けて出発され、熊煩野(三重県亀山市といふ)で急病になられた時の辞世の御歌である。守護霊たる神剣を愛する美夜受姫に預け、病になってしまったご自分の命を見つめながら歌った哀切極まりない絶唱である。慎みの欠如・傲慢さから剣を置いて素手でも勝てると言って出発したのが間違ひのもとといふ物語である。

 

英雄にして大いなる歌人(うたびと)であられた日本武尊の辞世の歌にふさわしいロマンと勇者の世界が歌はれてゐる。文字通り「剣魂歌心」の御歌である。

 

この御歌は乙女への愛と武の心が渾然一體となってゐる。そしてその奥に天皇への戀闕の心がある。日本武尊の悲劇の根本にあるのは、武人の悲劇である。神との同居を失ひ、神を畏れなくなった日、神を失って行く一時期の悲劇である。

 

もののふのこころ・ますらをぶりとは、清明心と表裏一體の精神であり、天皇のため國のためにわが身を捧げるといふ「捨身無我」の雄々しい精神でもある。その精神の体現者が日本武尊であらせられる。「たけるのみこと」とは猛々しさを表す御名である。

 

日本武尊は、武士道精神の祖であらせられる。戦闘的恬澹・捨身無我の精神は後世の武士に強く生かされる。

 

日本武尊の御歌には、恋愛詩と英雄詩が一つに結合融和してゐる。この精神こそ、戦ひにも強く恋にも強い大和民族の原質的民族性で、日本武士道の本源となってゐる。日本武尊は、上代日本の武人の典型であると共に詩人の典型であらせられた。日本の英雄は歌を愛した。ますらをぶりは優美さを否定するものではない。

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千駄木庵日乗五月二十九日

午前は、諸事。

午後は、原稿執筆。

夕刻、谷中三崎坂にて、地元の友人二氏と懇談。そのお一人も最近母上を亡くされた。百歳てあったという。

帰宅後も原稿執筆。

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2017年5月29日 (月)

維新と和歌 

 

 文藝特に和歌は、常に現状を変革しよりよき状態を憧憬するものである。維新の志から生まれるのが和歌である。和歌を詠む者に維新変革への志があってこそ価値が和歌としての価値が生まれる。和歌が真に、命・言靈のあるものとなるのは、その和歌を詠む者に維新変革の意志があることによる。現状に満足し変化を望まないといふ意味での平穏な暮らしの中からは和歌は生まれない。命が枯渇し言靈が失われた言語が氾濫する情報化時代の現代においてこのことは重要である。

 

 維新変革には悲劇と挫折を伴う。而して詩歌とは悲願と悲劇と挫折とを謳いあげることによってその精神的・美的価値を高からしめる。

 

 維新とは懸命なる戦いであるが、単なる破壊でも暴力でもない。「あはれ」で悲しいものであるが、半面、美しいものである。また歓喜に溢れたものでもある。

 

 わが國の文藝史とりわけ和歌の歴史に於いて、最も偉大なる時代は、國家の変革期である。変革期においてこそ偉大なる和歌が生まれる。日本最高最大の歌集『萬葉集』は大化改新・壬申の乱・奈良遷都という大変革を背景として生まれた。

 

 在原業平に象徴される平安朝の和歌は、藤原氏の専横への抵抗から生まれて来たと言える。後鳥羽院の覇者・北條氏の武家政治に対する戦いの時代には『新古今和歌集』が生まれた。

 

 幕末維新の時代には、尊皇攘夷を目指した志士たちの詩歌は永遠不滅の光彩を放っている。さらに東洋の解放を目指した大いなる戦いであった大東亜戦争に殉じた将兵たちの辞世の歌は、万人をして慟哭せしめる不滅の価値を持つ。このように國家変革即ち維新と和歌は不可分である。

 

 それらの歌は、なべて日本國の精神を包み込んで表白し、それぞれの時代性と変革の状況において個性を以て表現されているのである。

 

 とりわけ『萬葉集』は、日本の伝統精神の文學的結晶である。萬葉の時代は、外には朝鮮半島の問題があり、内には蘇我氏の専横があり、文字通り内憂外患の時代であった。その國難を打開し、天皇中心の新國家体制の確立をはかったのが、大化改新である。こうした時代において、柿本人麿は天皇の神聖性と日本國体の素晴らしさを美事に歌いあげたし、大伴家持は漢心(からごころ)の蔓延への抵抗として『萬葉集』を編纂した。この時代の旭日昇天の清新なる日本民族の精神は『萬葉集』に結晶されている。

 

 そして「萬葉の精神」は明治維新という大変革に大きな影響を及ぼした。明治維新も西欧列強の日本侵略の危機と徳川幕府の皇室軽視・封建支配という内憂外患を打開するため「尊皇攘夷」を基本理念として断行された大変革である。「尊皇攘夷」は、國家的危機に際会して燃え上がったところの日本的ナショナリズムを一言で表現した言葉である。

 

 幕末期の日本的ナショナリズムは萬葉の時代・建武中興の時代とりわけその時代の尊皇精神への憧憬の心と結びついていた。つまり、萬葉の精神と楠公精神の謳歌である。

 

 江戸時代前・中期において『萬葉集』は學問の対象ではあったが、和歌創作の規範とはならなかった。しかし幕末期の國學者たちが『萬葉集』の精神を復興せしめた。その「文藝復興」が明治維新の精神的原動力の一つとなった。

 

 民族の歴史と伝統の精神を変革の原理とする日本の維新は、維新を志す者が、自らの精神と行動に、憧憬すべき時代の先人たちと同じ決意と歓喜と行動の源泉を甦らしめることによって実現する。これを復古即革新即ち維新というのである。

 

 そのために日本民族の持つ清潔な精神的血統と道統を継承する文藝である和歌を學び、和歌を詠むことが大切になるのである。なぜなら、いにしえから伝えられた「五・七・五・七・七」という形式を保持しつつ、その形式によって新しき精神を表白するところの和歌が、「復古即革新」の文藝だからである。 

 

 今日の日本もまた文字通り内憂外患交々来るといった状況である。こうした状況の中にあって、我々の維新の情念を伝統的な文學によって訴える「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が必要なのである。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来ている民族の共同精神を表白し訴えるものとしての和歌を詠んでいる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが維新の時代であるといっても過言ではない。維新を目指す我々は、和歌の力というものの偉大さを今こそ実感すべきである。

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千駄木庵日乗五月二十八日

午前は、諸事。

午後は、今夜行う講演゛準備。

午後六時より、春日の文京区民センターにて、『日本の心を学会』開催。林大悟氏が司会。渡邊昇氏が主催者挨拶。小生が「萬邦無比の日本國體と成文憲法」と題して講演。活発な質疑応答、討論が行われた。

帰宅後は、原稿執筆。

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2017年5月27日 (土)

萬葉古代史研究會 のお知らせ

萬葉古代史研究會

 

小生が講師となり『萬葉集』を勉強する會が開かれております。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。 

 

日時 六月十四日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

 

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 「東京メトロ南北線 駒込駅」四番出口より徒歩一分 「JR山手線 駒込駅」(北口)より徒歩二分

 

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』

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この頃詠みし歌

やさしかりにし母を思へば悲しみはいよいよ深しもう逢へぬゆゑ

 

土佐の国で買ひたる干物をかじりつつ空腹を癒す昼下がりかな

 

英霊を祭れる宮の桜の木 新しき緑は輝かにして

 

多くの人が参り来たれる靖國の宮の庭辺の初夏の明るさ

新緑が初夏の光に照らされて清く耀(かがよ)ふ靖國の宮

 

若き夫婦が楽しげに働く酒房にて酒酌む時の我も楽しき

 

何回も繰り返し讀みても理解出来ぬカントといふ人の難しき文

 

乙女二人美味さうに天ぷらを食しをり 我は一人で酒酌みてをり

 

天ぷらを食して嬉しきこの夕べ若き板前の手際良さかな

 

時計台の鐘鳴り出づる夕つ方 銀座四丁目で信号を待つ

 

銀座線の狭き車内に揺られつつ痴漢に間違はれることを恐れる

 

激しくも燃えさかるもの我にあれば古稀を過ぎても生きゆかんかな

 

そのかみの青年同志は老いにけり白髪となりて孫の話しす

 

ビル解体の凄まじき音が聞こえ来る真昼間の部屋に苛立つ心

 

土佐の國を経巡りにつつ貫之の日記学びし昔を偲ぶ

 

帰らざる父母(ちちはは)との日々なつかしみ写し絵を見る一人居の部屋

 

この日頃わが手痛めりパソコンに文字打ちつけて過ごし来たれば

 

真輝く森の新緑遠望するわれの命もさきはへにけり

 

力強く歩み行くべし初夏の日に照らされ耀(かが)よふ新緑の如く

 

入院を拒否せし病院 救急車で運びて行けば許可する矛盾

 

金にならぬ患者は入院すべからずと病院の玄関に告知するべし

 

人の命を尊ぶ心さらに無き医師と看護師を許さうべしや

 

病院の都合で母の死の時刻が決まりたることの何と悔しき

 

友が来て花供へたまふ有難さ母の遺影も笑みて喜ぶ

 

九十六年生きたまひたるわが母の命尊しと拝ろがみまつる

 

楠公祭「老いたる母の待ちまさん」その歌詞歌ひて涙こぼるる

 

暫くは逢ふことかなはぬ友のこと思ひて今日もメールを送る

 

病ひ重しと聞きて驚くこの夕べ友へのメールも返り言なし

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千駄木庵日乗五月二十七日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、明日行われる『日本に心学ぶ会』における講義の準備、原稿執筆など。

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継體天皇の『詔』を拝し奉りて

『日本書紀』「巻十七」に次のようなことが記されている。

 

《継體天皇元年(丁亥五〇七)》「三月の庚申(かのえねさる)の朔に詔して曰く。『神祗不可乏主。宇宙不可無君。天生黎庶。樹以元首、使司助養。令全性命。』(神々をお祭りするには、祭祀主がなくてはならず、天下を治めるには君主がなくてはならない。天は國民を生み、元首を立てて、その本性と天命とを全くさせている。)

 

継體天皇は『詔』において、上御一人・日本天皇のご使命は、日本國の祭祀主であらせられると共に、天下を統治されるお方であらせられること、そして、天の神が日本國民を生みたまい、天皇を國の中心に立て、日本國民の本性と天から与えられた使命とを全うさせているということを示されたのである。この「詔」には、日本國は、天皇を祭祀主・統治者と仰ぐ祭祀國家であるという「祭政一致の日本國體」、そして日本國民はひとしく神の子であるということが端的に示されている。わが國における「元首」とは、決して権力機構の最高権力者(英語で言うと、ヘッド・オブ・ステイト)ではない。祭祀主・統治者即ちスメラミコトの御事である。

 

さらに『日本書紀』には次のようなことが記されている。

《継體天皇元年(丁亥五〇七)》「三月戊辰(つちのえたつ・九日)に、詔して曰く。『朕聞。土有当年而不耕者。則天下或受其飢矣。女有当年而不績者。天下或受其寒矣。故帝王躬耕而勧農業。后妃親蚕而勉桑序。』(男が耕作をしないと、その年は天下が飢饉に陥ることがあり、女が糸を紡がないと、その年は天下が寒さに震えることがある。それ故、帝王自ら耕作を行って人々に農業を勧め、后妃は自ら養蚕を行って人々にそれを勧めさせると聞いている)

 

継體天皇は『詔』において、天皇・皇后が御自ら、耕作と養蚕にお励みになり、日本國の豊穣を祈られるということを示されたのである。この尊い皇室の伝統は、今上天皇・皇后にも継承せられている。まことに有難き限りである。このような國體・國柄はまさに萬邦無比である。まことに有難き限りである。

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第七十三回 日本の心を學ぶ會

第七十三回 日本の心を學ぶ會

 

テーマ 國體と憲法を考える

 

今年の五月三日の憲法記念日で「現行占領憲法」は施行から七十年を迎えました。

北朝鮮情勢の危機の高まりや、天皇陛下の御譲位の制度化には憲法改正が必要であると内閣法制局が指摘したことから今年の憲法記念日は憲法改正に向けた動きに注目が集まりました。

安倍首相は改憲を求める集會に送ったメッセージの中で「二〇二〇年を新しい憲法を施行させる年とさせたい」と表明しました。

 

憲法改正は國民投票の過半数の賛成が条件とされています。つまり憲法改正の最終局面では一般の國民の意思がその成否を左右するといえます。今後は改憲の目標とした二〇二〇年に向けて改憲・護憲勢力ともに國民投票での過半数の獲得を目指した一般の國民へ働き掛けが活発化することが予想されます。憲法九条や緊急事態条項などさまざまな論点が浮上しています。しかし真に我々が目を向けなくてはならないのは國體と憲法の関係です。

 

日本國體は「日本は天皇を祭祀主・君主・統治者と仰ぐ祭祀國家・信仰共同体である」ということです。天皇を統治者と仰ぐ日本國體は、成文憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法などの権力機関で制定された法律は、國體及び皇室に干渉することはできないのです。

 

日本天皇が日本國の君主・統治者であらせられるのは、日本の傳統信仰・歴史的な國體観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではありません。

 

國家の最高法規たる憲法はこの傳統的國體精神に合致したものでなくてはなりません。「現行占領憲法」は傳統的な日本國體を隠蔽した外来征服者の「命令書」にすぎません。我々は正しい正統な憲法を取り戻さなければなりません。

 

そこで今回の勉強會では、國體と憲法について學んでみたいと思います

 

(今回の勉強會は文京区民センターでの開催となります。文京シビックセンターではありません。ご注意ください)

 

【日時】平成二十九年五月二十八日 午後六時から

 

【場 所】文京区民センター3-D會議室

東京都文京区本郷4-15-14営三田線・大江戸線「春日駅Å2出口」徒歩二分、東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩五分、東京メトロ南北線「後楽園駅六番出口」徒歩五分、JR水道橋駅東口徒歩一五分都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩二分

 

【講 演】「萬邦無比の日本國體と成文憲法」

講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

 

【司會者】林大悟

 

【参加費】資料代五〇〇円終了後、近隣で懇親會(二千円くらいの予定です)

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

 

この告知文は主催者が作成したものです。

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近世国学者の説いた日本の「道」

本居宣長は、「古(いにしへ)の大御世には、道といふ言挙もさらになかりき、其はただ物にゆく道こそ有りけれ、もののことわりあるべきすべ、万の教へごとをしも、何の道くれの道といふことは、異国(あたしくに)のさだなり」(『直毘靈』)「主(むね)と道を学ぶ輩は、…おほくはたゞ漢流の議論理窟にのみかゝづらひて、歌などよむをば、たゞあだ事のやうに思ひすてゝ、歌集などは、ひらきて見ん物ともせず、古人の雅情を、夢にもしらざる故に、その主とするところの古の道をも、しることあたはず」(『うひ山ふみ』)と述べてゐる。

