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2017年3月25日 (土)

日本人の伝統的倫理観

昨日の拙論の続きであるが、日本人の伝統的倫理観は「清明心(汚れなく・清く・くもりなく・明らけき心)」に憧れ、「くらき心」「きたなき心」を嫌ふ心である。それが日本人の心である。神道が禊祓を大切な行事とするのもこの精神による。

 

「清明心」は「まごころ」といはれる精神であり、中世神道においては「正直」と称せられるものである。偽善や嘘を嫌ふ心である。無私の心であり我執なき無我の心である。

 

西洋精神が自我を拡張し、自我を確立することを根本とするのとは對照的にわが國は「無我」を根本とするのである。無我・無私となられて神を祭られる天皇は、「清明心」の根源者であらせられ、体現者であらせられるのである。ゆへに「現御神・現人神」と仰がれるのである。そして現御神日本天皇に對し奉り無私となって仕へまつる國民の精神と行動も「清明心」なのである。

 

明治天皇は

「さしのぼる朝日のごとくさはやかにもたまほしきは心なりけり」

「あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな」

と詠ませられてゐる。

 

この御製の大御心こそ清明心であると拝する。「清明心」「清き心」の傳統は、日本の倫理思想の中に力強く生きてゐる。そしてそれは、絶對尊皇精神と一体の倫理観であった。

 

天武天皇十四年(西暦六八五)に定められた冠位の制(官人の位階)では、「明位」「浄位」が上位に置かれた。御歴代の天皇の『宣命』(漢文体で書かれた詔勅に対して、宣命体で書かれた詔勅のこと。宣命体とは、体言や用言の語幹は漢字で大きく、用言の語尾や助詞などは万葉仮名で小さく書いた)には、「明」と「浄」という言葉がことにしばしば使われてゐる。

 

このやうに、わが國は伝統的に「明らかさ・清らかさ」が最高の美徳とされてゐた。平田篤胤は、「そもそもわが皇神のおもむきは、清浄を本として汚穢(ケガレ)を悪(キラ)」ふと論じてゐる(『玉襷』)。

 

日本人は、清いことは善いことであり、汚いことは悪いことであると考へて来た。日本人は人間の価値基準を「善悪」といふ道徳観念には置かず、「浄穢」といふ美的価値に置いたともいへるのである。日本人は、「きたない」といふことに罪を感じた。

 

故に、神道では「罪穢(つみけがれ)」といって、道徳上・法律上の「罪」を「穢」と一緒に考へた。神道では、罪穢を祓ひ清めることが重要な行事なのである。禊祓ひをすることが神を祭る重要な前提である。身を清らかにしなければ神を迎へることはできないのである。人類の中でお風呂に入るのが好きな民族は日本民族が一番であらう。

 

実際、日本人にとって、「あいつはきたない奴だ」「やり方がきたない」と言はれることは、「あいつは悪人だ」と言はれるよりも大きな悲しみであり恥辱である。また、「あなたは善人だ」と言はれるよりも、「あなたの心は美しい」「身の処し方がきれいだ」と言はれる方に喜びを感じる。

 

徳川家康や吉良上野介があまり日本人に好かれないのは、「やり方がきたない」といふイメージが定着してゐるからであらう。

 

悪人とか善人といふのは場合によって転倒する可能性がある。といふよりも、わが國の祖先は徹底的な悪人・悪魔といふ存在を考へることをしなかったのである。日本神話には西洋のやうな悪魔は存在しない。日本民族は本来清らかな民族なのである。

 

繰り返すが、日本人の倫理・道徳の根本は、「清明心」「正直」「誠」にある。「私」を去り「我」を没することを大切にしてゐる。

 

清明心即ち「あかき心」「清き心」は仏教や儒教が輸入される以前からわが民族のあるべき心とされてきた。それは長い歴史の流れの中で自然につちかはれてきた傳統なのである。

 

この日本民族の傳統的倫理観念の精髄たる「清明心」は、古代においては『宣命』(宣命体で書かれた詔勅)における「明き浄き直き心」、中古においては「もののあはれ」、中世においては「正直」、近世においては「やまとたましひ」として受け継がれてきた。これは別の言葉で言えば、「捨身無我」であり、岡潔氏の言った「日本的情緒」である。

 

政治家に対して清廉潔白さが求められるのは、東洋においてはわが國が最も厳しい。ただしそれは、「明るくさはやかな心」の回復を目指すものでなければならない。昨日も書いたが、朝日新聞などの亡国メディアそして何とか自民党政権を失墜せしめようとする野党による大阪の学校法人の問題での、安倍総理及びその夫人への非難攻撃は、日本人の伝統的倫理観とは全く異質である。

 

「清らかさを求める」とは、あることないことあげつらって、政府攻撃、与党攻撃をすることではない。今、メディアや野党のやってゐることはまさに「いじめ」である。

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