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2017年3月12日 (日)

日本國は現御神日本天皇を君主と仰ぐ神聖國家である

 天津日嗣日本天皇は権力や武力で國家を制圧して國家を治められてゐるのではなく、天照大神(太陽の神)の御子としての神聖なる権威によって治められてゐる。そしてその根幹は天神地祇を祭られる<天皇の祭祀>である。日の神信仰はわが國だけに傳へられてゐる信仰ではないが、稲作生活を営む日本民族にとって太陽はなくてはならぬ存在であるので、わが國では、日の神信仰(太陽信仰)はより強固なものであった。その日の神の御子が祭り主日本天皇であらせられる。

 

 天皇は祭祀主として神様に祈り、神を祭り、神の御命令を民に傳へるご使命を果たされる。ゆへに、民から仰ぎ拝すれば、天皇は地上における神の御代理即ち現御神であらせられる。日の神の御子として國家を統治されるといふ御自覚は、御歴代の天皇に一貫してゐる。

 

 聖徳太子は隋の煬帝に出した國書(國の元首が、その國の名をもって出す外交文書)に「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや」と記し、「日本天皇は日の神の御子である」といふ信仰を高らかにうたひあげた。当時の先進國・隋に対して、このやうな堂々とした國書を提出したのである。

 

 この聖徳太子の偉大なる御事績を拝して明らかな如く、「天皇は日の神の御子である」といふ思想は七世紀中頃、即ち大化改新以後につくりあげられたといふ説は、大きな誤りである。           

 

 天皇が日の神の御子として國家を統治あそばされるといふ御自覚は、御歴代の天皇に一貫してゐる。第一一六代・桃園天皇(江戸中期)は、

 

「もろおみの朕(われ)をあふぐも天てらす皇御神(すめらみかみ)の光とぞ思ふ」

 

といふ御製を詠ませられてゐる。        

 

 天皇が御即位の大礼において、高御座に上られ、天下万民の前にお姿を現されるお姿は、「冕冠・大袖」である。「冕冠」は、『古事談』によると、応神天皇以来のものとされ、中央に金烏を描いた放射状の日像(ひがた)を立てる。これはまさしく日の御子のお姿である。つまり即位式において、天皇が高御座に登られるのは、新しい太陽神の地上における御誕生なのである。また、大嘗祭における鎮魂のみ祭りも、日の神の再生の祭りといはれてゐる。

 天皇が御即位された後初めて行はれる新嘗祭を大嘗祭といふ。大嘗祭は、全國各地から集めたお米を天照大神にお供へをして、五穀の豊饒を感謝すると共に、天皇がお供へしたお米を神と共に食される。そして天皇・神・穀物の霊が一體となる行事である。このみ祭りによって、天皇は、現御神(地上に現れた神」としての神聖性を保持される。

 

 大嘗祭は、天孫降臨の繰り返しの行事である。そもそも「まつり」とは元初(ものごとの一番始め)の行事の繰り返しである。天照大神は邇邇藝命に稲穂をお授けになって「このお米を地上にたくさん實らせ、豊葦原瑞穂の國を統治しなさい」と御命令になる。邇邇藝命は、その稲穂を奉持して、真床追衾(まとこおふふすま)に包(くる)まれて地上の高千穂の峰に天降られる。真床追衾とは、床を覆ふ夜具で、おくるみ(赤ん坊を抱く時、衣服の上からくるむもの)のやうなものである。

 

 日嗣の皇子の御魂と天照大神と神霊と稲穂の霊と一體となり、日嗣の皇子が日の御子(現御神)としての神聖性を開顕される祭祀である大嘗祭においても、天皇は真床追衾に包まれるといふ。大嘗祭によって新しい天皇が、先の天皇と同じやうに神と一體となられるのである。つまり御歴代の天皇は、御肉體は変られても、「やすみししわが大君 高照らす日の御子」といふ神聖なる本質・神格は全く同じなのである。これを「歴聖一如」と申し上げる。

 

 大嘗祭は、天孫降臨といふ元初の事實の繰り返しであり、御歴代の天皇が天照大神の御神霊と一體になられるおまつりであり、天皇の神としての御資格の再生であり復活のみ祭りである。大嘗祭は、持統天皇の御代から行はれるやうになった。

 

 日本は、現御神日本天皇を君主と仰ぎ天地の神々が生き給ふ國である。それは、わが國の歴史を見れば、否定することは全く不可能な事實であり、建國以来のわが國體である。

 

 日本の傳統精神・國家観・人間観を隠蔽してゐる元凶は現行占領憲法である。憲法は國家あっての憲法であり、國家理念を正しく規定されていなければならない。

 

 わが國の悠久の歴史の中に築かれた不文の國體に、憲法の条文なり思想が合致してゐなければならない。終戦直後、國際法の禁を破って押し付けられた「現行占領憲法」の無効を確認し、わが國の國體精神に立脚した憲法に回帰すべきである。

 

 今日、外来思想である「君主と対立する人民が國家の主権者である」といふ「國民主権論」が横溢し、わが國の國家傳統の隠蔽し破壊してゐる。そしてそれが一般國民の常識となって浸透してゐることは實に以て、國家存立の基礎を揺るがす事實である。今回の「天皇陛下の御譲位」をめぐる政府及び國會の動きを見てそのことを切實に実感する。

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