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2017年3月16日 (木)

神話と祭祀は分かち難く一體である

 

 神話とは太古の「神聖な歴史の物語」という定義がある。日本民族の「始まりの時」における神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事をつづった物語である。言い換えると、神話とは、日本民族の「始まりの時」を説明し、生きとし生けるもの・ありとしあらゆるものが、どのようにして生まれ存在し始めたかを語る。

 

 神や聖なる存在の誕生、國土の生成などの出来事など日本民族の始まりの時の出来事は、日本人一人一人およびその共同體としての國家の生き方・在り方(文化・信仰・文学・政治・教育・芸術など一切)の模範を示す。つまり、神話は日本民族そして日本國家を根源的なものを表現するものであり、日本民族の在り方・生き方に決定的な役割を持っている。

 

 「始まりの時」に帰ることによって現状を変革するという希望はあらゆる生命體が持っている。一人の人間として、新年を迎えた時や、春四月を迎えた時には、心機一転「初心」(始まりの時の心)に帰り新たなる気分になって仕事や勉学などに励もうとする。それと同じように、日本人一人一人およびその共同體としての國家は、つねに「始まりの時」=「神話の世界」への回帰によって現状を革新しようという希望を持つ。明治維新という國家的大変革も、「神武創業への回帰」(神武天皇が即位された時への回帰)がそのスローガンであった。

 

 そして神話の世界は、『古事記』『日本書紀』といった記録・文献として語り伝えられると共に、儀礼・祭祀という生きた現実として継承される。太古の神聖な物語を「文献」と「行事」によって今日まで伝えているという意味で、神話という「文献」と祭祀という「儀礼」は一體である。

 

 大林太良氏は「(神話と儀礼は)分かちがたくたがひに結びついている。儀礼は神話によってその意味が明らかにされねば効力を失い、神話は儀礼によって描きだされねば不毛である」(神話学入門)と述べておられる。 「祭祀」とは、「始まりの時」に行われた行事を繰り返し行うことによって、「始まりの時」に回帰する行事である。日本神道の祭りは、お祓い、祝詞奏上、玉串奉奠などを行うことによって、罪けがれを祓い清めて、人としての本来の姿に立ち帰るという行事である。言い換えると、一切の私利私欲を禊祓い去って生成の根源に回帰するということである。「無私」になって神に一切を「まつろう」(従い奉る)から「まつり」というのである。

 

 そして日本神話は、天皇を祭り主とする大和朝廷による日本の祭祀的統一という歴史を背景として成立したのである。

 

 日本においては、日本神話の「神聖な歴史の物語」は、今日ただ今も<天皇の祭祀>に生きている。神話の世界で、天照大神が行われたと同じ祭祀(新嘗祭)を、今上陛下は今日も行われている。よその國では滅びてしまった「神話の世界」が、日本においては、仏教やキリスト教といった世界宗教が日本に入ってきた後もそして、近代科学技術文明が入ってきた後も、<天皇の祭祀>として今も現実に生きている。日本の國の素晴らしさはここにある。つまり<天皇の祭祀>は日本における「生きた神話」なのである。

 

 神話と祭祀とは、日本民族の固有の精神の在り方を示すものであり、日本という國の根底にある精神的道統・価値観・國家観・人間観を・文化観・宗教観を體現している。であるがゆえに、日本國家の統合・安定・継承・発展の基礎である。

 

 これまでの日本は日本天皇の中核として統合・安定・継承・発展を遂げてきた。特に、今世紀の日本は、世界の中でめざましい変化と発展を遂げた國である。しかし、日本は進歩し発展はしたけれども、祖先から受け継いだ伝統を決して捨て去ることはなかった。むしろ伝統を堅固の保守し続けてきた。現実面の変化の奥にある不動の核があった。それが日本天皇であることはいうまでもない。

 

 天皇は、権力政治面・経済面・軍事面ではいかに非力であっても、常に日本國の統一と調和と安定の核であり続けてきた。源平の戦い、南北朝の戦い、応仁の乱、戦國時代、戊辰戦争、そして大東亜戦争の敗北と、日本國の長い歴史において、國が内戦によって分裂し疲弊し、國土が爆弾や原爆で破壊された時期があった。しかし、天皇および皇室が日本民族の精神的核となってその危機から立ち直り、國を再生せしめてきた。そして日本民族は常に國家的・民族的統一を失うことはなかったし、國が滅びることもなかった。これは、世界の何処の國にもなかったところの日本の誇るべき歴史である。日本がどのような危機にあっても、再生のエネルギーを発揮したのは、日本という國家が権力國家ではなく、天皇を中心とする信仰共同體であるがゆえである。

 

 混迷する現代日本は、崩壊の危機にあるといわれている。よほどの変革が行われなければならない。しかし、上に天皇がいますかぎりは、この危機を見事に乗り切るための変革を断行することができる。古来日本の変革思想は、祭政一致の理想國家への回帰がその根本にあったのである。

 

 今日の日本の危機を打開し救済するためには、「現代に生きる神話」すなわち<天皇の祭祀>への回帰しかないのである。具體的に言えば、政治権力を掌握した人のみならず我々國民一人一人が、天皇が神をお祭りになるみ心を、道義的倫理的鏡としてならい奉るということである。それが理想的な國家実現の基礎である。 

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