 

さらに本居宣長は、「日本の道」とは、「天照大御神の道にして、天皇の天下をしろしめす道、四海万国にゆきわたりたる、真の道」(『うひ山ふみ』)であると述べてゐる。

 

そして「日本の道」は、理論・教条といふ形ではなく、『記紀神話』に示され、『萬葉集』に歌はれてゐる。日本の古の道・古人の雅情は、教条的な形で理論として伝へられてゐるのではなく、祭祀といふ信仰行事そして神話や和歌や物語によって伝へられてゐる。

 

『記紀萬葉』は、『聖書』『コーラン』『仏典』『論語』のやうな教義・教条が書き記されてゐる文献ではない。日本の神々と日本国の歴史が叙述され魂の表白たる歌が収められてゐる。日本人があくまでも真実を尊び人間の感性を重んじ、抽象的な論議や理論をそれほど重んじなかった。

 

近世の国学者・平田篤胤はその著『古道大意』において、「古ヘ儒佛ノ道、イマダ御国へ渡リ来ラザル以前ノ純粋ナル古ノ意(ココロ)古ノ言(コトバ)トヲ以テ、天地ノ初ヨリノ事実ヲ素直ニ説広ヘ、ソノ事実ノ上ニ真ノ道ノ具ツテイル事ヲ明アムル学問デアル故ニ、古道学ト申スデゴザル」「真ノ道ト云フモノハ教訓デハ其旨味ガ知レヌ、仍テ其古ノ真ノ道ヲ知ベキ事実ヲ記シテアル其ノ書物ハ何ジヤト云フニ、古事記ガ第一デゴザル」と述べてゐる。

 

平田篤胤は、儒教や仏教といふ外来思想が日本に入り来る前の純粋なる古代日本の言葉を以て天地生成の起源からの事実を素直に記述し、その事実の上に立って日本民族固有の「道」を明らかにするのが古道(日本伝統精神を学ぶ学問)であり、日本伝統精神は教義・教条ではその真の意義を体得することはできず、古代以来の日本伝統精神を記してある書物の第一は『古事記』であると論じてゐるのである。国学とはさういふ学問なのである。

 

さらに近世の国学者であり萬葉学者であった契冲はその著『萬葉代匠記怱釈』において「神道とて儒典佛書などの如く、説おかれたる事なし。舊事記、古事記、日本紀等あれども、是は神代より有りつる事どもを記せるのみなり」と論じてゐる。

 

つまり日本の伝統精神即ち日本民族固有の「道」は事実の上に備はってをり、一人の人物が書き表した教義書・経典に依拠しないといふのである。抽象的・概念的な考へ方に陥った教義万能・経典万能の思想から脱却し、日本人としての真心を以て祖先の歴史の真実を見て、それを戒めとしつつ自己の道徳意識を養成し、人間の真心をうたひあげた言の葉(即ち和歌)を学ぶことが、日本人一般の思想傾向である。

 

かういふ理論・理屈・教条を排するといふ日本民族の柔軟な態度が、日本文化の発展の基礎であり、日本が古代以来仏教や儒教などの外国思想を幅広く受け入れて自己のものとし、さらにそれをより高度なものにし、さらに近代においては西洋科学技術文明を取り入れた原基である。

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千駄木庵日乗五月二十六日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、二十八日に行われる『日本に心を学ぶ会』における講演の準備、原稿執筆など。

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2017年5月26日 (金)

楠公の絶対尊皇精神について

以下の文章は、数年前に書いた拙文に昨日と本日の二日間に多少筆を加へたものです。居丈高な筆致になってゐるように思ひますが、ご容赦ください。

 

             〇

 

尊皇精神とは、日本國の祭祀主であられ神聖なる君主であられる天皇への「かしこみの心」である。そしてそれは日本人の道義精神の根本である。自分の意志や思想と一致する天皇を尊ぶことなら誰にでもできる。しかし、自分の意志や思想と異なる行動をされた天皇に対しても忠義を尽くし従い奉るのが真の尊皇であり勤皇である。そのことは、日本武尊の御事績・楠正成の事績を見ればあまりにも明らかである。

 

尊皇精神・勤皇精神の體現者が楠正成公である。日本國民の「楠公崇拝」即ち楠正成を尊崇する心とは、楠公の絶対尊皇の精神と行動に共感する心である。

 

足利高氏軍が兵を率いて九州から進攻して来た時、楠正成は、後醍醐天皇に「比叡山に行幸して頂き、正成も郷里の河内に馳せ下り、畿内の兵を以って淀の川尻をさし塞ぎ、物資の都への流入を断ち、敵を兵糧攻めにして苦しめ、その間に義貞と正成とで敵を挟撃すれば、必ず勝利を収めることができる」と献策した。

 

しかし、その献策は朝廷の容れるところとならなかった。『太平記』によると、正成は「討ち死にせよとの勅定ござむなれ。義を重し死を顧ぬは忠臣勇士の存る処也」と言って、五百余騎で兵庫に向ひ、見事に討ち死にした。

 

『太平記』は、楠公を讃嘆して、「智仁勇の三徳を兼て死を善道に守り、功を天朝に播(ほどこす)事は、正成ほどの者は未だ有らず」と書いてゐる。また、足利高氏側近の武将が書いたとの説がある『梅松論』でさへ、「賢才武略の勇士ともかやうの者をや申べきとて、敵も味方もおしまぬ者ぞなかりけり」と楠公をほめてゐる。かかる楠公の絶対尊皇精神は、後世に大きな影響を与へた。

 

久保田収氏は次のごとく論じてゐる。「明治維新のために活動した多くの志士は、ほとんど例外なく楠公に対する感激と崇敬とを抱いていた。…松陰は『七生説』を作って、正成が七度人間と生まれて國賊を滅ぼすことを誓ったことについて、『楠公兄弟、たゞに七たび生れるのみならず、初めより未だ死せざるなり』といい、『是より其の後、忠孝節義の人、楠公に見て興起せざるものなし。…』となし…人々のこころが楠公に帰一した時に、明治維新は成就したのである。」(『建武中興』)

 

高山彦九郎・有馬新七・真木和泉守保臣など維新の志士たちの楠公仰慕の心は非常に強いものがあった。楠公の絶対尊皇精神が、明治維新の戦ひに挺身した志士たちの精神的基盤であったと言っても過言ではない。

 

久保田収氏は、「楠正成が、わが国史上の英雄として崇拝されて来たのは、その絶対尊皇の精神と行動にある。『太平記』四十巻の中で、近世の人々が最も感動深く読んだものは、正成の活動と忠誠とであった。正成が天皇の御召しを受けて参上し、力強く決意を申し上げたこと、千早の険に拠って、北条氏の大軍を向こうにまわして奮戦し、建武中興の糸口をつくったこと。『七生報国』の志を残して、湊川で戦死したことなど、正成が死生を超越し、一意至誠をもって天皇に捧げた純忠の精神は、読む人に深い感動を与え、正成への憧憬と、その志を受け継ごうとする決意とを生み出したのである。天和二年(一六八二)に亡くなった山崎闇斎の学問の流れを汲んだ若林強斎が、その書斎を望楠軒といって、楠公を崇拝する気持ちを明白にし、正成が『仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし』と申したということに感じて楠公崇拝の心をおこした、と伝えている。強斎は、このことばが『わが国士臣の目当』であると考え、正成を日本人の理想像として仰いだのである。」と論じている。(『建武中興』)

 

正成が「仮にも君を怨みたてまつる心おこらば、天照大神の御名を唱うべし」こそ、わが国の臣民のあるべき態度である。天皇を現御神と仰ぎ絶対の信を寄せることが日本の臣道である。尊皇精神とは、日本国の祭祀主として神聖なる君主であられる天皇へのかしこみの心である。この絶対尊皇精神とその行動が日本国のこれまでの国家的民族的危機を救って来たのである。天皇の御稜威と國民の絶対尊皇精神と行動こそが国家存立の基本である。

 

村岡典嗣氏は、「歴史日本が創造した道徳的價値の重要なものとしては、尊皇道と武士道との二つを、擧げ得る。尊皇道徳は太古に淵源し、我が國體の完成とともに、而してまたその根柢ともなって成就したものである…そは即ち、天皇に對し奉る絶對的忠誠の道徳であって…太古人がその素朴純眞な心に有した天皇即現人神の信念こそは、實にその淵源であった」と論じている。(『日本思想史研究・第四』)

 

葦津珍彦氏は、「戦ひの勝敗をも功業の成否をも無視してひたすらに忠誠を守り、『ただ死ありて他なかれ』との信条に徹して、湊川に散って行った正成公の忠誠の純粋さに、日本人は感動しました。しかしてこの精神が正行公に継承され、三朝五十余年、ただ忠に殉ずることを知って、出世と繁栄とを顧みないで、一門一党ことごとく斃れて行った楠氏の悲史に対して、日本人は感激し、ここにこそ忠誠の典型があると感じました」「楠公は、建武以前には赫赫たる功業を樹てたが、足利との戦ひに於ては、一敗地にまみれて、その戦ひは有効な成果を生みえませんでした。だが一敗地にまみれて果てし湊川の楠公を最高の忠臣と仰ぎ、そこに最高の感激を感じて来た日本の精神史を、高貴であると信ずるのであります。勝敗は時の運によって支配され、功業の成否は、天によりて定まる人間精神の偉大さ、高貴さは、その勝敗成否に心をうばはれることなく、良心の命ずるがままに忠なることにある」(『楠公論私説』・湊川神社社務所発行「大楠公」所収)と論じてゐる。

 

第二十三代・顕宗天皇はその父君・市辺押磐皇子(いちのべのおしはのみこ)を殺したまふた雄略天皇をお怨みになり、その御霊に報復せんとされて御陵を毀損しやうとされ、弟君・意祁命(おけのみこと)にそれを命じられた。だが、意祁命は御陵の土を少し掘っただけで済まされた。天皇がその理由を尋ねられると意祁命は「大長谷の天皇(註・雄略天皇の御事)は、父の怨みにはあれども、還りてはわが従父(をぢ)にまし、また天の下治らしめしし天皇にますを、今単(ひとへ)に父の仇といふ志を取りて、天の下治らしめしし天皇の陵を悉に破壊りなば、後の人かならず誹謗(そし)りまつらむ」(『古事記』)と奉答された。

 

如何に悪逆非道の天皇であると思っても、天皇に反逆してはならないというのがわが国の尊皇精神なのである。この事が日本国の太古以来の道義精神の基本であったからこそ、意祁命(おけのみこと)は、顕宗天皇に對し奉り「後の人かならず誹謗(そし)りまつらむ」と言上したのである。絶対尊皇精神は太古以来の伝統である。

 

本居宣長は、「から國にて、臣君を三度諌めて聽ざる時は去といひ、子父を三たびいさめて聽ざるときは泣てしたがふといへり、これは父のみに厚くして、君に薄き悪風俗也。…皇国の君は、神代より天地と共に動き給はぬ君にましまして、臣下たる者去べき道理もなく、まして背くべき道理もなければ、したがひ奉るより外なし。なほその君の御しわざ悪くましまして、従ふに忍びずと思はば、楠主の如く、夜見の國へまかるより外はなきことと知べし、たとひ天地はくつがへるといふとも、君臣の義は違ふまじき道なり…然れば君あししといへ共、ひたふるに畏こみ敬ひて、従ひ奉るは一わたりは婦人の道に近きに似たれ共、永く君臣の義の敗るまじき正道にして、つひには其益広大なり。」(『葛花』)と論じている。

 

天皇は現御神であらせられ絶對的に尊ぶべき御存在である。もしも、万が一、天皇の御心や御行動が、自分の考へや思想や理想と異なることがあっても、天皇陛下を批判する事は絶對にあってはならない。むしろ自らの祈りが足りないことを反省すべきである。天皇陛下が間違った御命令を下されたり行動をされてゐるとたとへ思ったとしても、國民は勅命に反してはならずまして反對したり御退位を願ったりしてはならない、如何にしても従へない場合は楠正成の如く自ら死を選ぶべきであるといふのが、わが國の尊皇の道であり、勤皇の道であることを、本居宣長先生は教へられてゐる。

 

ただし、上御一人に対し奉り諌め奉る事を全面的に否定してゐるとは思はない。三度までは諌め奉り、どうしてもご翻意なき場合は、泣きて従ふのが日本天皇に対する臣下国民の道である。

 

捨身無我の絶対尊皇精神がここに説かれてゐる。これが日本人の道義精神の極地である。これを「恋闕心」と言ふ。恋闕心とは、宮闕(きゅうけつ・宮殿・宮城・宮門・)を恋ひ慕ふ心のことである。ただひたすらなる尊皇の思ひである。

 

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2017年5月25日 (木)

千駄木庵日乗五月二十五日

午前は、諸事。

午後は、日曜日に行われる『日本の心を学ぶ会』における講義の準備。

午後四時半より、乃木神社尚武館にて、犬塚博英氏が「大楠公に学ぶ『承詔必謹』『尊皇絶対』観」と題して講演。午後六時より、『楠公祭』執行。祭詞奏上・祈願詞奏上、「櫻井の訣別」斉唱、玉串奉奠、「海ゆかば」斉唱などが行われた。最後に、祭主である犬塚博英氏が挨拶。司会は横山孝平氏が務めた。

帰宅後は、原稿執筆。

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天岩戸神話について

天岩戸神話について松前健氏はその著『日本の神々』において次のように論じている。

 

「石窟戸神話については…天皇の御魂を鎮める鎮魂祭と結びついた神話であった…。鎮魂祭は仲秋すなわち旧十一月の寅の日に行われ、新嘗祭の前日であった。この祭りの趣旨は『令義解』に、『遊離の運魂を招き、身体の中府に鎮む』と言うように、そもそもが天皇の霊魂を呼び返し、体にこめようとする、一種の魂返しの呪法で、『天武紀』十四年などでは、『招魂』(たまふり)という字を当てているのである。この天皇の一種の健康呪法ともいうべきものがアマテラス崇拝と関係し、日神自身の死と復活が、この時の鎮魂歌に歌われているのである。…この鎮魂祭は、冬至のころの太陽祭儀であり、冬に衰える太陽の高熱の回復のため、その神の裔(すえ)としての日の御子であり、かつその化身であると考えられた天皇に対してタマフリを行なったのが趣意であろうことはすでに定説化している。…冬至は、農耕民族においては、『古い太陽が死ぬ日』でもあったし、また新しい太陽が誕生する日でもあった。この衰弱死する古い太陽が磐隠りするアマテラスであり、このときふたたび生れ出る太陽が、『磐戸を開いて出現する日の御子』である。」

