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2017年1月 9日 (月)

昭和天皇の御聖徳

終戦の年の十二月から翌年一月にかけての大混乱期に、日本全國からマッカーサー宛に送られた『天皇戦犯指名反対』の手紙は、米國ワシントンの國立公文書館の『東京裁判関係文書』にファイルされてゐるだけでも千通を越す。(秦郁彦氏『天皇を救った千通の手紙』)

 

また、全國各地で「ご留位」の嘆願署名運動が展開され、十萬に上る嘆願書が宮内庁に送られてきた。

 

中國地方御巡幸の折の昭和二十二年十二月七日、広島市の奉迎場に、七萬人の市民が集まり、陛下をお迎へした。その時の様子を当時の広島市長・浜井信三氏は次のやうに記してゐる。

 

「『バンザイ、バンザイ』の嵐、歓迎會場の護國神社前の広場には、郡部から出てきた人々も含め数萬の群衆で埋めつくされ、車から降り立った天皇はモミクチャにされた。誰の目からも涙がとめどなく流れつづけた。そして、天皇は壇上から次のように述べた。『このたびは、みなの熱心な歓迎を受けてうれしく思います。本日は、親しく広島市の復興のあとをみて満足に思います。広島市の受けた災禍に対しては、まことに同情にたえません。われわれは、このご犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して、世界平和に貢献しなければなりません』水を打ったように静まりかえってききいっていた人々の中からドット歓声があがり、バンザイがこだまし、會場は興奮と感激のルツボと化した…。」(『原爆市長──ヒロシマと共に二十年』)

 

昭和天皇は、

 

ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなほる見えてうれしかりけり

 

といふ御製を詠ませられた。

 

終戦時、わが國の『ポツダム宣言』受諾の際に、わが國政府が「天皇の國家統治の大権を変更する要求を包含し居らざることの了解の下に帝國政府は右宣言を受諾す」との条件を付したのに対し、米國務長官・バーンズから送られてきた文書いはゆる『バーンズ回答』には、「最終的の日本國の形態は『ポツダム宣言』に遵い、日本國國民の自由に表明する意志により決定すべきものとす」とあった。まさに、「日本國民の自由に表明する意志」は、國體護持であったのである。

 

昭和天皇は、國民を鼓舞激励し、祖國の復興を成し遂げるために、昭和二十一年二月二十日より二十九年まで満八年半をかけて、行程三萬三千キロ、総日数百六十五日間の地方御巡幸を行はせられた。それは昭和天皇の「國見」であったと拝する。「國見」とは、國土と國民の祝福し、國土の豊饒と國民の幸福を祈る祭事である。昭和天皇は、敗戦によって疲弊した國土と國民の再生のための「祈りの旅」を行はせられた。

 

昭和天皇は、「戦災地視察」と題されて次のやうなお歌を詠ませられた。

 

戦のわざはひうけし國民をおもふ心にいでたちて来ぬ

 

わざはひをわすれてわれを出むかふる民の心をうれしとぞ思ふ

 

國をおこすもとゐとみえてなりはひにいそしむ民の姿たのもし

 

 鈴木正男氏は、「敗戦國の帝王が、その戦争によって我が子を亡くし、我が家を焼かれ、その上に飢餓線上をさ迷ふ國民を慰め励ます旅に出かけるなどと云ふことは、古今東西の歴史に絶無のことであった。アメリカをはじめとする連合軍は、恐らく天皇は國民から冷たく迎へられ、唾でもひっかけられるであらうと予想してゐた。ところが、事実は逆であった。國民は熱狂して天皇を奉迎し、涙を流して萬歳を連呼した。…天皇の激励によってストは中止され、石炭は増産され、米の供出は進み、敗残の焦土の上ではあったが、國民は祖國再建の明るい希望に燃えて立ち上がった。」(『昭和天皇のおほみうた』)と論じてをられる。

 

昭和三十八年以来、毎年八月十五日に挙行される政府主催『全國戦没者追悼式』における、昭和天皇の「お言葉」では必ず、「胸の痛むのを覚へる」と仰せになっておられる。

 

昭和天皇崩御前年の最晩年の昭和六十三年には、『全國戦没者追悼式 八月十五日』と題されて、

 

やすらけき世を祈りしもいまだならずくやしくもあるかきざしみゆれど

 

と詠ませられた。

 

昭和天皇は、大東亜戦争に対する「政治的責任」「法律的責任」というような次元ではなく、「日本國天皇としての責任」を深く自覚されておられたのである。根本的には、昭和天皇はご自身のご意志で御位にとどまられてその責任を果たそうとされ、また事実は果たされたのである。

 

昭和天皇は、ご生涯をかけて日本國の天皇としての御使命を果たされたのである。それはただただ國民の幸福と平和の実現であった。だからこそ、戦後日本の復興と國民の幸福があり得たのである。

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