« 千駄木庵日乗三月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月二十一日 »

2017年3月21日 (火)

『教育に関する勅語』に示された忠孝精神は、日本国民が永遠に遵守すべき徳目である

 明治二十三年十月三十日、明治天皇は、山県総理大臣と芳川文相を官中に召して『教育に関する勅語』を下賜された。国民教育特に道義教育の基本として渙発されたのが『教育に関する勅語』である。

 

『教育に関する勅語』が日本国民に大きな感化をもたらしたか、計り知れないものがある。マルクス主義経済学者河上肇ですらその代表的著作『貧乏物語』において、「人間としての理想的生活とは、…自分の肉体的生活、知能的生活及び道徳的生活の向上発展を計り、…進んでは自分以外の他の人々の肉体的生活、知能的生活及び道徳的生活の向上発展を計るがための生活、すなわちそれである。さらにそれをば教育勅語中にあることばを拝借して申すさば、われわれがこの肉体の健康を維持し,『知能を啓発し、徳器を成就し』、進んでは『公益を弘め、世務を開く』ための生活、それがわれわれの理想的生活というものである」と論じた。

 

しかも明治天皇は、『教育勅語』に示された徳目を、臣民にだけ行じさせやうとされたのではない。『教育勅語』には、「朕爾臣民ト共ニ拳拳服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」と示されてゐる。

 

「君に忠・親に孝」の精神が日本人の倫理観の基本である。『教育勅語』には、「…我カ臣民、克ク忠ニ克ク孝ニ、億兆心ヲ一ニシテ、世世厥ノ美ヲ濟セルハ、此レ我カ國體ノ精華ニシテ、教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス」と示されてゐる。日本人の倫理・道徳の根本は、私心をなくして天皇と親にお仕へすることである。

 

加藤常賢・山田勝美両氏著『角川当用漢字字源辞典』によると、「忠」の字義は、「意味を表す『心』と音を表す『中』からなる形声字(意味を表さないで単に「音」だけを表す文字と、その字の意味そのままに用いた字を二つ合はせて一字にしたもの)で、『中』の表はす意味は「中空」であるといふ。つまり「忠」とは己の心を空しくして他者のために盡す心の意である。

 

「孝」は、意味を表す「老の省略形」と、音を表す「子」(カウ)からる形声字。「子」の音の表はす意味は「養ふ」。親によく仕へる意。即ち、「忠」も「孝」も、己を空しくして君と親に仕へる意である。

 

頭山興助氏によると、筑前勤王党そしてそれに続く玄洋社の基本精神は、「皇御国(すめらみくに)の 武士(もののふ)は いかなる事をか勤むべし ただ身に持てる真心を 君と親とに尽くすまで」であるとのことである。

 

この歌は、『黒田節』の一節として人口に膾炙してゐるが、本来、旧福岡藩領で愛唱された「筑前今様」の一節である。「今様」は平安時代中期から流行した歌謡。七五調四句からなる。宮中の節会にも歌はれた

 

この一節は、筑前勤王党の指導者として幕末に活躍し藩論を討幕へと転換せしめたが、佐幕派により切腹せしめられた福岡藩家老・加藤司書(かとう ししょ、文政十三年三月五日(一八三〇年三月二八日)―慶応元年十月二十五日(一八六五年十二月十二日))の作である。ここには、日本民族の基本的倫理精神である「君に忠・親に孝」が歌はれてゐる。そして忠義も孝行もまごころを尽くすことである。このことが筑前勤王党そして玄洋社の基本精神である。

 

親の恩愛に対して感謝の念を持たない人は、天皇の恩愛に対しても感謝の念を持たないとされる。忠と孝とは不離の関係にある。わが国において親孝行が大切とする時、それは即ち尊皇精神とつながる。

 

「大君の命(みこと)かしこみ磯に觸(ふ)り海原を渡る父母を置きて」

 