 

『天岩戸隠れ』の神話は、明るく楽しく爽やかな太陽神再生のお祭りであり、日の御子であらせられる現御神日本天皇の再生復活の祭りなのである。嫌がる神をそのご意志に反して無理やり岩戸から引っ張り出す、などという、あたかも吉良邸に討ち入った赤穂義士が吉良上野介を炭小屋から引っ張り出したような闘争的な話ではないのである。

 

八百万の神々は長鳴鳥を鳴かせたり、鏡や勾玉が沢山ついた玉の緒のついた榊を作ったり、布刀玉命が占いをしたり、天児屋命が祝詞を唱えたり、天宇受売命が神懸りして踊るなどのお祭りをし、「天晴れ、あな面白、あな楽し、あなさやけ、おけ」と大笑いし大騒ぎをした。天照大神が不思議に思って岩戸を少し開けて覗かれると、「あなたより尊い神がおいでになります」と言って、手力男命が手を引いてお出しするという、まことに明るく楽しいお祭りなのである。

 

八百万の神々が天岩戸の前でのお祭りで集団で舞い踊り、大笑いし、大騒ぎをするなかで、死からの復活=起死回生を喜んだのである。それは日本中世の「踊念仏」、江戸末期の「ええじゃないか踊り」とよく似ているのである。また、祭祀における直会とも似ていると言える。

 

楽しく明るい祭祀と饗宴を行うことによって。新たなる生命の復活、天照大神の新たなるお出ましが実現するのである。天岩戸神話はそうしたことを物語っているのである。

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2017年5月24日 (水)

千駄木庵日乗五月二十四日

午前は、諸事。

午後は、原稿執筆の準備。

午後六時より、市ヶ谷のアルカディア市ヶ谷にて、『第五十回呉竹会アジアフォーラム』開催。加瀬英明氏、山田宏参院議員が講演。田母神俊雄氏がスピーチ。頭山興助会長が挨拶。

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田母神俊雄氏

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頭山興助氏

帰宅後は、原稿執筆。

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2017年5月23日 (火)

『禁中並公家諸法度』と『現行占領憲法』

 

敗戦後、天皇の統治大権は連合國最高司令官の隷属下にあった。昭和二十年八月十日『ポツダム宣言』を受諾するにあたってわが國政府がアメリカに対し「ポツダム宣言の条項は受諾するも、天皇の國家統治の大権を変更するの要求を包含しおらざることの了解の下に受諾す」との最後の申し入れを行ったのに対し、アメリカのバーンズ國務長官は「天皇および日本國政府の國家統治の権限は、降伏条項實施のため、必要と認むる措置をとる連合國最高司令官の制限の下に置かれるものとする」と回答してきた。

 

「制限の下に置かれる」といふのはあくまでも日本外務省の訳語であって、英語の原文は「subject to」であり、正しい訳語は「従属の下に置かれる」あるいは「隷属の下に置かれる」である。

 

三潴信吾氏は、「(バーンズ回答は)戰時國際法に基く彼等の權利を示したものである。この『従屬』の意義を明確にすべきであって、これ、政府が國民の憎悪感を和げんとして『制限』と譯し、『日本國憲法』は單に一部機能を制限された日本の主権の下に、少なくも日米合作で制定したものの如く擬装したことは言語道断である」(『日本憲法要論』)と論じてゐる。

 

また、同年九月六日付の米國政府の『マッカーサー元帥あての指令』に「一、天皇および日本國政府の國家統治の権限は、連合國最高司令官としての貴官に従属する。…われわれと日本との関係は契約的基礎の上に立つものではなく、無条件降伏を基礎とするものである。…二、日本國の管理は、日本國政府を通じて行われる。ただし、これは、そのやうな措置が満足すべき成果をおさめうる限度内においてとする。このことは、必要があれば直接に行動する機関の権利を妨げるものではない。」(桶谷秀昭氏著『昭和精神史』より引用)と書かれてゐる

 

以上の事實によって、天皇の統治大権が連合國最高司令官たるマッカーサーの従属下にあったのは明白である。ただし、この場合の「統治大権」とは『大日本帝國憲法』第四条の「統治権力」であって、信仰共同體日本の祭祀主たる天皇の御統治といふ信仰的精神的権威と御権能までが、マッカーサー連合國最高司令官の隷属下に置かれたのではない。それは、征夷大将軍が「統治権力」を行使してゐた徳川幕藩體制下においても、天皇が日本國の祭祀主としての精神的信仰的君主の権威と御権能を保持されてゐたのと同じである。

 

徳川幕府は、元和元年(一六一五)七月十七日『禁中並公家諸法度』(『禁中方御条目』ともいふ)を定めた。徳富蘇峰氏は「(『禁中並公家諸法度』は)公家に向かって、その統制権を及ぼしたるのみでなく、皇室にまで、その制裁を及ぼしたるもので、いわば公家はもとより、皇室さえも、徳川幕府の監督・命令を仰がねばならぬ立場となったことを、法文上において確定したものだ。すなわちこの意味において、武家諸法度に比して、さらに重大なる意義がある」(『近世日本國民史・家康時代概観』)と論じてゐる。

 

その第一条には、「天子諸藝能の事。第一御學問なり。」と記されてゐる。そして「和歌は光孝天皇より未だ絶えず。綺語たりと雖も、我が國の習俗なり。棄置く可からず」などとも書かれてゐる。

 

徳富蘇峰氏はこの条文について、「天皇は治国平天下の学問を為さず、ただ花鳥風月の学問を為し給うべしとの、意味にて受け取るを、正しき解釈とせねばならぬ。」(同書)と論じてゐる。

 

肇國以来、天皇の御地位は、本来成文法の規定を超越してゐる。わが日本は國家の本質と君主たる天皇の御本質が建國以来、信仰的に厳然と確立してゐる。成文憲法でそれを変革することはできない。日本天皇が日本國の君主・統治者であらせられるのは、日本の傳統信仰・歴史的な國體観念に基づくのであって、成文法に規定されてゐるからではない。つまり天皇及び皇室そしてそれを中心とする日本國體は憲法などの世俗的な法律を超越しており、憲法などの世俗の成文法は、皇室にかかはることに干渉することは本来できない。

 

成文法おいて、天皇の御事が具體的に記されたのはこの『法度』が初めてであるといふ。天皇と朝廷はこの『法度』によって幕府の制定した成文法の枠組みの中に入れられてしまった。「御學問第一」などといふことをあへて成文法化して規定した上に、日本國の君主であらせられ統治者であらせられる天皇本来の國家統治の御権限については何も記されゐないのは、天皇が「政治的権力」を有してをられないない事を「成文法」として規定したものである。すなはち、「天皇は實際の政治権力には関与されず、ただ宮廷において御學問をされておればよい」と読むのがこの『法度』の正しい理解であらう。天皇の統治大権は、幕府権力によってそれこそ制限されたのである。この『法度』の實際の制定権力である江戸幕府への「大政委任」の成文法的根拠を与へた。

 

このやうに見て来ると、『禁中並公家諸法度』は、外来権力ではないが武家権力によって「制定」せられた点、およびその内容が日本國體を隠蔽してゐるといふ点において、『現行占領憲法』と似てゐる。『禁中並公家諸法度』は江戸時代を通じて一切改訂されなかったが、徳川幕府が打倒された後、まさに無効となった。『現行占領憲法』も、『禁中並公家諸法度』と同じく、講和発効・占領解除後に当然無効となってゐるべきである。

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千駄木庵日乗五月二十三日

午前は、諸雑務。

午後二時より、北区の菩提寺にて、『お施餓鬼法要』執行。この後、四宮家墓所を掃苔、ご先祖そして父母の御霊に拝礼、お塔婆を供養、ご冥福とご加護を祈る。

午後六時より、新宿にて、宮崎学氏の講演会開催。宮崎氏が「テロ等準備罪盗聴法を考える」と堕して講演、質疑応答。

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講演する宮崎学氏

帰宅後は、原稿執筆など。

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今上陛下の「お言葉」を拝し奉りて

今上陛下が、昨年八月国民に対して発せられた「お言葉」で、「本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います」と仰せられた。

 

これに対して、「天皇に私無し」「天皇は無私の御存在」であるから「個人として」などと仰せられるのはおかしいと主張する人がいる。私はこうした「天皇批判」に大きな違和感と言うか怒りをおぼえる。

 

今上陛下は、「天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら」と仰せれられているのである。つまり、「現行占領憲法」第四条に「国政に関する権能を有しない」と規定されているため、憲法上の「現行の皇室制度」についてもご意見を表明されることはできないとのお考えのもとに、敢て「個人として」と仰せになったのである。別の言い方をすれば「個人として」と仰せになるしかなかったのである。

 

私をして言わしむれば、日本国において、今上陛下ほど「無私」「私無し」の生き方を為されている方はおられない。常に国民の幸福と日本国の安泰そして世界の平和のために、神を祭り、神に祈り、そして国民に寄り添い、国民を励まされている方は、天皇陛下以外におられない。

 

田尾憲男氏は、「現憲法によって『国政に関する権能』を剥奪された天皇には、国政はおろか、皇室の大事な制度変更についての発議権も、また公式に発言する権能も与えられていないのである」(『青年運動』平成二十八年十月十五日号所収論文「君民一致」)と論じておられる。

 

國體を隠蔽した「現行占領憲法」にがんじがらめにされている天皇陛下がご自分の御意思を国民に向かって表明される際、「個人として」と仰せにならざるを得なかったのである。我々臣民は、そういうことをそれこそ、慎んで忖度させて頂かなければならない。

 

さらに言えば、「個人としての天皇」は、「現行占領憲法」に規定された「地位」としての「天皇」ではないということである。

 

「個人」とは、「一人の人」という意味である。天皇陛下が仰せになった「個人」とは「上御一人」の意味であると拝し奉るべきである。上御一人・日本天皇は日本国の祭祀主であらせられる。「祭祀」「神祭り」を行わせられる「天皇」は「祭祀」の本義からも本質的に「無私」の御存在であらせられる。

 

「現行占領憲法」に規定された「地位」としての「天皇」ではなく、上御一人・祭祀主としての「お言葉」はまさに「みことのり」である。

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2017年5月22日 (月)

千駄木庵日乗五月二十二日

午前は、諸事。

午後、母の葬儀の際お世話になった方が来宅。懇談。

この後、原稿執筆の準備、資料整理検索、原稿執筆。、

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2017年5月21日 (日)

『現行占領憲法』は根底から否定されなければならない

 

『現行占領憲法』には次のように書かれている。

 

「第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

 

第一項も現実無視の亡国条文である。国家防衛即ち自衛戦争は、最重要な「国権の発動」である。北朝鮮や共産支那などからの武力侵略は最も悪質なる「国際紛争」である。これを阻止するために「武力による威嚇又は武力の行使」を行うのは国家として当然の権利だ。第一項も亡国条文であることは明白だ。

 

従って、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という第二項は、国家の存立を根底から否定する条文である。自衛隊は誰が見ても、陸海空軍である。しかし、この条文がある限り「陸海空軍」と見做されないのである。「交戦権」を否定されているのに事実上「陸海空軍」があるというのは全くの欺瞞である。

 

安倍総理は、『現行憲法』の第九条をそのままにして、「自衛隊を憲法」に明記すると言う。これは、公明党の「加権」という主張を考慮したのと、一日も早く「自衛隊違憲論」の根拠をなくすための窮余の一策なのだろうが、このような欺瞞的「加憲」を行うべきではない。

 

『現行占領憲法』第九条を素直に讀めば、「自衛のためであろうと戦争は行わない」「一切の戦力・陸海空軍は持たない」という意味であることは明白だ。こんな憲法は根底から否定されなければならない。正々堂々「国家防衛」「国軍保持」を憲法に規定すべきである。

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千駄木庵日乗五月二十一日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、書状執筆、資料の整理、原稿執筆など。

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『政治文化情報』平成二十九年六月号のお知らせ

四宮政治文化研究所発行・『政治文化情報』平成二十九年六月号のお知らせ

 

『政治文化情報』は、昭和五十九年創刊以来、小生の論考、時局問題などに関する主張、活動状況の報告、各方面から得た様々な情報などを掲載し、それなりの評価を得て来たと自負致しております。
多くの心有る皆様方のご購読をお願い申し上げます。
見本誌御希望の方はご遠慮なくメールでお申し込み下さい。

メールアドレス m-shinomiya@max.hi-ho.ne.jp

購読料
年間 12000
半年 6000

平成二十九年六月号(平成二十九年五月二十日発行)の内容

 

〈皇都の一隅より〉

大アジア主義について

 

明治維新と大アジア主義

 

「大西郷の精神」と「欧化主義」

 

「大攘夷」の精神と明治以後の開國・近代化

 

「夷を以て夷を制す」

 

日露戦争の意義

 

対米英戦争は「尊皇攘夷」「アジア解放」の戦ひであった

 

今日における「大アジア主義」とは

 

千駄木庵日乗

村井友秀東京國際大學教授「國内の不満を外に転嫁するために日中関係は緊張している方がいい。外敵の脅威が重大だとして國内を統一する。それが共産党統治のメカニズム」

 

高村正彦氏(衆議院議員・基調講演)「積極的平和主義は多くの國から支持されている。わが國の國益の確保を目指した積極的努力、アジア・アフリカへの日本の質の高い支援は、高い評価を得ている」

 

ジョセフ・ナイ 氏(ハーバード大學教授)「アメリカは破綻しない。アジアの将来は日米同盟がある限り楽観できる」

 

 

ヴァリ・ナッサー 氏(ジョンズ・ホプキンス大學教授)「ヨーロッパのファシズムの台頭は難民問題が影響している。國際秩序の維持のために難民の二次被害を防がねばならない」

 

岡本行夫氏(外交評論家)「ロシア・中國という新しい帝國主義の勢力が伸びて来て、新しい帝國主義の時代になっている。アメリカが動かないと中國とロシアが攻め込んでくる」

 

 

この頃詠みし歌

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第七十三回 日本の心を學ぶ會のお知らせ

第七十三回 日本の心を學ぶ會

テーマ 國體と憲法を考える

今年の五月三日の憲法記念日で「現行占領憲法」は施行から七十年を迎えました。

 

