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2017年3月 9日 (木)

日本ナショナリズムの基礎となるもの

 「グローバリズム」に対する反発が強まり、「ナショナリズム」の時代になりつつあると言われている。「ナショナリズム」とは、一つの民族が他の民族の支配を排除して、自身の國家の独立を回復あるいは維持しようとする國民的規模の思想及び行動であるとされる。さらに言えば、「ナショナリズム」とは、将来へ向けて自國・自民族が独立を維持するための精神であって、決して回顧的なものではない。

 

 明治維新の基本精神が神武建國への回帰であったように、インドの反英独立運動=ナショナリズムの思想的基盤が古代精神への回帰であったように、ナショナリズムの基礎にはその國の古代からの伝統精神への回帰があった。これを復古即革新という。

 

 天皇中心の國體には基本的には変化はなかった。政体・制度としての天皇のあり方は歴史的に様々な変化があった。江戸時代・明治維新から終戦まで・戦後五十数年の天皇の政体上のあり方には大きな違いがある。しかし、天皇の伝統的な権威は、古代から今日に至るまで、如何なる政体の変化があってもわが國の歴史を貫いて存してきた。

 

天道是氏は、「ナショナリズムには国際的連帯はありえないとしている。」(「右翼運動一00年の軌跡」)しかし、日本主義は世界を導く思想であるとすれば世界各民族との連帯・各民族の救済はあり得る。

 

「ナショナリズムそれ自体が悪だとは思わない。自分の国への愛着や誇り、国を良くしたいという熱意、同胞への友愛、そうした思いには社会的な連帯を支えるプラスの面がある。だが、ナショナリズムには危険な面がある。自ら信じる価値がすべてだと思い込み、他国の人々が持つ価値を認めない。そんな内向きの論理に閉じこもってしまえば、、排外的な感情に転化しかねない」という意見がある。

 

元寇の時に、わが民族の「ナショナリズム」が勃興した。それは「神国意識」を伴った。その国の傳統信仰は、その民族の精神の最も端的な表現である。故に、元寇の時も日本伝統たる神道精神・神国意識が勃興した。対外的危機感が神国思想を再興させたのである。

 

 西欧列強の侵略からわが國を守り独立を維持しなければならなかった幕末の時期においても、民族的団結即ち「ナショナリズム」が興起した。西洋の侵略に抗してわが國の独立を守り伝統を守護するために、天皇を「ナショナリズム」の核として戴くことは正しかったし、それが歴史的必然であった。近代において独立を守り通した天皇國日本は、西洋列強の侵略支配にさらされたアジアの希望の星となった。

 

國家的危機においてはわが國は、天皇を中心とした國家的統一すなわち國體の本来の姿・あるべき姿に回帰する運動、そして天皇及びご皇室を中心にして「ますらをぶり」「剣魂」「もののふの心」が勃興した。これが日本における「ナショナリズム」である。

 

危機的状況を迎えた今日において、天皇を中心とする國體への回帰による危機突破という日本的ナショナリズムが勃興して来なければならない。それがわが國の歴史伝統である。 

 

「ナショナリズム」は、歴史意識・傳統信仰と深く結びついている。と言うよりも不離一體である。自己の意識の中に民族の歴史を蘇らせることによって、ナショナリズムが形成される。國家的危機に際會した時、それを撥ね退けんとしてその國民がその國の歴史意識・傳統精神を根底に置いて運命共同體意識を結集し、勃興する精神と行動が「ナショナリズム」である。民族の歴史を國民一人一人の精神の中で甦らせ、自己の倫理観・道義感の基本に置くことによって民族の主體性が形成される。

 

今日わが國は外圧の危機が顕著になっている。それは明治維新前夜よりも深刻な状況である。そして人々の心の中に不安と空虚感が広まっている。これを克服するためには、日本民族としての主體性・帰属意識を回復する以外に無い。

 

今こそ「ナショナリズム」が勃興すべき時である。日本民族の歴史意識・傳統精神を我々一人一人の精神の中で甦らせ國民一人一人の倫理観・道義感の基本に置くことによって日本民族の意識=「ナショナリズム」が形成される。

 

日本ナショナリズムの基礎となるものは、天皇中心の國體を護持する精神である。今こそ天皇を中心とした國家の回復を目指す維新運動を繰り広げねばならない。

 

わが國の古代史を回顧すると、白村江の戦ひに敗れ、唐新羅連合軍のわが國への侵攻の危機に見舞はれた時には、大化改新を断行し、天皇中心の國家體制を明徴化した。「壬申の乱」の後には、皇室祭祀および伊勢の神宮祭祀の制度が確立し『記紀』及び『萬葉集』が編纂され天皇中心の國家思想が正しく確立された。

 

今日の日本の危機的状況も、「ナショナリズム」の興起・日本傳統精神の復興により必ず打開し乗り切ることができると確信する。日本精神は、日本として真に日本たらしめてゐるもの、これなくば日本及び日本人が、存立できないものであって、理論的・教条的に説明できない。日本精神とは、天皇を中心とする國體より発生し継承されてきた国民精神である。

 

そういう精神を根幹として日本国をそして世界を変革しようとする行動的な思想が「日本主義」である。日本における「ナショナリズムとは「日本主義」である。

 

日本精神を実践し行動し実現する「主義」が「日本主義」てある。「日本におけるナショナリズム」即ち「日本主義」は一貫不変不動の日本精神を覚醒し、日本精神をその時代において実現せんとする主張であり政策であり主義である。「日本主義」とは、日本精神から噴出してきたところの現代日本を政治・経済・社会的に変革しようとする一つの行動原理と言い得る。

 

行動原理と言っても、秩序だった理論大系は無い。しかし秩序だった理論体系が無いということは、見方を変えれは包容力があり柔軟だということである。偏狭なるイデオロギーではない。良きものは悪しきものは捨てる精神だ。そういう意味で柔軟ではあるが強靭である。

 

明治維新も大化改新も外国から具体的改革策を取り入れている。しかし根本には尊皇愛国・敬神崇祖・万民和楽の日本精神があった。それを基礎としての具体的改革であった。今日においてこそ、「日本主義」を興起せしめねばならない。

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