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2017年4月 3日 (月)

東京裁判史観・自虐史観を徹底的に排除すべし

「自虐史観」とは、「米英支蘇」は善人であり悪いことは何もしなかった、日本は悪人であり悪い事しかしなかったといふ史観である。別の言い方をすれば、欧米列強の切り取り強盗し放題は許されるが、日本がやったことは防衛と自存の為の戦いであっても侵略と見なすという史観である。これは「極東国際軍事裁判」という名の戦勝国によるわが国に対する軍事的報復における一方的断罪の理由付けとなった。従って「東京裁判史観」とも言うのである。近代日本の歩み、とりわけ、明治維新から大東亜戦争敗戦までの歴史について、いかに考えるかが、今日の日本にとってきはめて重要な問題である事は言うまでもない。日本人は、「自虐史観」「東京裁判史観」と一日も早く訣別しなければならない。

 

巨大な軍事国家・全体主義国家の奴隷になるか自由民主主義の政治体制を守るかという二者択一の選択が、わが国民に迫られている。中華思想の共産支那こそ二十一世紀の人類最大の敵であると考える。わが国は、共産支那の理不尽さに対して毅然とした態度で臨むべきである。

 

このままだと、わが国は共産支那の属国になってしまう危険さえある。国家の主権・領土・独立・尊厳を固守し、正当なる主張をすることこそ、主権国家の政府としての基本的な外交姿勢である。

 

わが国には戦争犯罪人は日本には一人もいない。「戦争責任」と「戦争犯罪」とは全く異なる。東條英機氏らを裁いた「極東軍事裁判」はその名の示す通り「軍事裁判」なのであり、日本人自身による公正な裁判では決してなく戦争行為の継続であり、敵国の復讐であったのである。そこにおいて絞首刑の「判決」を受け執行されたということは文字通り戦死であり殉難である。日本には戦勝国の復讐の犠牲者・殉難者は存在しても、唯の一人も「戦犯」は存在しない。「極東軍事裁判」なるものの「判決」により処刑された方々を殉難者・戦死者として靖国神社にお祭りするのは当然なのである。

 

我々日本人が「A級戦犯」という呼称を使うことは絶対にやめるべきである。「A級戰犯」といわれる人々は、人類の貴重な法文化たる法原則=「罪刑法定主義」の原則に全く反して被告を断罪した「東京國際軍事裁判」、つまり、裁判とは名ばかりの非常に野蛮で公平性を全く喪失した戰勝國による一方的な報復の場=復讐劇において、「有罪」と断罪され、「絞首刑」に処せられた人々である。わが日本においては「昭和殉難者」と称するべきである。

 

「平和と人道に対する罪=侵略戰争遂行の犯罪」「共同謀議の罪」という罪名を勝手に作り、勝者が敗者を問答無用的に断罪した「東京國際軍事裁判」は、法の真理に照らして完全に間違ったものであった。 さらにいえば、日本に原爆を落し東京大空襲を行ったアメリカのトルーマンも戦争犯罪人として処罰されるべきだったのである。

 

戦勝国こそ「人道に対する罪」を犯したのである。 また「極東国際軍事裁判」は見せしめのためのリンチであった。そして、わが國に「侵略國家」の汚名を着せそれを全世界に宣傳したのである。 東京裁判史観・自虐史観を徹底的に排除し、不当性を主張し、歴史問題での外国の内政干渉や不当なる非難を跳ね除けなければならない。、

 

 

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