北朝鮮情勢の危機の高まりや、天皇陛下の御譲位の制度化には憲法改正が必要であると内閣法制局が指摘したことから今年の憲法記念日は憲法改正に向けた動きに注目が集まりました。

安倍首相は改憲を求める集會に送ったメッセージの中で「二〇二〇年を新しい憲法を施行させる年とさせたい」と表明しました。

 

憲法改正は國民投票の過半数の賛成が条件とされています。つまり憲法改正の最終局面では一般の國民の意思がその成否を左右するといえます。今後は改憲の目標とした二〇二〇年に向けて改憲・護憲勢力ともに國民投票での過半数の獲得を目指した一般の國民へ働き掛けが活発化することが予想されます。憲法九条や緊急事態条項などさまざまな論点が浮上しています。しかし真に我々が目を向けなくてはならないのは國體と憲法の関係です。

 

日本國體は「日本は天皇を祭祀主・君主・統治者と仰ぐ祭祀國家・信仰共同体である」ということです。天皇を統治者と仰ぐ日本國體は、成文憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法などの権力機関で制定された法律は、國體及び皇室に干渉することはできないのです。

 

日本天皇が日本國の君主・統治者であらせられるのは、日本の傳統信仰・歴史的な國體観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではありません。

 

國家の最高法規たる憲法はこの傳統的國體精神に合致したものでなくてはなりません。「現行占領憲法」は傳統的な日本國體を隠蔽した外来征服者の「命令書」にすぎません。我々は正しい正統な憲法を取り戻さなければなりません。

 

そこで今回の勉強會では、國體と憲法について學んでみたいと思います

 

(今回の勉強會は文京区民センターでの開催となります。文京シビックセンターではありません。ご注意ください)

 

【日時】平成二十九年五月二十八日 午後六時から

 

【場 所】文京区民センター3-D會議室

東京都文京区本郷4-15-14営三田線・大江戸線「春日駅Å2出口」徒歩二分、東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩五分、東京メトロ南北線「後楽園駅六番出口」徒歩五分、JR水道橋駅東口徒歩一五分都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩二分

 

【講 演】「萬邦無比の日本國體と成文憲法」

講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

 

【司會者】林大悟

 

【参加費】資料代五〇〇円終了後、近隣で懇親會(二千円くらいの予定です)

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

 

この告知文は主催者が作成したものです。

 

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浅川公紀筑波学院大学教授による「トランプ政権スタート」と題する講演内容

二月十八日に開催された『アジア太平洋交流学会』における浅川公紀筑波学院大学教授による「トランプ政権スタート」と題する講演内容は次の通り。

 

「日本は何処の国も大切にするが、台湾が好き。台湾は日本にとって友人であり大切な国。トランプ政権がスタートして一か月。トランプはクリントンよりは良いという感覚がアメリカ国民にはあった。クリントンは国務長官・ファーストレディをやったが信頼できなかった。クリントン夫妻は高い講演料を取る。中国からも金をもらっているということが広まっている。アメリカ国民にはなじめない。それに比べるとトランプの方がまあ良いということ。

 

トランプは差別用語を使うがアメリカの真実がその演説の中にある。少数民族差別・人種差別をしてはいけないのは分かっている。トランプ支持の人たちは怒れる白人。白人層の恵まれない人々、学歴の無い人々が『トランプは俺たちを救い上げてくれる』と思いトランプに投票した。ニューヨークに住んでいる専門家はそれが読めなかった。トランプはメディアに不信感を持っている。政策的には不公平不公正を正さねばならないという意識が強い。

 

多国間で物事を決めるのではなくアメリカにとって有利でなければならないということで、TPP離脱の大統領令を出した。トランプは就任演説で理念と理想を語ることはなかった。単純明解だった。『アメリカ労働者と家族の利益』という言葉を使った。『アメリカファースト』を明確に打ち出した。『ワシントンは栄えたが、国民はその利益を共有しなかった』『ワシントンから権力を国民に奪い返す』『経済の基本原則はアメリカ製品を買い、アメリカ国民を雇う』『アメリカを再び偉大な国にする』『保護こそが偉大な繁栄と強さにつながる』と言った。

 

クリントンはオバマの考えを引き継いで現状維持。トランプは現状変革。そのためのキーワードが『アメリカファースト』。『アメリカファースト』を保護主義と訳してしまうと語調が強すぎる。アメリカ経済と貿易はアメリカ産業と労働者を守り保護する。外交安保はアメリカ本土を守る。イスラム主義者がアメリカに入って来るのはとんでもないということになる。米国本土と米国民の生命と安全を直接脅かすイスラム過激派・テロリズムとの戦いを最優先する。

 

大統領令を連発することによって自分の考えを明らかにし、どんどん進めていきたい。大統領令は議会を通した法律と同じ力がある。日本と同じ感覚で見ない方がいい。アメリカの行政権は大統領一人にある。閣僚は大統領の子分にすきない。大統領の行政権はそれだけ強い。

 

高額の国境税を課す。TPB離脱は大統領令で可能。ナフタ(注・北米自由貿易協定)は議会が承認しているので大統領令で離脱することが出来ない。トランプはオバマレガシーを評価したくない。トランプは『国民皆保険は止めたい。オバマケアはお金がかかりすぎる。もっと良質でさらに安い保険制度を作ろうとしている』と言った。国民皆保険は、制度は作ったがうまく稼働していない。オバマレガシーはどんどん改める。

 

イスラム過激主義への戦いをする。ホワイトハウスのホームページで『力による平和』と言っている。オバマは世界の警察官にならないと言った。トランプも選挙の時に同じことを言った。警察官をどう解釈するかが問題。トランプはアメリカの外交の中心課題として『力による平和』を言っている。国防予算を増やし、米軍を強化する。そこがオバマとは違う。アメリカ国民を第一に、アメリカ経済の繁栄を守るために、国防予算を増加。イスラム国及び他のイスラム過激派テロ組織の撃代が最優先課題。アメリカ国民に資するとなれば軍事力を行使する。シリアに地上軍を派遣するという議論もある。

 

『日米首脳会談』は破格の待遇。安倍総理は異例の厚遇を受けた。就任前にも、安倍さんはトランプに会った。日米首脳会談の宣言と記者会見は、日本にとって良いものであった。これだけの厚遇はこれまでなかった。日米同盟はアジア太平洋における平和・繁栄・自由の礎。『日米安保条約』の第五条を尖閣に適用が大事。このことを共同宣言に入れたのは重要。安倍さんの真面目さがアメリカに伝わった。経済面での日米協議が頻繁に行われるであろう。自由で公正な貿易のルールに基づき、日米間や地域の経済関係を強化する。トランプは多国間の協議は不得手。共和党は多国間の提携・経済協力は中国への抑止力になる事は分かっている」。

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千駄木庵日乗五月二十日

午前は、諸事。『政治文化情報』発送作業。

午後一時半より、TKP飯田橋ビジネスセンターにて、『アジア太平洋学会五月例会』開催。久保田信之会長が挨拶。荒木和博氏(特定失踪者問題調査会代表・拓殖大学海外事情研究所教授)が「朝鮮半島の現状と拉致問題」と題して講演。質疑応答。

帰宅後は、『政治文化情報』発送完了。購読者の皆様には週明けにはお届けできると思います。

この後、原稿執筆など。

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2017年5月20日 (土)

『躍進日本!春風の会』における二階俊博自民党幹事長の講演内容

 

 

二月九日に開催された『躍進日本!春風の会』における二階俊博自民党幹事長の講演内容は次の通り。

 

「トランプ新政権とどう対峙するか。誰もが分からないテーマ。会談が終わってみなければわからない。日米両国は基本的価値観を共有している。日米両国は自由民主主義・人権・法の支配を共有している。日米同盟関係は深い信頼に基づき、日本外交の基軸。日米同盟関係をどう守っていくかが重要課題。アジア太平洋の安定は日米両国共通の願い。トランプは何を言うが予測できない。それに対してどう対峙していくかが大きなテーマ。日米安保体制強化、日米同盟の抑止力を強化させるのが大事。新しいガイドライン、新安保体制の下で日米同盟をさらに進めて行く。新ガイドラインに基づく取り組み、切れ目のない対応が重要。熊本地震の時、自衛隊と米軍が円満な共同運営・協力を実施し大きな評価を得た。トランプとの関係は、戦後の日米の絆の上で語られるべし。

 

国防長官の訪日で、地域の安定のための日米連携で一致したのは大きな成果。安倍総理は、『マティス国防長官が就任の後、最初の訪問国として日本を選んだことを高く評価する』と発言したが、全くその通り。北朝鮮は共通の課題。『日米安保条約第五条』(注・各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する)が重要。同盟関係の重要性を共有しつつ日米の揺るぎない関係を世界に発信することを期待している。国民の期待が総理の肩にかかっている。総理自身意気軒高。必ず成功するであろう。日本は国際的に大きな責任を負っている。首脳会談はもっと頻繁に行うべし。粘り強く決意を持って行きたいと思う。日米同盟は他の模範になるくらいの話し合いの成果をあげる事を期待する。

 

多くの議員をアメリカに派遣し、日米同盟の深化を内外に知らしめることが大事。間断なく両国の協力関係を海外に理解して頂ける形でやっていきたい。議員外交が重要。議員のアメリカ訪問を党を挙げてバックアップしたい。話し合いの場を作るのが大事。経済関係もウィンウィンの関係を構築し、お互いが協力し、両国に大きな利益をもたらす。トランプのインフラ・エネルギー分野重視は、日本にとってもチャンス。先端技術、・地球規模の課題では日米両国が協力するところはまだまだ沢山ある。TPPの戦略的意義についてアメリカに腰を据えて主張していきたい。政府に任せて観覧席で見ていようと言う態度は許されない。議員外交でバックアップすることが大事。

 

国土強靭化、自然災害の防止が大事。熊本地震、鳥取地震、糸魚川大火災が起った。人間として、自民党議員として、重要な職責を担っている。糸魚川大火災で焼け出された人々が、『このままの状態で年を越さねばならない、協力してもらいたい』とお願いしたら、十三人の国会議員が糸魚川に行った。ところが切符が無い。隣の県に一泊して糸魚川に入った。自然災害は忘れた頃にやって来るではなく、この頃は忘れない頃にやって来る。国土強靭化というテーマに取り組んでいる。何よりも重要なのは教育であり訓練。自民党の中に国土強靭化調査会を設置。百回もやった。これをバネにして国土強靭化に努力したい。災害から一人でも多くの命を救うことが我々の目的。アメリカも中国も周辺諸国も大事。仲良くして行く方策を模索して行かねばならない。アメリカと中国を大事にし、バランスを考えて行かねばならない」。

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2017年5月19日 (金)

千駄木庵日乗五月十九日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、資料の整理、原稿執筆の準備など。

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2017年5月18日 (木)

日本傳統精神は天神地祇崇拝を基本とする

日本の歴史を根底から支へて来た力は稲作である。日本傳統信仰は稲作生活から生まれ、稲作生活の中に生きて来た。稲作生活は、再生と循環と相互の助け合ひが根本にある。基本的に闘争や侵略とは最も遠い平和なる共同生活である。

再生と循環は自然の思想である。古代日本人は自然の再生と循環の中に自然と共に生きて来た。日本人は、人の命も自然の命も永遠に共生し循環し続ける事を實感してきた。

 

日本傳統精神は、生活の中から自然に生まれた精神であり、自然を大切にし、自然の中に神の命を拝む心・祖先を尊ぶ心である。わが國の神々は、天津神、國津神、八百萬の神と言はれるやうに、天地自然の尊い命であり先祖の御霊である。

 

日本傳統精神は、天神地祇崇拝(祖先と自然の霊を尊ぶ心)を基本とする。先祖からの恩恵に感謝し、大自然を尊び、大自然から人生を學び、生き方を學び、國の平和と人の幸福の道を學ぶ。山・川・海・風・樹木・石等々全ての自然に神の命が宿ると信じる。また、人の命は神の命であると信じる。一人一人が「命(みこと)」である。一人一人が「日子(ひこ・日の神の御子)」であり「日女(日の神の姫御子)」なのである。日本人は、森羅萬象ことごとく神ならざるものはないのである。

 

かうした精神からは排他独善の精神は生まれない。あらゆるものから學ぶべきものを學ぶのである。だからわが國は古来外来の文化を大らかに包容摂取してきた。

 

日本人は、人間と自然は相対立する存在とは考へないで、人間が自然の中に入り人と自然とは生命的に一體であるとの精神に立つ。

 

わが國の自然を大切にする心=自然保護の精神は、歴史的にも文化的にも「神社の森」「鎮守の森」がその原点である。わが民族の祖先は、古代から神々の鎮まる緑豊かな「神社の森」「鎮守の森」を大切に護って来た。それは「鎮守の森」には、神が天降り、神の霊が宿ると信じて来たからである。「鎮守の森」ばかりではない。ふるさとの山や海に神や精霊が生きてゐると信じてきた。秀麗な山にも神が天降り、神の霊が宿ってゐると信じて来た。

天皇の御祖先である邇邇藝命は高千穂の峰に天降られた。そして、富士山・三輪山・大和三山・出羽三山・木曾山など多くの山々は神と仰がれ今日に至ってゐる。

 さらに、海の彼方にも理想の國・麗しい國があると信じた。それがわたつみ(海神)信仰・龍宮信仰である。海は創造の本源世界として憧憬され崇められた。

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千駄木庵日乗五月十八日

午前は、諸事。

午後は、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事。資料の整理。

午後六時より、水道橋にて、永年の同志二氏と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』発送の仕事。

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2017年5月17日 (水)

宗教と科學技術、傳統と革新の調和は日本において達成できる

 

近代科學技術文明が人間生活を便利にしたことは事實である。しかし、近代科學技術文明は自然を破壊し、人間生命をむしばみ、地球を危機に陥れてゐる面がある。さらに、人間による自然への冒瀆と傲慢な姿勢を生み出した。そしてその自然によって日本人は大変な脅威にさらされることもある。

 

現代文明とは「科學の論理によって技術革新を行ふやうになった文明」と定義され、産業革命以来機械技術の発達を促し、物質的繁栄至上の社會を作り出した。ところが、現代文明は、核戦争の危機・自然破壊と自然災害・人心の荒廃・経済破綻を見ても明らかな如く、既に頂点を越えて没落の時期に差しかかってゐると言はれてゐる。

 

今日の混迷を打開するためには<近代合理主義>を根底に置いた科學技術・物質文明に偏した考へ方を改めて、人間の精神性の復活する事が大切である。

 

