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2017年4月21日 (金)

東條英機氏の遺詠を読んで思う

たとへ身は千々にさくとも及ばじな 栄えし御世を堕せし罪は

 

続くものを信じて散りし男の子らに 何と答へむ言の葉もなし

 

東條英機元総理が、昭和二十三年十二月二十三日、東京巣鴨にて、殉難された時の辞世である。

 

東條氏はさらに遺書において「開戦当初の責任者として敗戦のあとを見ると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は、個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は死を以て償えるものではない。しかし国際的な犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ、力の前に屈伏した。自分としてはまた国民に対する責任を負って、満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、また下級者まで刑が及んだことは実に残念である。天皇陛下に対し、また国民に対しても申しわけないことで、深く謝罪する」と書いている。

 

この遺詠を読んでもまだ東条氏を許せないと言う人がいるであろうか。東條氏を裁いた東京裁判は日本人自身による公正な裁判では決してなく戦争行為の継続であり、敵国の復讐であったのである。そこにおいて絞首刑の「判決」を受け執行されたということは文字通り戦死であり殉難である。日本には過去において戦勝国の復讐の犠牲者・殉難者は存在しても、唯の一人も「戦犯」は存在しなかった。故に東京裁判の判決により処刑された方々を殉難者・戦死者として靖国神社にお祭りするのは当然なのである。

 

大東亜戦争は東亜解放の戦いであったことは、愈々今日において明白になって来ているし、東条内閣時代に開始された対米英戦争は米国大統領ルーズベルトの挑発によるものであることも明白になっている。大東亜戦争開戦は正義の行動であったのであり、決して犯罪ではない。

 

当時の状況下において「支那及印度支那より一切の陸海空軍兵力及警察力の撤収」などという最後通牒(ハル・ノート)を受け入れることは東条英機氏であろうと誰であろうと不可能であった。それは東京裁判においてインドのパール判事が「こんな最後通牒を受け取ったら、ルクセンブルグ大公国やモナコ王国のような小国でも、敢然として剣を執って起ったであろう」と述べ、英国の軍需大臣オリバー・リットルトンが昭和十九年六月に「米国が戦争に追いつめられたというのは、歴史上の改作狂言である。日本をしてパールハーバー攻撃にまでに追いつめ強圧したのは米国である」と述べたことによって明白である。

 

大東亜戦争および対米英戦争における日本の責任などというものを追及すること自体間違っている。したがって東条英機氏の開戦責任を追及するのは誤りである。

 

大東亜戦争の開戦は、アメリカのあまりに理不尽なる圧迫が原因となったやむを得ざる選択であって、東条英機首相が陛下の大御心を無視し国民の声も聞き入れず戦争に突っ走ったなどということは絶対にないのである。むしろ大東亜開戦を一億国民が双手を挙げて歓迎し歓喜したというのが歴史の真実である。

 

日本が敗北したからといって、あの昭和十六年十二月八日の一億国民の感激を忘却し、東條氏一人を悪人とし、「東條氏は戦争を始めた大罪人でありこのような人物を靖国神社に祭ったてはならない」などという議論は、敗戦後遺症に毒されて、民族の誇りと日本魂を喪失し、戦勝國即ちアジアを侵略搾取し続けた欧米列強の自分勝手な歴史観に追随する全く誤っ考え方であり、歴史への冒涜であるのみならず、大東亜戦争の聖戦としての意義を否定する議論である。

 

東条氏は大東亜戦争遂行時の国家指導者として深く責任を感じておられた。ただそれは「侵略戦争遂行の責任」を感じていたのではない。東条氏は大東亜戦争を侵略戦争だったなどとは寸毫も思っていなかった。敗戦とそれに伴う国家国民に苦難に対して大きな責任を感じたのである。

 

東京裁判において東条氏はキーナンの「あなたは一九四一年十二月の真珠湾ならびに米英の諸領土に対する攻撃について、主に責任を取る一人であることを認めますか」との尋問に対し「認めます。私の責任であります」述べているが、キーナンの「首相として戦争を起こしたことを、道徳的にも法律的にも間違ったことをしていなかったと考えるのですか。ここに被告としての心境を聞きたい」との尋問に対しては東条氏は「間違っていない。正しいことをしたと思う」と答えた事によってそれは明らかである。

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