« 桶谷秀昭氏の『皇室論』 | トップページ | 千駄木庵日乗四月九日 »

2017年4月 9日 (日)

和歌と維新

和歌の勉強をしている時が、一番心が落ち着きます。また心清められる思いがします。和歌の勉強をし、歌を詠むことが、人生の喜びであります。

 

明治維新の歴史を見ると、うたごころ・萬葉集への回帰が、日本的変革=維新の原点でありました。神武建国の昔に回帰せんとした明治維新は単なる政治変革ではありませんでした。日本の道統への回帰でした。そして日本の道統への回帰がそのまま現状の変革になるのです。「維新とは復古即革新である」とはそういう意味であると思います。

 

 ゆえに、明治維新において日本人の精神即ち『やまとごころ』の表白であるやまと歌が生まれたのです。明治維新を命懸けで戦った人々は多くのすぐれた歌をのこした。

 

明治維新は日本民族の魂の甦りです。そこにやまと歌が生まれるのは必然であります。現代における維新もやまとうたの甦りと一体であらねばなりません。

 

 愛國尊皇維新の眞心を張りつめた精神で訴えんとする時、やはり日本傳統の文學形式即ち和歌で表現されることが多かったのです。漢詩にもすぐれたものもありますが、和歌が日本人の真心を表現するのに最も適した文芸であるからでありましょう。

 

 明治維新において神武建國への回帰が新しい日本建設の基本理念になった如く、現代維新も復古即革新が基本である。日本の大いなる道と大いなる命にいかに目覚めるかが、今日の変革の基本です。

 

その意味において、現代において維新を目指す者は、明治維新を目指して戦った先人たちの志を自己自身の上に回想しわが血を沸き立たせることが大切なのだと思います。そのためにも先人たちの詠んだ詩歌を學ぶべきであります。

 

 

近代においてわが國にも共産主義革命思想が流入し、共産主義革命運動が起りました。しかし、共産主義革命運動においては、美しい日本の歌は決して生まれませんでした。共産主義革命は日本の道統を否定した変革だからでありましょう

 

民族の歴史と傳統の精神を変革の原理とする維新は、それを志す者が、自らの精神と行動に、憧憬すべき時代の先人たちと同じ決意と歓喜と行動の源泉を甦らしめることによって実現します。これを復古即革新即ち維新と言います。

 

そのために日本民族の持つ清潔な精神的血統と道統を継承する文藝である和歌を學び、和歌を詠むことが大切になるのであります。

 

いにしえから傳へられた「五・七・五・七・七」という表現形式を保持しつつ、その形式によって新しき精神を表白するところの和歌が、「復古即革新」の文藝であります。

 

現代日本においても和歌を詠む人は多いが、変革の情念、特に日本人の深層精神において継承して来てゐる民族の共同精神を表白し訴へるものとしての和歌を詠んでゐる人は少ないと思います。真の意味において和歌が復興した時代こそが維新の時代であるといっても過言ではありません。維新を目指すわれわれは、和歌の力・言靈の力の偉大さを今こそ実感すべきです。

|

« 桶谷秀昭氏の『皇室論』 | トップページ | 千駄木庵日乗四月九日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/65126728

この記事へのトラックバック一覧です: 和歌と維新:

« 桶谷秀昭氏の『皇室論』 | トップページ | 千駄木庵日乗四月九日 »