壮大なる宇宙の神秘=無限の可能性は、人間の理性や知能によって全てが説明できるものではないといふ謙虚な姿勢を持つべきである。人間が作り出し進歩させてきた科學技術の力によって自然を支配できるなどといふ考へが根本的に間違ってゐたことは、今回の東日本大震災によって實感された。

 

生命尊重、自然保護、公害追放は、政治政策・経済政策によってそれを全面的に解決することはできない。今日の日本人には、西洋精神の影響を受けて自然への畏敬の念を失ってしまった人が多い。

 

現代日本の混迷は、天皇を祭祀主と仰ぐ祭祀共同體を隠蔽し、日本傳統精神を否定し、神を否定する思想が蔓延して来たことがその根本原因である。日本民族が継承してきた傳統的な正しき信仰精神を正しく継承し現代において生かす事が何よりも必要なのである。そのためには日本國民自身が『記紀』や『萬葉集』を學び、神社に参拝し、日本の自然風土に親しむことが大切である。

 

日本の傳統信仰は自然神秘思想であることは間違ひないが、全てを「神秘なるもの」の支配に任せ、科學的思考・合理的思考を拒絶するといふ考へ方ではない。むしろ日本民族は實際生活においては、きはめて合理的・科學的な生活を営んできた。宗教と科學技術の調和、傳統と革新の調和は、實に日本において真に達成できる。日本天皇を祭祀主と仰ぐ信仰共同體國家日本は過去三千年にわたってそれを實践してきたからである。

 

近代科學技術文明による自然破壊・人間破壊の危機救済に、稲作生活を基本とした神代以来の天皇中心の祭祀國家・信仰共同體を今日まで保持しつつ、西洋文化・文明を受容し発展せしめ、もっとも発達した工業國なった日本の精神傳統が大きな役目を果たすと考へる。科學技術國家でありながら、太古からの信仰が今日においても生き続けてゐる日本が、現代の混迷を打開する役割を果たすべきである。

 

自然の生命の循環と全ての生きるものの相互扶助の不思議な原理を、生活の中で體験する農耕民族たる日本民族の信仰精神即ち日本神道精神が、世界の真の平和を作り出すと信ずる。

 

神道(神ながらの道)といふ精神傳統を保持する日本が、新しい文明を切り開いていく。わが國は、古代信仰の「神やしろ」は、伊勢の皇大神宮をはじめ、全国に今日唯今国民に崇敬され、ほとんど全国各地の神社で毎日のやうに祭りが行はれてゐる。

 

アーノルド・トインビーは昭和四十二年、伊勢の皇大神宮に参拝した折、毛筆で次のやうな感想を書いた。「Here, in this holy place, I feel the underlying unity of all religions.」(私はこの聖域において、すべての宗教の根底をなすものを感ずる)

 

人も國土も神が生み給ふたと考へる日本民族の傳統信仰は、神と人間と自然の三つは対立し矛盾した関係ではなく、調和し、融和し、一體であると考へる。闘争と自然破壊に明け暮れる現代世界を救済するには、日本神道精神が大切になる。

 

フランスの哲學者詩人ポール・アントワーヌ・リシャルは『日本の児等に』といふ詩で、「新しき科學と旧き智慧と、ヨーロッパの思想とアジヤの精神とを自己のうちに統一せる唯一の民! 此等二つの世界、来たるべき世の此等両部を統合するは汝の任なり」「流血の跡なき宗教を有てる唯一の民! 一切の神々を統一して更に神聖なる真理を発揮するは汝なるべし」「建國以来一系の天皇、永遠にわたる一人の天皇を奉戴せる唯一の民! 汝は地上の萬國に向って、人は皆な一天の子にして、天を永遠の君主とする一個の帝國を建設すべきことを教へんが為に生れたり」と歌ってゐる。 

 

日本傳統信仰の祭祀は、明るく平和的な行事である。動物や人間を生贄として神に捧げる事はしない。わが國民が祭りが好きであるといふことは、日本人が本来明るい平和的精神を持ってゐるといふことである。日本民族は本来的に残虐でもないし、厭世的でもなければ逃避的でもない。また排他的でもない。それがわが國民性である。いかなる困難も罪穢も神を祭ることによってこれを打開し祓ひ清めることができると信じ続けてきてゐる。

 

日本傳統信仰の「祭祀」の精神が、戦争・闘争テロが繰り返され、自然は破壊され、人の命は軽視される現代を救済し打開する原理となると確信する。また「祭祀」の精神が、自然を破壊し人の命を軽んずる現代の状況を救済し打開する原理となると信ずる。今日の危機打開は、祭祀の精神の復興がその原基である。

 

「神への回帰」「自然への畏敬」といふ精神性を重視した世界観・文明観を確立することが、これからの人類の生存のために不可欠である。天孫降臨の精神=稲穂による國家統治といふ絶対平和の精神が重大な意味を持つと確信する。日本神話の精神の再興が現代の救済である。

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千駄木庵日乗五月十七日

午前は、諸事。

午後二時より、三田の駐健保会館にて、『大行社幹部会』開催。顧問の一人としてスピーチ。憲法第九条について語りました。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事、原稿執筆、資料の整理。

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2017年5月16日 (火)

「憲法守って國滅ぶ」という言葉が現実のものとな.る危険

 安倍晋三総理大臣は五月三日に開かれた「第19回公開憲法フォーラム」に寄せたメッセージで「私は、少なくとも、私たちの世代の内に、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置づけ、『自衛隊が違憲かもしれない』などの議論が生まれる余地をなくすべきである、と考えます。もちろん、九条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと、堅持していかなければなりません。そこで、『9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む』という考え方、これは、国民的な議論に値するのだろう、と思います。」と語った。

 

さらに安倍総理は「読売新聞」五月三日号に掲載されたインタビューで、自民党が平成二十四年に作成した「憲法草案」では、第九条で「国防軍」の保持を明記していることについて、「党の目指すべき改正はあの通りだが、政治は現実であり、結果を出していくことが求められる。党の改正草案にこだわるべきではない」とし、第一項の「戦争放棄」、第二項の「戦力の不保持」を残しつつ、「自衛隊の存在を記述するということを議論してもらいたい」と語った。

 

では、「憲法前文」も「現行占領憲法」のままということであろう。これでは話にならない。今回の安倍総理の発言は、「加憲」を主張する公明党に賛成してもらいたいための発言であろう。

 

自民党の「改憲草案」には「第9条の2(国防軍)

1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」と書かれ、『国防軍』が明記されている。

安倍氏は「政治は現実であり、結果を出していくことが求められる。党の改正草案にこだわるべきではない」と主張しているが、「結果を出していく」ことにこだわるあまり、「原則」を全くなおざりにするのは間違いであり、将来に大きな禍根を残す。

 

「占領憲法」の「前文」を残したままの「憲法改正」は「改正」ではなく、「改悪」である。

 

「占領憲法」の「前文」に書かれている「人間相互の関係を支配する崇高な理想」などというものは、少なくとも南北朝鮮・支那・ロシアは全く持ち合わせていない。力がない国は侵略され、滅ぼされる。

 

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」などということは、全くの空想・夢物語であるばかりでなく、きわめて危険な思想である。

 

わが国固有の領土南樺太・全千島を七十年近くも占拠したままのロシア、わが国固有の領土竹島を六十年以上にわたって占拠している韓国、そしてチベット・東トルキスタン・満洲・蒙古などを侵略支配し、台湾を併呑せんとし、尖閣諸島・沖縄などのわが国固有の領土・領海を浸略せんとしている共産支那、核開発を行いミサイル発射を繰り返しわが国国民を拉致している北朝鮮のどこに「公正と信義」があるのか。

 

さらに『現行憲法』「前文」に「日本国民は…政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうに決意し…平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある。

 

これは「日本は東條内閣の行為によって侵略戦争を起こしましたが、二度とそのような事はしないことをお誓いします。今後はアメリカ様、ソ連様、支那様など戦勝国の皆様の公正と信義に信頼して、侵略を行なった悪い国であるわが国とわが国民の生存と安全を保持してまいります。今後は何をされても決してお手向かいを致しません」という「詫び証文」である。

 

つまり、『現行占領憲法』は、日本國および日本國民は戦勝國に手向かった悪者であり、戦勝國は公正の信義の國であるという文字通りの嘘八百を基本精神にしているのだ。

 

『現占領行憲法』の「平和主義」とは、有り体に言えば「日本は軍隊や武力を持たせるとなにをするかわからない」という戦勝国側の考え方が根底にある。そして「わが國以外の國はすべて公正と信義を持っているのだから、日本を侵略しようなどという國は何処にも存在しない」という虚構が作られた。その虚構の上にわが國の國防という基本國策が立てられているのだ。これを一刻も早く否定しない限り、わが国は自分自身の手で祖国を守ることはできないのである。

 

『現行占領憲法』にいかに間違ったこと亡国的なことが書かれていても、この「憲法」なるものは、戦勝国が無理やり押しつけたものであり、正統なる憲法ではないとして、全面的に否定することができた。

 

しかし、詫び証文である「前文」をそのままにして『憲法改正』を行うと、この「詫び証文」がアメリカの押しつけではなく、国民の意志ということになる。これこそまさに亡国への道である。「憲法守って國滅ぶ」という言葉がまさに現実のものとなるのである。

 

今回の安倍総理のメッセージ・発言は現在の政治情勢化において一日も早く「憲法」に「国家防衛の實力組織」を明文化しようとの意思に基づく已むを得ざる選択であったろう。安倍氏の本心は「自主憲法制定」であると信ずる。であればこそ、正道を堂々と歩んで欲しいのである。

 

 

 

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千駄木庵日乗五月十六日

午前は、諸事。

午後は、『伝統と革新』編集の仕事。

午後四時、団子坂下にて、同志二氏と意見交換。

帰宅後は、明日のスピーチの準備、資料の整理など。

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『憲法懇話会』における高乗正臣・慶野義雄両氏の報告

二月四日に開催された『憲法懇話会』における報告は次の通り。

高乗正臣平成国際大学名誉教授が「今上天皇の攘夷問題と天皇の在り方の本質」と題して報告し、「生前譲位の問題は、陛下は随分前からあたためておられたと承る。一代限りの特例法は避けるべきだと思った。その場しのぎで法律を変えるとなると、皇位が不安定になる可能性がある。明確な基準と手続を確立すべし。本来私は譲位には否定的。五百歩譲っても『皇室典範』改正が必要。摂政の要件を広げて、摂政制度を活用すべし。『国事行為の臨時代行に関する法律』に「高齢」を加えればいい。有識者会議のスタンスと私は異なる。天皇の本来のあり方と本質とは何かを国民も政治家もしっかり議論していかないといけない。トランプ現象でアメリカは完全に分断されたと思う。大統領制は脆弱で不安定な政治制度であることが明らかになった。韓国大統領の不祥事を見てもそう思う。自然に生成してきたわが國體・天皇のあり方がいかに政治の安定、国家の統一に資するものであるかが分かる。巧まざる統合を達成する。このような天皇のあり方を、政治的に利用したり変形してはならない。明治元年(一八六八)年に新政府が発表した『政体書』(注・政治組織ならびに綱領を沙汰攻め太政官布告記)に『天下の権力、総てこれを太政官に帰す、則政令二途出るの患無らしむ。太政官の権力を分つて立法、行法、司法の三権とす、則偏重の患無らしむるなり』と書かれている。『天下の権力は天皇に帰する』とは書かれていない。鎌倉時代以降、政治権力は幕府が担ってきた。幕府レベルのものは太政官が引き継げばいいということか。本来、政治権力は、この『政体書』に書かれていることが日本の伝統ではなかったか。近代立憲国家ではどうしても『元首』になる。西洋の君主にはどう考えても日本天皇の在り方に近いものは無い。ローマ、ドイツ、イギリスの君主に、天皇に近いものは無い。他国の君主と比べようのない日本独自の天皇の在り様があるのだから、西洋流に変形し、政治的作為的にいじることに慎重であるべし。陛下の御地位をめぐって、侃侃諤諤の議論が行われるのは如何なものか。天皇の本来の在り方を変えるのではないかと危惧する」と語った。

 

慶野義雄平成国際大学教授が、『憲法改正と美意識』と題して報告し、「明治維新で確立した原則を崩しかねない事態になってきた。『大日本帝国憲法』と『皇室典範』はお互いに干渉せずが、日本の近代法の大原則。宮中・府中の別が大事。祭政分立を絶対に忘れてはいけない。国民主権だからと言って、国会で侃侃諤諤の論議をしていいのか。『憲法第九条』は昭和天皇の発案だと言う人がいる。天皇陛下の御心を勝手に忖度している人がいる。皇后陛下は深い國體へのご理解があられるのではないか。皇后陛下は『生前退位という言葉を聞いて大変ショックを受けました』と言われている。最大限のマスコミ批判。『深い悲しみを覚えました』と仰せになっている。一般国民が論議すべきではない。露骨な政治の話になってしまった。憲法の第一条に『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く』とあり、第四条に『天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない』とあるのは大矛盾。政治的機能には尊厳的機能と政治的機能がある。天皇は高度な政治的機能・尊厳的機能を有する。第一章と第四章は大矛盾。天皇は、ステイト・国務に関しては憲法に書いてあることのみを行う。『大日本帝国憲法』第四条『天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ』と同じ。『現行憲法』の英文の原文には、『ガハメントに関する力を持たない』と書かれている。『統治』には二つの意味がある。シラシメスとウシハクの二つである。ウシハクがガバメント。政府あるいは行政に関する権力については、『憲法』に書いてあること以外はやってはいけないと書いてある。不親政の伝統が生まれた。シロシメス行為が憲法の第一条に書かれている」と語った。 

この記録は小生のメモによるもので不完全です。文責は小生にあります。

 

千駄木庵主人曰く。憲法は、「権力の制限規範」であると言う。であるならば、権力者ではあらせられない天皇は、「権力の制限規範」たる憲法を超越した御存在であり、憲法が天皇を制約することがあってはならない。『現行憲法』には、天皇は「国政に関する権能を有しない」と書かれている。であるならば、三権の一つであり立法機関である国会が権力者であらせられない天皇の御位即ち「皇位」について議論し決定することはできない。国権の最高機関たる国会が、権力者ではあらせられない天皇の「御地位」について干渉したり何事かを決めることはあってはならない。

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千駄木庵日乗五月十五日

午前は、諸事。

午後は、『やまと新聞』に連載中の「歴代天皇の御製に学ぶ」の原稿執筆・脱稿・送付。

午後五時より、お茶の水にて、『伝統と革新』編集実務担当者と打合せ。

帰宅後は、原稿執筆、『政治文化情報』発送準備。

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2017年5月15日 (月)

