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2017年3月23日 (木)

日本文化と支那文化の根本的違ひ

 

漢字は支那から伝わってきたことは事実である。しかし、支那では、つい最近まで漢字を読み書くことのできる人は一部の知識人に限られてゐた。書道文化にしても、支那の書道作品よりも日本の作品の方がずっと洗練され美しい。また支那には仮名がないので、仮名文字の美はまったく無い。文学・彫刻・建築・絵画など他の藝術も、支那よりも日本の方が洗練され高度にものになっていることは、実際にさうした文物を見れば、火を見るよりも明らかである。

 

つまり、日本は支那から色々な文化・文明を輸入したが、支那を高度な文化・文明をつくりあげたのである。そのことをわれわれ日本人は誇りとすべきである。日本人は、「日本は『中国』の文化的精神的属国である」といふ誤った認識を持たないやうにすべきである。日本人は自信を回復し「中華帝国主義」に対峙すべきである。

 

支那は「禮文化の國」といはれる。「禮」とは、社会の秩序を保ち、人間相互の交際を全うするための礼儀作法・制度・儀式・文物などのことである。「禮儀」といふ言葉がある通り、「禮」とは抽象観念ではなく、實際の行動・動作である。

 

宇野精一先生は、「(『論語』顔淵篇に「克己復禮を仁となす」とある・註)克己とは己の私欲に打ち克つことであり、複禮とは禮――倫理規範の意味における行為の標準――に立ちかえってこれを実践するという意味である。仁は孔子の根本教義であるから、これを実践する方法たる克己復禮は、正しく孔子の實践道徳の根本方法と考えてよかろう。…要するに孔子において、倫理の原理としては仁、実践としては礼が最高の標準であった。」(『儒教思想』)と論じておられる。

 

「仁」の徳の実践が「禮」である。実践なくして倫理はあり得ない。ところが、今日の支那及び「中国人」ほど「禮を失する行為」を繰り返し私欲を最優先させてゐる國及び國民は世界に稀である。今日の支那は「禮」を全く忘却し喪失した國となってゐる。むしろ、日本国及び日本人に「禮」は生きてゐる。

 

貝塚茂樹氏は、「徳川時代、元禄の頃から『論語読みの論語知らず』という諺が出来た。書物の上で理論を理解しているが、実行が少しもともなわない偽学者をそしって、いかに『論語』の存在が一般町人の世界に身近かったかを示すことばである。」(『世界の名著3』所収・「孔子と孟子」)と論じ、林泰輔氏(註・漢学者、朝鮮史の泰斗、東京高等師範学校教授)の、「中国及び朝鮮・安南(ベトナム)においては『論語』を挙業(文官選抜)の試験に用いたるがゆえに、盛は則ち盛なりと雖も、名利のためにこれを読みこれを誦し、あるいはその粗を咀()いて、その精を棄つるの憾みあり。わが邦人のこれを読むは、然らず。その外皮を棄ててその神髄を取る、ゆえに國本培養の効を奏することを得たるなり」(『論語年譜』)といふ論説を引用してゐる。

 

和辻哲郎氏は、「儒教を生みまた儒教を奉じているはずのシナの歴史が、儒教の道理に反する事蹟を数限りなく含んでいる…賤しい身分のものが君を殺して、帝王になる。夷狄としていやしめている異国人に征服せられてその夷狄に服従する。そういう事蹟はいくらでもある。即ちシナの歴史は儒教の理が空理にすぎぬことを実証しているのである。」(『尊王思想とその伝統』)と論じてゐる。

 

支那は、『論語』の國・儒教の國であるが、いはゆる「論語読みの論語知らずの國」に成り果ててしまった。支那の権力者も民衆も、「論語」に書かれた道義精神とはかけ離れた生活を営んできたことは歴史を見れば明らかである。実際に識字率が非常に低かった「支那民衆」は、『論語』を読むことはなかったであらう。だから「支那民衆」は「論語読み」ではないともいへる。

 

本家本元の支那で「儒教倫理」は実行されず、官僚・知識人の教養にすぎなくなり、さらには権力者の体制維持のイデオロギーと化した。わが国においては、国民全体が『論語』に示された倫理精神を自然に実行してゐるのである。それは何故なのであらうか。

 

「古代支那」(殷・周王朝)及び儒教は、禮・祭祀を非常に大切にした。といふよりも、「支那文化」の中核とも言える「禮」そして儒教は、古代宗教国家の「祭祀」がその起源であり中核だったのである。然るに、支那においては、古代祭祀国家はとうに滅び、祭祀主たる君主も存在しない。支那においては古代の祭祀国家・人倫国家は滅びてしまったのである。

 

筧泰彦氏は「(註・秦とその後の漢の大帝国の時代以降)シナにおける国家の実質は人倫を喪失した権力国家となり、君主は名目は天子と称しながら、実質は権力者にすぎぬものとなったのです。国家は革命により生きた生命を失いました。それは巨大な造花造木の如きものとなってしまったのです。従ってこの時代以来シナの人々は國といふものを通じて自己の命の永遠性を把捉することはできなくなったのです。」(『日本語と日本人の発想』)と論じてゐる。

 

ところが、わが日本においては、今日も「祭祀」が生きた行事として継承され実行されてゐる。さらに、古代日本の祭祀主の御子孫たる天皇が、今日も「君主」として仰がれてゐる。天皇は、今日唯今も「祭祀」を行はれ、信仰共同体日本の祭祀主であらせられる。つまりわが国においては古代の祭祀国家・人倫国家が今日唯今も生きてゐるのである。日本国と天皇と国民は信仰的生命的に一体であり永遠の存在なのである。故にわが日本の國體は「萬邦無比」といはれるのである。

 

支那は「祭祀」を起源とする「禮」及び儒教の徳目を今日忘却してしまったが、わが日本の国民の多くは「禮」や儒教の徳目を教条的に教えられなくとも実行してゐる。その原因は、天皇を祭祀主とする古代祭祀国家・信仰共同体日本が今日においても生きているからである。

 

「天皇の祭祀」が日本国の時間的連続性と空間的統合性の核である。「天皇の祭祀」は、永遠の生命を持つ共同体国家日本のあるべき姿・理想を目に見える形で示すものであると共に、共同体国家日本の揺るがざる中心・精神的核である。日本国が建国以来、分裂することなく統合され文化的自主性を維持して来ることができたのは、「天皇の祭祀」を中核とした日本伝統信仰の「祭祀」が太古から今日まで生きた形で継続されてきたからである。

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