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2017年1月 6日 (金)

東條英機元総理と大東亜戦争

 

東條英機元総理は、大東亜戦争とりわけ日本と米英との戦争について『検事の論告より受けたる所感の要点』(昭和二十一年六月五日)といふ獄中で処刑を目前して記した文書で次のやうに総括してゐる。

 

「日本は果たして文明に宣戦せりや。戦争は人類の文明生活に破壊を招来するものにして、従て何れの國家も極力避く可きは論を待たず。之れがため平時國際上戦争の原因発生を紛争の危険前に抑止し、常に互譲の精神を以て之れを阻む迅速なる解決を必要とす。殊に大國國家において然り。…大國の威力を以て小國を屈従し正常なる発展を阻止せんとし然も其の目的を達せんがためには其の生存を脅威せんとするが如き行為は果して之れを以て文明的行為と認むべきや。

一、過去数世紀に欧米の東亜侵略、而して其の搾取政策の前に帝國及東亜民族が其の桎梏の前に苦悩せしかは之れを暫く置くも

二、第一次欧州大戦后の英米の帝國に対する國際圧迫。

三、某々大國に於ける東亜移民の排斥。高関税政策、経済ブロックの結成に依る帝國貿易振興の抑制。

四、支那に於て日支相戦はしむる政策の採用。

五、人種差別待遇。

六、大東亜戦直前に於ける平和通商破棄及経済的脅威。

七、日米交渉終期に於ける帝國に対する受入得ざる策、至難なる提案。

検事の論告に依れば、日本は文明に宣戦せりと称するも、寧ろ文明に宣戦せるは以上の事實より帝國を戦争に追い込みたる英米側に存し其の責任は其の負ふべきものなり。蓋し日本は自己の生存を保証せんがため及東亜國民の生存を永久に確立せんがために戦へるものにして、之れ換言すれば人類の真の文明を求めしがためなり(以下略)」。

 

大東亜戦争とはいかなる戦争であったかを記した血を吐くような文章である。東條英機元総理を始め、我が國の枢要な地位にいた人々二十八名を「文明」と「平和」の名によってその責任を裁くといふ『極東國際軍事裁判』に対する痛烈なる批判である。

 

 東條英機氏はその『遺書』において「開戦当初の責任者として敗戦のあとを見ると、實に断腸の思いがする。今回の刑死は、個人的には慰められておるが、國内的の自らの責任は死を以て贖(あがな)えるものではない。しかし國際的な犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ、力の前に屈伏した。自分としてはまた國民に対する責任を負って、満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、また下級者まで刑が及んだことは實に残念である。天皇陛下に対し、また國民に対しても申しわけないことで、深く謝罪する」と書いてゐる。

 

 東條英機氏は、昭和二十三年十二月二十三日、東京巣鴨にて殉難された。辞世において、

 

「たとへ身は 千々に裂くとも 及ばじな 栄えし御世を 堕せし罪は」

「続くものを 信じて散りし 男の子らに 何と答へん 言の葉もなし」

「さらばなり 苔の下にて われ待たむ 大和島根に 花薫るとき」

 

と詠んでゐる。

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