天皇・皇室と和歌

和歌は伝統の継承と創造とは一体である。歌を詠む人は、先人の和歌を手本として学ぶ。和歌の原点を常に顧みながら新しい創造を行なってきた。即ち伝統と創造が一体になってゐる。ここに和歌文学の特質がある。日本人は伝統の継承から創造を学んだ。和歌はその典型である。伝統と創造が渾然一体となっているのが和歌である。

 

これは、皇位継承・伊勢の神宮御遷宮と相似である。日本天皇の肉身はやがてお隠れになられるが、皇位は不滅であり皇統連綿であり萬世一系である。先帝がお隠れになると新帝が即位の大典を執行され大嘗祭を行はれることによって、新しき肉体であらせられながら邇邇藝命以来の皇統を継承される。伊勢の皇大神宮は、御祭神の天照大御神の御神霊は永遠であるが、神殿は二十年ごとに造り替へられる。

 

伝統を継承しながら、常に新たなる生命が甦るといふのが、わが国の皇位であり、伊勢の神宮であり、和歌なのである。これは他国には見られないわが日本の特質である。わが國の國體は万邦無比である。

 

和歌は天皇・皇室を中心に継承されて来た。古来、わが国に於て幾度か『勅撰集』が編纂され撰進された。和歌の中心に常に天皇が存在し、和歌集の多くは勅撰によって成立した。

 

天皇の国家統治の基本に和歌がある。和歌は天皇の国家御統治と一体である。天皇国家統治をやまとことばで「きこしめす」「しろしめす」と申し上げる。天皇の御心を民に示し、民の心を天皇が知り給うために実に和歌が重要な役割を果たしたのである。天皇の国家統治は和歌とは切り離し難く一体である。天皇の国家統治は、西洋や支那の皇帝・國王のように権力・武力によって国民と国土を支配するのではない。日本天皇は、まつりごとと和歌といふ二つの信仰的精神的営為によって国民と国土を統治されるのである。

 

本居宣長は「もののあはれを知るといふことをおしひろめなば、身ををさめ、家をも国をも治むべき道にわたりぬべきなり。…民のいたつき、奴のつとめをあはれとおもひしらむには、世に不仁なる君はあるまじきを云々」(『源氏物語玉の小櫛』)と論じてゐる。

 

宣長は「もののあはれを知る」心が日本人の道義精神の原理であり、さらには政治の原理であるとしてゐるのである。天皇が和歌を詠ませられるとともに、『勅撰和歌集』の撰進が行はれたのは、まさに天皇が「もののあはれを知る心」を養ひたまひことを国家統治の基本とされたといふことである。

 

日本人の思想精神を正確に自己にものとするには、古代から現代に至るそれぞれの時代に生きた人々の心情・まごころに直結することが大事である。それは、古代から現代に至るまでの日本人のまごころを歌ひあげた『和歌』を読むことによって可能となる。

 

中河与一氏は「和歌が国風(註・飛鳥・奈良・平安初期にかけての唐風文化に対して、平安中期から後期にかけてみられた、主に公家を中心とする文化活動の総称)と呼ばれて来たったことには深い理由がある…和歌こそその発想に根本於て、わが民族の生命と共にある…時代が進めば進むほど、古代と現代とを結ぶものとしての和歌の意味はむしろ重大になってくると考へられる。ヨーロッパでは叙事詩がまづ存在し、抒情詩がそれにつづいた。然し抒情詩こそ人間感情に最も直接的なものであり、日本人はその根本的なものから詩歌を始めた。それは情緒の表出、感情の爆発として特色をもち、人間感情を直接に訴へるものとしてのその形式を持続した」(『中河与一歌論集』)と論じてゐる。

 

今日の日本は、文字通り内憂外患交々来るといった状況である。かうした状況にあって、我々の維新の情念を伝統的な文學によって訴へる「言靈のさきはへ」が今こそ必要なのである。和歌の復興が大切である。現代日本において和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来ている民族の共同精神を表白し訴へるものとしての和歌を詠んでゐる人は少ない。真の意味において和歌が復興した時代こそが維新の時代であるといっても過言ではない。維新を目指す我々は、和歌の力といふものの偉大さを今こそ実感すべきである。

 

そもそも愛国心・尊皇心は抽象的人工的な「理論」「理屈」ではなく、この日本に生を享け、日本に生きる者が抱く素直な感情であり自然な心である。さらに言へば日本人の「道」であり「まごころ」である。したがって愛国心・尊皇心は理論や教条によって表現されるよりも、和歌によってよく表白されてきた。現代に生きる我々は古人の歌によってその志・まごころ・道を学ぶべきである。

 

今こそ危機を脱出する方途として、単に政治体制の革新のみではなく、国民精神の革新・日本の伝統精神の復興を期さなければならない。そしてその中核が和歌の復興なのである。

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千駄木庵日乗五月十四日

午前は、諸事。

午後、靖国神社に参拝。境内の桜の木の新緑が美しかった。多くの方々が参拝に来られていた。

午後一時半より、靖国神社境内の靖国会館にて、「昭和神宮ご創建期成会春季推進大会」開催。国歌斉唱・教育勅語奉唱の後、竹内泰存会長が開会の挨拶を行った。この後、加瀬英明氏による「昭和天皇の御聖徳」と題する記念講演が行われた。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事。資料の整理など。

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2017年5月13日 (土)

自衛隊を國軍として正しく規定し、國家には独立と安全を保つために自衛権・交戦権を有すると明確に憲法に規定すべきである

本日開催された「アジア問題懇話会」において、金田秀昭氏(岡崎研究所理事・元海将)は、安倍総理の憲法に関する提言について、「公明党。日本維新の会の二つの政党に乗ってくれる話にしたいので『加憲』という方向を見せたのであろうが、第九条の第一項と第二項をそのままにして第三項に『自衛隊』の存在書き加えることはできるはずがない。石破さんが怒っているように、自民党の改憲草案には『国防軍』が明記されている。妙な形で筋道が立てられてしまったと思う」と語られた。全く同感ある。

 

 昨日も書いたが、「占領憲法」の「平和主義」「国際協調」とは、「我が國は侵略戦争をした悪い國であった。今後は武力・戦力・國軍を持たない。侵略阻止のための武力行使はしないし、国防戦争もしない」という敗北思想である。

 

有り体に言えば「日本は軍隊や武力を持たせるとなにをするかわからない」という観念が根底にある。そして「わが國以外の國はすべて公正と信義を持っているのだから、日本を侵略しようなどという國は何処にも存在しない」という虚構が作られた。その虚構の上にわが國の國防という基本國策が立てられているのだ。

 

 「占領憲法」の『前文』の精神に基づいて、第九条の「國権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、國際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」「前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。國の交戦権はこれを認めない」を読めば、この規定は、「現行憲法」が自衛権・國防軍の存在を否定していると解釈するのが至当である。

 

「前項の目的」とは「國際紛争を解決する手段」のことであり、それは「侵略戦争」を意味するから、自衛のための戦力は否定していない、などという議論は、曲解である。

 

 『現行憲法』は「戦勝國による日本占領基本文書」であり、二度と再びわが國が米英支ソに対して立ち向かうことのないようにすることを目的として押しつけられたのだから、「交戦権」も「戦力」も「陸海空軍」も持つことを許されなかったのである。

 

 しかし、現実にわが國に存在する自衛隊は事実としては、立派な陸海空軍によって構成される國軍であり、武力の行使又は威嚇を行う組織であり、戦力も交戦権の保持している。

 

 そして、この自衛隊という名前の陸海空軍によって、わが國の安全・独立・治安が守られている。この事実は、自衛隊が違憲であるか否かに関わらず、厳然たる事実である。そしてそのことは、国民大多数の合意になっている。「現行占領憲法」が如何に現実を無視しており、空文となっているかは火を見るよりも明らかである。

 

 吉田茂総理(当時)は、昭和二十一年六月に國會で「第九条第二項において、一切の軍備と國の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したのであります」と述べている。これが『現行占領憲法』の立法意志であり、まともな解釈である。

 

 したがって、「現行憲法」がある限り、自衛隊は憲法上軍として認知されず、何時までも誰かが言った「違憲合法」という絶対矛盾の存在であり続けなければならないのである。國防に関してはわが國は法治國家ではない。

 

「現行憲法」を守り続けるということはこの欺瞞的状況を変えないということである。

 

平和の前提は、國家の独立・民族の自立である。國家の独立を維持し、民族の自立を守り、平和を維持し実現するために國防力・軍事力が不可欠である。

 

 冷戦終結後、わが國を取り巻く軍事・安保情勢はかえって厳しくなってきている。また國際社会はわが國が主権國家として安全保障問題・平和維持に主体的に取り組み、積極的な貢献することを期待している。國防戦争・自衛戦争まで悪として否定し、憲法に國防が明確に規定されてないという欺瞞的にして危険な状況を一刻も早く是正することが必要である。

 

「現行憲法」の無効を確認して、自衛隊を國軍として正しく規定し、國家には独立と安全を保つために自衛権・交戦権を有すると明確に憲法に規定すべきである。

 

 また、國の独立と安全を守ること即ち國防は、最も重要な國家機能である。多くの國では憲法で國民と國を守る義務を定め、また軍保有とその指揮系統を明確に規定している。國家存立の基本たる國防が、「解釈改憲」で成り立っている状況は何としても是正されるべきだ。

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千駄木庵日乗五月十三日

午前は、諸事。

午後二時より、内幸町の日本プレンセンターにて、『アジア問題懇話会』開催。澤英武が司会。金田秀昭氏(岡崎研究所理事・元海将)が「習政権下の中国の海洋覇権戦略」と題して講演。活発な質疑応答が行われた。

帰宅後は、『伝統と革新』編集の仕事。

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「現行占領憲法」廃止あるいは無効確認を断行する状況を作り上げるべきである

 戦後日本は大東亜戦争の敗北による「反戦意識」、そしてそれに伴う戦勝国の日本弱体化政策により、“戦争否定”というよりも“国家防衛否定”の思想が未だに蔓延している。そして「亡国憲法」がある限り、平和は守られるという馬鹿馬鹿しい幻想を抱いている人が未だに存在する。国家防衛体制の構築・増強を「悪」であるとして否定している人が多い。国家の独立と尊厳を守る気概を悪と断じているのである。

 

 「現行占領憲法」は諸悪の根源であり、これが存在する限り戦後が終わらないばかりでなく、わが国は国家存立の基盤である自主防衛体制の確立すら正しく実現することはできない。

 

 「現行憲法」は、占領憲法といわれているように終戦直後に戦勝国の恫喝によって押し付けられた。従って、大東亜戦争は日本の一方的侵略であったという自虐史観の論理で汚染されている。その結果、日本国は、内には祖国への誇りを喪失し、外には国際社会から軽侮と不信を受け続けてきた。

 

 「現行憲法」は、再び日本がアメリカなどの戦勝国に歯向かう国にならないよう仕組まれたものである。つまり、「現行憲法」の条文を守れば守るほど、日本国家の国防・政治・教育・社会・家庭が混乱するようになっているのだ。

 

 今日は、民族と民族・国家と国家がエゴをむき出しにした対立・闘争の時代である。わが国は最早、国家意志を曖昧にしたまま、世界の傍観者であり続けることはできなくなった。

 

 「現行憲法」が如何に亡国憲法であるかはその「前文」を見れば明らかである。「現行占領憲法」前文には、「諸国民の公正と信義に信頼してわれらの生存と安全を保持しようと決意した」と書かれているが、これほど現実を無視した文章はない。

 

今日、公正と信義などという抽象概念で世界は動いていない。良くも悪くも「武力による解決」が行われている。

 

北方領土を奪取して返さないロシア・竹島を奪取して返さない韓国・わが国国民を拉致しスパイ船を派遣して破壊活動を行いミサイルをわが国上空に飛ばしている北朝鮮・尖閣沖縄を侵略しようとしている共産中国という「公正」も「信義」も全く持ち合わせていない国に取り囲まれているのが日本なのだ。

 

 こうした状況下に置かれたわが国が、「諸国民の公正と信義に信頼してわれらの生存と安全を保持しようと決意」するだけで、一切の軍事力を放棄していたら、わが国はそうした周辺諸国の餌食になるだけである。現実にわが国は戦七十年以上、周辺諸国に馬鹿にされ領土を奪われたままではないか。

 

 さらに「前文」には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」と書かれている。これは大東亜戦争のことを言っているのだが、あの戦いは政府のみの行為ではない。一億国民が火の玉となって戦ったアジア解放の聖戦であったのだ。

 

 「現行憲法」前文の主旨は、日本国及び日本国政府は悪者であり、他国は公正と信義のある国であるということを前提にしているのだ。こんな詫び証文のような「前文」を持つ憲法を、戦争が終わってから七十年以上も経過している今日、後生大事に抱えているのは文字通り国恥である。

 

他の国の国民は全て「公正と信義」なるものを持っているのだから、日本にはわが国を侵略しようなどという「公正と信義に反する敵国」はあり得ないということになる。そういう嘘八百・虚構が「平和主義」などと言われているのだ。

 

 この「前文」の精神に基づいて、憲法「本文」を読めば、「第九条」は、「日本国による防衛戦争」も否定していると考えるのが妥当だ。

 

「九条第一項」の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」は、不戦条約をそのまま文章にしたもので日本のみではない。しかし、「第二項」の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。交戦権はこれを認めない」というのは日本以外に無い条項である。

 

「前項の目的」とは「国際紛争を解決する手段」であり「自衛」ではないというのは苦しい読み方であり曲解と言っていい。

 

「現行憲法」は占領の基本文書であり、前述した二度と再びわが国が戦勝国に立ち向かうことのないようにすることを目的として押しつけられたのだから、「交戦権」も「戦力」も与えられなかったのである。

 

 要するに、「現行占領憲法」には国防が定められていないのである。このことが日本という国家を駄目にしたのである。国防は国家の生命だ。こんな亡国的文書が「憲法」としてまかり通っている限り、戦後は終わらず、日本は独立国家ではない状況が続くのである。

 

「現行憲法」は、「戦勝国の戦勝国による戦勝国のための憲法」なのである。「現行占領憲法」は占領行政基本法であるから占領終了後廃止すべきであった。「現行占領憲法」は、日本が主権を持っていなかった時期に戦勝国によって押しつけられたのだから、主権を回復した時に廃止すべきだった。

      