これは『萬葉集』の防人・助丁丈部造人麻呂(すけのよぼろせつかべのみやつこひとまろ)の歌である。「大君の御命令を謹み体しまして、任務を果たすために、危険な荒磯の間をぬって海原を渡っていきます」といふほどの意である。

天皇への忠義の心と親を思ふ心を深く切に歌ってゐる。この「君に忠・親に孝」の精神こそが日本人の倫理観の基本である。己の心を空しくして真心を尽くして君と親とに仕へる、これが日本の伝統的倫理精神の基本である。

 

わが国においては、古来、天皇・両親に私心なくお仕へ申し上げる心を、汚れのない「きよらけき心」、暗いところのない「あきらけき心」、別の言葉で言へば、「心の清さ・いさぎよさ」が尊ばれた。これを「清明心」といふ。日本人の倫理・道徳の根本は、「清明心」「正直」「誠」にある。

 

西谷啓治氏(昭和期の哲学者。京都大学教授)は次のやうに論じてゐる。「(注・『神皇正統記』に)天照大神もたゞ正直をのみ御心とし給ふ」といひ(巻二)、また神鏡をこの御心を現すものとして、『鏡は一物をたくはへず、私の心なくして万象を照らす。…これ正直の本源なり』と言ってゐる(巻一)。…私の心なき清明心は、他方では神ながらの道の本質として、国家清明の真髄をなし民族の歴史の内に伝統してゐるものである。…『君も民も神明の光胤を受け、或は正しく勅を受けし神たちの苗裔なり』(巻一)といふ言葉もある。すなはち清明心は私心を滅した時に現れる心源であると同時に、天照大神の御心として国家清明のうちに伝へられ、神たちの苗裔として吾々の地の内にも流れてゐる」(『近代の超克私論』)

 

「清明心」は、『古事記』「神代の巻」特に天照大神と須佐之男命が「誓約(うけひ)」をされる条に出てくる。天照大神は須佐之男命にその心の正しく清らかなことを知りたいとおぼし召されて、「然(し)からば汝(みまし)の心の清明(あか)きことは何以(いか)にして知らまし」と仰せになられた。

 

さらに、天照大神が天の岩戸からお出ましになり、その御光が天下に輝きわたった時、八百萬神が一斉に「天晴れ、あな面白、あな楽し、あな清明(さや)け、おけ」と唱へて、高天原みな笑ったと、『古語拾遺』に記されてゐる。

 

「清明心(清く明らかなこと・きよらけくあきらけき心)」は、神話時代以来わが國の基本的な道徳観念である。それは長い歴史の流れの中で自然に培はれてきた傳統なのである。

 

「清明心」即ち「あかき心」「清き心」は、仏教や儒教が輸入される以前からわが民族の「あるべき心」とされてきた。その「無私の精神」「清明心」を体現されるお方が天皇であらせられる。天皇が地上における神の御代理即ち現御神であらせられるのは、天皇が無私・無我となって神を祭られる祭祀主であらせられるからである。そして現御神日本天皇に對し奉り無私となって仕へまつる國民の精神と行動も「清明心」なのである。

 

「清明心」は別の言葉で言えば、「捨心無我」であり、その「清明心」の体現者が「記紀神話」の世界では須佐之男命であらせられ日本武尊であらせられる。日本武尊が「清明心」即ち「清らけく明らけき心」を尊ばれたことは、日本武尊が薨去された後、白鳥となられて故郷である大和へ飛んで行かれたことにも表れてゐる。

 

『教育に関する勅語』に示された忠孝精神は、日本国民が永遠に遵守すべき徳目である。

|

« 千駄木庵日乗三月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月二十一日 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121949/65045384

この記事へのトラックバック一覧です: 『教育に関する勅語』に示された忠孝精神は、日本国民が永遠に遵守すべき徳目である:

« 千駄木庵日乗三月二十日 | トップページ | 千駄木庵日乗三月二十一日 »