 致命的な欠陥を持つ「現行占領憲法」に対して、「改正すべきである」という論議が起こり、各方面から憲法改正案が出されている。しかし、一条一条を取り上げて改正を論じたり、その是非をあげつらっているだけでは、何の解決にもならない。

 

 部分改正論は、一時一局の問題の解決がその目的とされており、日本の真の自主独立、戦後の敗北思想からの解放を目的としたものではない。

 

「現行占領憲法」はその根本において日本弱体化のための憲法なのである。これを全面的に廃止するか効力を失わしめて、正統憲法に回帰しなければならない。

 

 国防という国家存立の基本が、いわゆる「解釈改憲」で成り立っている状況は何としても是正されなければならない。

        

 ともかくも、戦後日本が被った化けの皮を剥がすことが大事である。戦勝国から押し戴いた憲法を廃止しなければ主権独立はない。日本国が真の独立国家となるためには「現行憲法」の廃止・無効確認が断行されるべきである。条文の改正では駄目である。総理大臣は宰相として「現行占領憲法」廃止あるいは無効確認を断行する状況を作り上げるべきである。

 

 

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2017年5月12日 (金)

千駄木庵日乗五月十二日

午前は、諸事。

午後は、在宅して、資料の整理、書状執筆。

夕刻、根津にて、友人ご夫妻と懇談。

帰宅後も、資料の整理。

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「萬邦無比の國體」とは如何なることか

 

日本國家の存立の精神的中核は、天神地祇を尊崇し稲穂を大切にする信仰精神であり、日本という國家は<天皇を祭祀主とする信仰共同體>なのである。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。

 

天皇が現御神であられるということは、天皇は「今生きておられる神」「この地上に実在する神」「人にして同時に神なる方」「天神地祇・稲穂の神靈の體現者」ということである。

 

そしてわが國には太古以来の信仰精神が、祭祀という行事と共に今もわが國民の日常生活に生きている。また、天皇の祭祀は今日唯今も生きた姿で傳承されている。

 

つまり、日本傳統精神は、天皇の祭祀と神社の祭祀によって、今もなおその生命を傳えられているのみならず、現実に天皇及び皇室の自然の命を慈しみたもう御精神と御行動そして神社の鎮守の森が、自然破壊と人心の荒廃を食い止める大きな力となっている。

 

伊勢の神宮の神殿は、二十年目ごとに必ずくり返される式年遷宮によって永遠に新しい姿に復元し生まれ変わる。古代の神殿が永遠に新鮮な姿で我々の眼前に立っている。

 

このように、日本民族は古代信仰を今日唯今も生活の中に生かしているのである。そして古代信仰の祭祀主を今日の日本国の君主として仰いでいるのである。これが日本國の素晴らしさであり、わが國體が万邦無比と言われる理由である。

 

今上天皇は、初代の神武天皇から数えて第百二十五代の御子孫であらせられると共に、現御神として邇邇藝命・神武天皇そして歴代の天皇と全く同じご資格で國家を御統治されている。萬世一系の皇統は、高天原より地上へと、天照大御神・邇邇藝命・神武天皇から今上天皇へと、時間を超えて一貫して連綿として傳えられている。

 

日本國家の存立の精神的中核は、天神地祇を尊崇し稲穂を大切にする信仰精神であり、日本という國家は<天皇を祭祀主とする信仰共同體>なのである。ゆえに日本國は天皇國といわれるのである。

 

天皇が現御神であられるということは、天皇は「今生きておられる神」「この地上に実在する神」「人にして同時に神なる方」「天神地祇・稲穂の神靈の體現者」ということである。

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千駄木庵日乗五月十一日

午前は、諸事。

午後二時より、西荻窪にて、『伝統と革新』編集会議。終了後、出席者と懇談。

帰宅後は、『政治文化情報』の原稿執筆、脱稿、送付。

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2017年5月10日 (水)

この頃詠みし歌

 

あかねさす昼の光を身に浴びて街を歩けば歌声の出づ

 

光満つる街に出で来て今日もまた明るき一日(ひとひ)を過ごし行くべし

 

メールしても返事が来ないさみしさに夜は更けゆきて静かなりけり

 

メールといふ便利なものを駆使しては友との絆確かめてをり

 

たいらけき日々を祈りて仰ぐ時 大空は青く澄みて美し

 

 

土佐への旅

 

父の故郷阿波の國を通り行きわが乗る列車は土佐へと急ぐ

 

四国三郎を渡り行きつつ逝きし父のことを偲べる初夏の旅かな

 

阿波池田駅前に日章旗ひるがへる 姿清(すが)しき初夏の旅かな

 

晴れわたる青空の下 早乙女が田植する姿をめずらしみ見る

 

空は晴れ水は清らかに流れ行き五月の風に吹かれゐる幸

 

四万十川清き流れに浮かぶ舟われらを乗せてすいすいと行く

 

土佐の國晴れわたりたる空の下四万十川は静かなりけり

 

白く激しき波打ちつける岸壁に立ちて眺むる大海の原

 

黒潮が打ちつける岬の上に立ち広らなる海を見はるかしをり

 

大海原を越えて外つ國へ雄飛せしジョン万次郎の像を仰げり

 

水平線を見はるかし立ち 外つ國に雄飛せし人々のこと思ひをり

 

日本人の進取の気性黒潮の如くに滔々と世界に広がる

 

足摺岬の白き燈台を打ち仰ぎ海外雄飛の先人を偲ぶ

 

土佐の国の海の幸をば食しつつ日本人と生まれし幸を思へり

 

喜びの心を持ちて参り来し千手観世音の慈悲の尊顔(四国第三十八番札所金剛福寺)

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千駄木庵日乗五月十日

午前は、諸事。

午後は、『政治文化情報』の原稿執筆。

午後六時半より、駒込地域文化創造館にて、「萬葉古代史研究会」開催。小生が山上憶良の歌を講義。質疑応答。終了後、出席者の方と懇談。

帰宅後も、原稿執筆。

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「第七十三回 日本の心を学ぶ会」のお知らせ

第七十三回 日本の心を学ぶ会

 

國體と憲法を考える

 

今年の五月三日の憲法記念日で「現行占領憲法」は施行から七十年を迎えました。

 

北朝鮮情勢の危機の高まりや、天皇陛下の御譲位の制度化には憲法改正が必要であると内閣法制局が指摘したことから今年の憲法記念日は憲法改正に向けた動きに注目が集まりました。

 

安倍首相は改憲を求める集会に送ったメッセージの中で「2020年を新しい憲法を施行させる年とさせたい」と表明しました。

 

憲法改正は國民投票の過半数の賛成が条件とされています。つまり憲法改正の最終局面では一般の國民の意思がその成否を左右するといえます。今後は改憲の目標とした2020年に向けて改憲・護憲勢力ともに國民投票での過半数の獲得を目指した一般の國民へ働き掛けが活発化することが予想されます。憲法九条や緊急事態条項などさまざまな論点が浮上しています。しかし真に我々が目を向けなくてはならないのは國體と憲法の関係です。

 

日本國體は「日本は天皇を祭祀主・君主・統治者と仰ぐ祭祀國家・信仰共同体であるということです。天皇を統治者と仰ぐ日本國體は、成文憲法などの世俗的な法律を超越しており、成文憲法などの権力機関で制定された法律は、國體及び皇室に干渉することはできないのです。

 

日本天皇が日本國の君主・統治者であらせられるのは、日本の伝統信仰・歴史的な國体観念に基づくのであって、憲法に規定されているから天皇が君主であらせられるのではありません。

 

國家の最高法規たる憲法はこの伝統的國體精神に合致したものでなくてはなりません。「現行占領憲法」は伝統的な日本國體を隠蔽した外来征服者の「命令書」にすぎません。我々は正しい正統な憲法を取り戻さなければなりません。

 

そこで今回の勉強会では、國體と憲法について学んでみたいと思います

 

(今回の勉強会は文京区民センターでの開催となります。文京シビックセンターではありません。ご注意ください)

 

【日時】平成二十九年五月二十八日 午後六時から

 

【場 所】文京区民センター 3-D会議室

東京都文京区本郷4-15-14営三田線・大江戸線「春日駅A2出口」徒歩2分、東京メトロ丸ノ内線「後楽園駅4b出口」徒歩5分、東京メトロ南北線「後楽園駅6番出口」徒歩5分、JR水道橋駅東口徒歩15分都バス(都02・都02乙・上69・上60)春日駅徒歩2

 

【講 演】萬邦無比の日本國體と成文憲法

 

 講師 四宮正貴氏 四宮政治文化研究所代表

 

【司会者】林大悟

 

【参加費】資料代500円終了後、近隣で懇親会(2千円くらいの予定です)

 

【連絡先】渡邊昇 090-8770-7395

            〇

この案内文は主催者が作成しました。

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武士道と教育

日本伝統の武道を学校教育に大いに取り入れるべきである。武道とは、相手を力でもって倒すという競技即ち単なる格闘技ではない。剣道・柔道・合気道・空手道・弓道といった武道は、道徳・倫理精神と共にあった。わが国の武道は、「礼に始まり、礼に終わる」という。「礼」とは単にお辞儀をするというのではない。人のふみ行うべき「道」のことであり、人倫生活上の定まった「形式」のことである。

 

武道を行う人を武士という。武家時代において国民の道義の標準を立て、民衆の模範となり民衆を指導したのが武士である。武士は、日本国民の善き理想であった。いかなる人間活動の道も、思想も、ある程度において武士道の刺激を受けた。武士は武家時代において、決して民衆を武力で支配した階級のみでなく、道義の手本でもあった。明治維新をはじめとしたわが国の変革を断行せしめた重要なる原動力の一つに武士道があった。

 

戦後日本は、戦勝国の日本弱体化政策によって、武士道が軽視された。戦後の一時期は、映画・演劇のチャンバラさえ上映・上演してはいけないとされた。その影響が今に続いて、現代日本は武の心が希薄になっている。そして誤れる「平和思想」「人権思想」が横行し、自分さえ良ければいい。物さえ豊かであればいいという考え方に支配されている。  

 

人権重視・人命尊重が声高に叫ばれ、武道は封建道徳・軍国主義といわれて排除されて続け七十年以上を経過した今日の日本は、軍国主義時代だったといわれる戦前の日本ではとても考えられないような凶悪なる青少年犯罪が日常茶飯事になっている。これは武の精神・武士道を否定した戦後日本が如何に間違った道を歩んだかを証明している。

 

武士道は、忠誠・名誉・尚武・勇気などを重んずる。武士の倫理観は、忠孝、廉恥(心が清らかで、名を惜しみ恥を知る心がつよいこと)、義勇、侠(一身を顧みずに弱い者を助けること)、自己の責務を果たすこと、といわれている。

 

今日の日本に一番欠けているのが、このような武士道精神ではなかろうか。わが国はグローバルスタンダードなどと言っていたずらに外国の真似をして外国と同じになるのではなく、日本人としての倫理観に磨きをかけるべきである。

 

特に政治家と官僚と財界人と教育者とマスコミ人にそれが求められる。武の精神をなくした政治家はしっかりとした判断を下せなくなっている。確固とした人生観・見識・倫理観を持たない悪しき民主主義即ち『皆がやっているからそれでいいという』という精神・習慣を改めなければならない。わが国の伝統的倫理精神たる武士道を今に生かさなければならない。

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千駄木庵日乗五月九日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』編集の仕事、明日行われるの『萬葉古代史研究会』における講義の準備、『政治文化情報』の原稿執筆。

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2017年5月 9日 (火)

萬葉古代史研究會 のお知らせ

萬葉古代史研究會

 

小生が講師となり『萬葉集』を勉強する會が開かれております。主要作品を鑑賞しつつ古代日本の歴史精神と美感覚を學んでおります。多くの方々の御出席をお待ちしております。 

 

日時 五月十日(毎月第二水曜日) 午後六時半より

 

會場 豊島区立駒込地域文化創造館

豊島区駒込二の二の二 電話〇三(三九四〇)二四〇〇 「東京メトロ南北線 駒込駅」四番出口より徒歩一分 「JR山手線 駒込駅」(北口)より徒歩二分

 

會費 千円  テキストは、岩波文庫本『萬葉集』

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臣下・政治家・権力者に敬神尊皇の思ひが希薄になったことが今日の政治の混乱の最大原因

今日のわが國の議會政治は、とても健全に機能しているとは言へない。政党間・政治家同士の醜い権力闘争が繰り返されてゐる。國會中継を見ればわかる通り、相手を議論で打ち負かし、相手の言葉の揚げ足を取り、自分の意見に従はせようとすることに汲々としてゐる。

 

かうした事の根本原因は、わが國の道統である「尊皇精神」「天皇へのかしこみの心」が、政治家にも國民にも官僚にも希薄になってゐるからにほかならない。

 

後藤田正晴氏は、「國務大臣などの政治家は天皇の臣下ではない」といふ意識の持ち主であった。後藤田氏は平成十二年十二月五日号の『日本経済新聞』で、中央省庁の再編に関するインタビューに答へて、「まず大臣といふ名前を変えたらどうか。誰の臣下ですか?。行政の長なんだから『長官』でいい」と述べた。

 

これは、天皇を君主と仰ぐ建國以来のわが國體を否定し、『現行占領憲法』体制下においてもわが國は立憲君主制であるといふ自明の理を否定する許し難い発言である。社民党・共産党・極左分子がこのやうな発言をするのならまだしも、警察庁長官・内閣官房長官・自治大臣・内閣副総理を歴任し、官僚・政治家の頂点、即ち政治権力の頂点に立ったと言っていい人物が、このやうな発言をしたのである。

 

肇國以来今日に至るまでわが國の歴史を貫き、将来にも継続する無私の御存在・倫理的御存在が天皇である。天皇は、倫理道義の鏡として祭祀主として君臨されてゐる。

 

新渡戸稲造氏がその著『武士道』において、「我々にとりて天皇は、法律國家の警察の長ではなく、文化國家の保護者(パトロン)でもなく、地上において肉身をもちたもう天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもうのである」と論じてゐる。

 

「天の代表者であり、天の力と仁愛とを御一身に兼備したもう」日本天皇は、権力や武力の暴走、権力者の私欲による権力と武力の行使を制限し抑制される権威をお持ちになる。天皇は権力や武力と無縁の御存在ではない。むしろ権力や武力に対して道義性を与へられる。中世・近世・近代を通じて武家権力や軍に対してさういふおはたらきをされた来た。その事を『大日本帝國憲法は』は「天皇は統治権の総攬者」と表現したのだと考へる。

 

閣僚は、天皇の臣下ではないなどといふ主張は、かうした日本の正しい伝統を根底から否定する考へ方である。片岡啓治氏が「明治維新で求められた新時代とは、その後の現實に起こるような西欧化による近代の形成ではなかった」といふ指摘を思ひ起こさざるを得ない。 

 

わが國の傳統的倫理・道義は、〈神に対する真心の奉仕〉〈神人合一の行事〉である祭祀として継承されてきた。日本人の實際生活において行じられる祭祀そのものが倫理精神・道義感覚の具体的な現れである。信仰共同体國家日本の祭祀の中核は「天皇の祭祀」である。したがって、日本國家の祭祀主であらせられる天皇は、日本道義精神・倫理観念の体現者であらせられる。

 

江戸時代中期の不世出の國学者・思想家・詩人賀茂真淵は、「…さて臣たちも神を崇めば、心の内に、きたなき事を隱す事を得ず、すめらぎを恐るれば、みのうえに、あしきふるまひをなしがたし、よりて、此の二つの崇みかしこみを、常わするまじきてふ外に、世の治り、身のとゝのはんことはなきをや」(『賀茂翁遺草』)と説いてゐる。

 

議會政治は、多数決を基本とする。多数決を誤りなく機能させるためには、國民及び國民によって選出された議員が、権力闘争や利害の対立を抑制し、道義精神、理性を正しく発揮しなければならない。「人間は政治的動物だ」などと言って、道義道徳・理性を忘却してはならない。

 

日本の傳統の継承者であらせられ、常に神々を祭り、國民の幸福を神に祈られている神聖君主・日本天皇へのかしこみの心を國民全体が持つことが、日本の全ての面での安定の基礎である。

 

臣下國民に敬神尊皇の思ひが希薄になったことが今日の政治の混乱の最大原因である。現代日本は、肝心要の「一君萬民の國體」が隠蔽されてゐるのである。これは、『現行占領憲法』にその大きな原因がある。

 

しかしわが國には、國家的危機を傳統の復活・回帰によって打開して来た歴史がある。現代もさうした時期である。わが國の傳統の根幹は「天皇中心の國體」である。

 

「天皇中心の國體」とは、神話の世界以来の信仰に基づき一系の血統と道統を保持し継承される天皇による國家統治といふことである。そして天皇の國家統治は、権力・武力による人民支配ではなく、祭祀主としての宗教的権威による統治(統べ治める)である。それは信仰共同体國家たる日本独特の國柄である。「一君萬民の國體の開顕」「公議を竭す政治の實現」を目指した明治維新の精神を今日回復することが大切である。

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千駄木庵日乗五月八日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』原稿執筆。『伝統と革新』編集の仕事など。

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2017年5月 8日 (月)

占領憲法の否定と防衛体制の強化

 

國のために戦うという『強者の思想』を否定し、戦争は放棄する、軍隊は持たない、という思想は『弱者の思想』である。また、國家の独立・平和・歴史・傳統が侵略者から蹂躙されても、「戦争は無い方が良い、人命尊重だ」と言って、戦うことを忌避する『弱者の思想』である。

 

『現行占領憲法』体制下の魂の腐敗と國家の欺瞞は、「軍國主義國家」であったという戦前の日本にはあり得なかったような、「人命軽視」という言葉すら空しくなる残虐なる殺人が日常茶飯事になった社會を現出させた。

 

韓国や共産支那は、わが国を「和解しえない敵国」と思っているとしか考えられない。韓国や共産支那に対する警戒を怠ってはならない。

 

共産支那からの軍事攻撃を未然に防止するために、日本国は核武装しなければならない。それこそがまさに『核抑止力』である。国防体制の強化に反対する勢力即ち亡国政党・偏向メディアは、共産支那の手先になっているのだ。

 

支那の覇権拡大を防ぎアジアの平和を守るためにも、そして対米自立を実現するためにも、日本は核武装すべきと思う。そのためには日本国民の意識変革が必要である。

 

『現行占領憲法』の「前文」に書かれているいわゆる「平和主義」は現実無視の危険千万な思想であることは明白である。

 

国防の基本に祖国に対する誇りがなければならない。東京裁判史観・自虐史観・大東亜戦争侵略論によるマインドコントロール・呪縛から脱却しなければならない。

 

『現行占領憲法』の「前文」には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し…」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した」と書かれている。これは「東条内閣の行為によって行われた侵略戦争は二度と致しません。日本国および日本国民が安全を守るのも生存していくのもアメリカ様・ソ連様・中国様というような公正と信義のある国に一切委ねます」という意味である。これは「詫び証文」である。

 

『現行占領憲法』の「平和主義」とは、「我が國は侵略戦争をした悪い國であった。今後は、武力・戦力・國軍は持たないし武力の行使はしないし戦争はしない」という思想である。

 

つまり、『現行占領憲法』は、日本國および日本國民は戦勝國に手向かった悪者であり、戦勝國は公正の信義の國であるという文字通りの嘘八百を基本精神にしているのだ。

 

わが國固有の領土南樺太・全千島を七十年近くも占拠したままのロシア、そしてチベット・東トルキスタン・満洲・蒙古などを侵略支配し台湾及び尖閣諸島などのわが國固有の領土・領海を侵略せんとしている共産支那、竹島を占拠し条約を踏み躙る韓国、わが国民を拉致し核開発行いミサイル発射を繰り返す北朝鮮のどこに「公正と信義」という立派なものがあるというのか。

 

『現占領行憲法』の「平和主義」とは、有り体に言えば「日本は軍隊や武力を持たせるとなにをするかわからない」という戦勝国側の考え方が根底にある。そして「わが國以外の國はすべて公正と信義を持っているのだから、日本を侵略しようなどという國は何処にも存在しない」という虚構が作られた。その虚構の上にわが國の國防という基本國策が立てられているのだ。これを一刻も早く否定しない限り、わが国は自分自身の手で祖国を守ることはできないのである。

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千駄木庵日乗五月七日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、『政治文化情報』の原稿執筆など。

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2017年5月 7日 (日)

吉田茂氏の尊皇精神と憲法観

三日から五日まで高知県に行って来ました。

 

高知空港で吉田茂氏の銅像を仰いだ。また高知城に建立されている板垣退助像の背面には、吉田茂署の説明文が刻まれていた。

 

『憲法懇話會』で憲法学者の三潴信吾氏が「吉田茂首相には自主憲法制定の意志があった。昭和二十八年の主権回復と共に、吉田氏は自由党として自主憲法制定をするとはっきり言って、自主憲法制定の組織を作るように岸信介氏に命じた。吉田茂は憲法に手を付ける意図がなかったというのは真っ赤な嘘」と語っておられた。

 

奥野誠亮先生は、歴代総理大臣で一番記憶に残る人として、奥野先生が高知県警察部長時代に接点があった吉田茂を挙げて、吉田氏が、色紙に描かれたダルマの墨絵に「新憲法 棚のだるまも 赤面し 素淮(注・吉田氏の号)」と添え書きした思い出を語られ、「ここから吉田さんの心境が読み取れる」と語られていた。

 

また吉田氏が尊皇政治家であった事は、今上陛下の立太子の礼の時の壽詞で『臣茂』と奏上した事でも分明である。

 

「占領憲法」には「主権在民」と規定され、曲學阿世の憲法學者にの中には「日本の元首は内閣総理大臣だ」などと論ずる輩もいるのに、吉田氏は天皇の臣下としての自覚と矜持を持っていた政治家であり、まさに昭和の忠臣と言って良いであろう。

 

だからこそ、昭和天皇は昭和三十年に次のような御歌を詠ませられているのである。

 

「 小田原に往復の折、吉田茂元首相の家の前を通りて詠める

 

往きかへり 枝折戸を見て 思ひけり しばし相見ぬ あるじいかにと  」

 

 昭和天皇と吉田茂元総理との関係はまさに、「君臣水魚の交わり」に近い麗しい関係だったのではないかと、小生は考える。

 

 

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千駄木庵日乗五月六日

午前は諸事。

午後からは、在宅して、『伝統と革新』原稿執筆、資料整理。

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2017年5月 6日 (土)

土佐の国にて

土佐の国に行って来ました。

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桂浜・坂本龍馬像

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高知城天守

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四万十川

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足摺岬

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高知空港・吉田茂像

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四万十川にて(小生)。少し痩せたと思っていたのですが、全くそうは見えません。

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2017年5月 2日 (火)

日本共産党は國體破壊を目指す革命政党である

日本共産党機関紙『しんぶん赤旗日曜版』本年二月二十六日号に次のようなことが書かれている。

 

「日本共産党は、一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという制度は、民主主義、および人間平等の原則と両立しないと考えています。将来的には、天皇の制度のない民主共和生を展望していますが、その道のりはかなり長いものとなるでしょう。天皇の制度の存廃は将来、『国民の総意』によって解決されるべき課題だと考えています」。

 

つまり、「天皇制は窮極的には廃止したいのだが、今は情勢が熟していないので、共産党が権力を握るまではできない」という当然至極のことを言っているのである。日本共産党は情勢が熟したら、天皇を君主と仰ぐ建國以来の日本國體を破壊することを目指す政党なのである。「その道のりはかなりながい」などと欺瞞的なことを言っているが、「廃止する」「打倒する」ことを目指しているのである。共産党は権力を掌握したら、彼らは言う「天皇制」を否定した「共産主義憲法」を制定するのである。

 

共産革命によって君主制が打倒された國々は、民主主義も人間平等もまったく實現していない。それどころか、独裁専制政治による差別虐待の体制になっている。

 

共産主義革命が起こり、君主制が廃止された國では、君主制以上の独裁専制政治が行われた。ロシアでは共産革命の後、レーニン、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフなどの党最高指導者による独裁専制政治が行はれた。共産国家に限らず、「共和政体」の國が「自由で民主的で明るい国である」などというのは大嘘であり幻想である。

 

支那も、辛亥革命で清朝は打倒されたが、共産革命の後、毛沢東・鄧小平・江沢民・習近平による独裁専制政治が行なわれてきている。

 

ロシアや支那の君主制と、わが國の「天皇中心の國體」とは、全くその本質を異にしており、同列に論じることは出来ない。しかし、ロシアと支那は君主制打倒の後、共産党独裁の専制政治が行われたことは歴史的事實である。

 

北朝鮮は文字通り、「金日成王朝」と言われてゐるやうに、金日成・金正日・金正恩といふ三代にわたる残酷・凶暴なる専制政治が行はれてゐる。北朝鮮は「朝鮮民主主義人民共和國」などといふ長ったらしい國名を付けているが、決して「人民が主人公の民主主義國家」ではなく、金一族のみが専横を極め金一族を批判する人々は迫害され粛清される國である。また、金一族を批判しなくとも國民が栄養失調で死んで行く國なのだ。

 

共産主義体制とは、プロレタリア独裁=共産党独裁=党最高指導者専制という政治である。「君主制度の國は民主的でなく國民の自由は奪はれ、國民は差別されるが、共産主義國家は民主的であり國民平等の社會が實現する」という共産主義者の主張は全く大嘘である。共産主義体制の國こそ、國民の自由と繁栄は奪はれ、共産党幹部以外の國民は差別され虐げられる反民主的な専制國家になるのだ。それはまさに「歴史的必然」である。

 

日本共産党は「國民の総意」を強調しているが、共産党の言う「国民の総意」とは、「國民の多数の意思」のことである。国民の意志によって君主制を廃絶することができるというのは革命思想である。國體否定に賛成する議員が國會の三分の二以上の多数を占め、國體否定に賛成する國民が國民投票をした人の過半数を占めるに至った場合には、國體は廃絶されるというのはまさに「革命」である。

 

今回の「天皇の御譲位」に関する様々の動きでこのことが改めて明らかになった。『現行占領憲法』に日本國體と絶対に相容れない「國民主権論」が取り入れられ、天皇の御地位が「国民の総意に基づく」と書かれている。これは単なる戦勝国の拠る日本弱体化などという生易しい事ではない。『現行占領憲法』は「革命思想」を第一章に置いているという事である。近年の天皇・皇室に関するいろいろな動きを見て、『現行占領憲法』が日本國體破壊の導火線であることが明瞭になったのである。

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千駄木庵日乗五月二日

午前は、諸事。

午後からは、在宅して、資料の整理、原稿執筆。、

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金正恩の暴虐とベルジャーエフの言葉

ベルジャーエフ(ロシアの哲学者。反共産主義者。神秘主義に基づき文化や歴史の問題を論じた。十月革命後にパリに亡命)という思想家は次のように論じています。

 

「生活に充満している生存競争は恐怖を前提としている。…人間はある関係において非常に勇敢でありうるが、他の関係においては憶病になることがある。例えば戦争では勇敢であるのに、自分の細君には臆病であったりする。人間は死もこれを恐れない英雄でありうるかと思えば、ねずみ、毛虫、または伝染病をこわがったりする。思想の戦いでは勇気があるのに、物質的困窮を怖れたりする。肉体的には非常な力をもっていながら、道徳的には微力な人間がいる、またその反対の人もある。…人間の生活における無数の暴力行為や残虐なことは恐怖によって生み出される。暴力は恐怖の源泉である。…最も恐るべき人間は恐怖に憑かれている人々である。恐怖は破壊作用をする」(『神と人間の実存的弁証法』)と論じている。

 

金正恩は叔父の張成沢と共産支那が結託して、自分を除去し、金正男を擁立しようとしているという恐怖があって、張成沢と金正男を殺したと言われている。ミサイル発射や核実験も、アメリカに攻撃されるのを恐れてのことであろう。ベルジャーエフの言っていることは正しいと思う。

 

金正恩の恐怖心・猜疑心が無くならないかぎり彼の暴発を抑えることはできない。北朝鮮の核攻撃の脅威をなくすためには、「制裁決議」とか「厳重抗議」を何回繰り返しても無駄である。北朝鮮の核戦力を無力化できる先制攻撃能力を日本自身が持たなければならない。

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千駄木庵日乗五月一日

午前は、諸事。

午後は、原稿執筆の準備、資料検索。

午後六時より、団子坂にて、若き友人と懇談、意見交換。

帰宅後は、原稿執筆、資料の整理、

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2017年5月 1日 (月)

今日思ったこと

偏向メディアがどう批判しようと、民進党がどう攻撃しようと、安倍内閣の支持率は下がらないし、民進党の支持率は上がらない。

 

テレビで垣間見る大阪の学校法人経営者夫妻の言動は、「恭儉己レヲ持」してもいないし、「徳器ヲ成就」してもいない。こういう人物が経営する学校法人が、幼児に「教育勅語」を暗唱させる資格はないと思う。

 

ただし、総理夫人の脇の甘さと、閣僚の資質の劣化は批判されなくてはならない。

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